聖なる氣。
「で、なんでお前はここに来たのだ?」
王子がいる控室に押しかけたカペラ。
なんでここがわかったのか不思議でしたけど、「あたしは魔女だから、これくらいはどうってことはないのよ」という彼女にちょっと感心して。
「なんでもかんでもないわよ! だいたいね、いきなり婚約破棄だなんてひどいじゃない。ちゃんと理由を聞かせてもらわないと納得できないわ!」
「お前、もしかして魔女か!?」
「ん? わかるの?」
「わからいでか。普段のクラウディアとは違うその図々しさ。禍いの魔女カペラ、かってこの地に災厄を撒き散らした最恐最悪の魔女ではないか。まさか今世に転生し蘇っているとは、陰陽博士による進言がなければ危うく騙されたまま王家にその呪われた血を入れるところであったわ!」
そ、そんな……。
「血は関係ないでしょ! この身体は正真正銘うそ偽りなく聖王家の血を引く公爵家のものだわ。実際クラウディアは聖女だったしね?」
「何?」
へ? 聖女って……。
「だから、聖女よ。あたしを封印した大聖女アマリリスの魂を宿してるってはなし」
「どういうことだ!?」
「大聖女アマリリスはあたしを大魔法『円環の昇華』によって浄化封印したのだけど、けっきょくあたしごとこの子クラウディアに転生したってわけ。まあクラウディアには大聖女の記憶は無いみたいだったけどね?」
「なんと!」
「だけどこの子、アマリリスの時とは打って変わって大人しすぎるじゃない? いいかげん焦ったくなっておもてにでてきてあげたってわけ」
あまりの話に頭の中が真っ白になってしまったわたくし。でも、大聖女アマリリスという名前には何故か心が揺さぶられる何かがあるのも確かで。
多分さっきの頭が割れそうに痛かった時、少しだけそんな大聖女様のイメージが落ちてきてたような気もするのでした。
「やっぱり面白いな。ジーク、君がいらないなら彼女は僕が貰ってもいいかな?」
口を開けてパクパクと声にならない声をあげているジークハルト様のお顔を横目で見ながら、ハッシュヴァルト様はわたくしの瞳をじっと見つめて言いました。
「どう? クラウディア。僕のところにお嫁に来ない?」
『はう、ハッシュヴァルトさま?』
「ああ、それもいいかも」
『カペラさん、なんてこと!』
「だって、この人どう見てもお隣のコンダルキアのお偉いさんだよ? この衣装、あちらの皇族の正装だもの」
えー?
「うん、カペラさんの言うとおり。僕はコンダルキア皇国の皇太子だから。どうだろ? うちの国には禍の魔女の逸話はほとんど残ってないし問題ないよ? それよりも君の聖女としての魂は皇太子妃としては充分すぎる。ねえクラウディア? こんな君を邪険にする国とはおさらばしてうちに来ない? 幸せにするからさ」
真っ赤になって茹で蛸のように火照ったわたくしのほお。
ああ、でも。
呪われた血とまで言われてしまってはこのままこの国に留まり続けるのも難しいのも事実。
話が広まればこの先の縁談にも影響し、お父様にもご迷惑をおかけする事にもなりかねません。
「あ。また馬鹿な事考えてる」
パチン
わたくしの右手がすっと動いてわたくしのほおをはたきました。
『痛!』
「もう。また悲劇のヒロインになってたでしょ! だめよ!」
わたくしの瞳の奥に綺麗な黒髪の女性の顔が写り。
こちらをじっと睨むように。
「生きているってそれだけで素敵なことで、生きていくっていうのはそれだけちゃんと幸せを追い求めなきゃだめなの。そうじゃないと絶対に後悔するんだからね? あたしみたいに」
そういうカペラ。
禍の魔女だなんて言われていたけれど、でも今の彼女からはいっさいそんな不穏な感じはしない。
それよりも。
今の彼女は生への喜びに満ちている。そんな気がした。
「あなたがハッシュヴァルトさまの手を取るのならね、それは貴女が幸せになるためじゃ無いとダメ。周りの事ばっかり考えて犠牲になるつもりなら、きっとみんなを不幸にするわ」
そのカペラの言葉に。頭の中で何かが割れたような気がしました。
それまでどこか殻に閉じこもってしまっていた物が、ぱりんとその殻を割って溢れ出てくるような。そんな気が。
「ああクラウディア。君の身体から聖なる氣が溢れてくるよ」
ハッシュヴァルトさま?
「僕には見える。多分ジークにもみえているんじゃないかな? 君の中から溢れてくる白銀の氣。清浄なる聖なる氣。間違いない、これは聖女の氣だ」
わたくしには、
ううん、もう自分を騙してはいけませんね。
自分でもわかりました。心の奥底から溢れ出る聖なる氣。聖女のマナ。
魂の奥底で凝り固まっていた殻が弾けて割れて。
わたくしの聖女としての記憶も力も蘇ったようです。
今なら、わかります。
わたくしがなぜカペラを転生させてあげたいと思ったのかも。
「ありがとうございますハッシュヴァルト様。貴方のおかげでわたくしは元の自分を取り戻せました」
そう言いながらそっと手を伸ばすわたくしの手を、ハッシュヴァルト様は優しく両手で取ってくださり。そしてその甲に口づけをくれました。
「あー、クラウディア? さっきの婚約破棄の話だけど、あれなかったことにしようと思うのだけど」
背後でそうジーク殿下のお声がします。
でも、少し遅かったかもしれません。
わたくしの瞳には、もうハッシュヴァルト様の優しいお顔しか映っていませんから。