王女アマリリス。
帝国暦2537年。
アッセンブリの勅令により帝国は分裂、西にあった元帝都は崩壊し小国が乱立し。
遷都により東に移った皇帝インシュタークはそこに神聖コンダルキア皇国の建国を宣言した。
以降。
世界は混乱期に入ることとなる。
小国はそれぞれの利権を求め争いをやめず。
元々の国力の差からか、ただ一国コンダルキアだけが仮初の平和を享受していた。
そんな中、旧帝都のあった場所、神聖教教皇が住まうその国に興った聖王国フーデンブルクは、聖なる血をひくというハロルド・フーデンブルクを始祖とする魔法大国でもあり周囲の小国の中では頭ひとつ秀でている中心国家でもあった。
ここ、そんなフーデンベルクに生まれた聖女、王女でもあるアマリリス・フーデンブルクは今日もお忍びで街を散策していた。
お供は二人の従者のみ。
それこそアマリリスの魔力量は聖王国随一と言われ、どんな危険も彼女にとっては回避可能なものであったから。
周囲の心配をよそにそうして自由闊達に街を闊歩する彼女のことは言わば街の風物詩ともみなされていたのだった。
気安く住民に話しかける彼女は街の皆からの人気も高く。
親しみやすい聖女様、王女様と慕われていたのだった。
「聖女さまー、今日はやきイカがうまいよー」
「なになに、うちの焼肉の方がうまいに決まってる。どうだい?聖女様」
「ふふ。ありがとう皆さん。それでは両方いただきましょうか」
「ありがてい! そうこなくっちゃ!」
「まあクロフったら」
「いいんだよ。聖女様は俺らのアイドルだ。もちろんお代はお安くしとくしな」
侍従のフロスとタビアに紙袋いっぱいの食べ物を持ってもらい、聖女アマリリスは朗らかに微笑んで。
「ごめんなさいねフロスにタビア。これだけ食べ物を買い込んだのだし今日は街ハズレの教会の孤児院に行きましょうか? 子供たちも喜ぶでしょうし」
「ええ、姫さま」
「了解しました。姫様」
タビアにフロスがそう声を合わせ答えるのを、アマリリスは満面の笑みで眺め。
「世界はだんだんと悲しい世の中になっていますからね。子供たちにはせめて少しでも幸せを感じてもらいたいものです」
彼女はそういうと空を見上げた。
青い空には雲ひとつ見えず、気持ちのいい空が広がっている。
だけれど。
この空の向こうではいくつもの命が消え。
そしてたくさんの血や涙が流されているのだと。
アマリリスは頭を振って。
そして。
「急ぎましょう。お肉が冷めてしまうわ」
気を取り直しそういうと、少し早足になったのだった。