婚約破棄から始まって。
「破棄だ破棄、お前との婚約は今日限りで破棄させてもらう!!」
そんな物凄い勢いで怒鳴り散らす目の前の男性。
王子、ジークフリート。
まだ成人前でもあるジーク様は金色の巻毛、ブルーの瞳が可愛らしく。
その全てを好ましく思っていた筈だったわたくし、クラウディア・ファウンバーレンの頭に衝撃が走りました。
一瞬目の前が真っ暗になり崩れ落ちたわたくし。どうやら倒れた拍子に頭を打ったんでしょうか、ズキズキと痛みが走り思考が混乱しています。
「大丈夫ですか!」
わたくしを助け起こしてくれたのはどこか異国風な服装の殿方。
銀髪碧眼の美丈夫でした。
怒鳴り散らしていたこの国の王子の癇癪を恐れた周囲の人たちが遠巻きに見ている中、そんな彼が手をさしのべて下さったのですが……。
「ハッシュヴァルト!、あなたは下がっていてくれ。これは私とこの禍の魔女との問題だ」
え?
禍の魔女とは?
わたくしの事? なのでしょうか……。
「ジーク、君も落ち着け。一体何があったというんだい?」
「だからあなたには関係ないと言っているだろう!」
「そうはいかないさ。いくらなんでもこんな公の場でレディを辱めるのは度が過ぎるのではないか?」
「っく、まあいい。とにかく私はもうお前との婚約にはうんざりなんだ。とっとと目の前から消えて無くなるといい!」
そうわたくしを一瞥し背中を向ける王子。
そのままスタスタと歩きこの舞踏会の会場を後にしてしまいました。
呆然と立ち尽くすわたくしの目から、涙が一雫落ちていきました。
ああ。そうか。
わたくしは王子から嫌われてしまったのだ。そう思うと悲しくて。
頭がズキズキと痛む中、わたくしの心はどんどんと堕ちていくのでした。
⭐︎⭐︎⭐︎
「って、冗談じゃないわよ!」
え?
「もう。悲劇のお姫様ぶりっ子はやめてよね。そんなんだからあんなガキにいいように言われるんだわ」
ちょっと、待って?
「またないわよ。もう、文句の一つも言ってやらなきゃおさまらないんだから!」
『待ってったら!!』
あ、やっと声が出た?
頭痛はいつの間にか治っていた。でも?
『なんで? あなた、誰?』
「ん? あたし? あたしは魔女。魔女カペラよ?」
え? ええー?
「はは、はははは!」
隣にいたハッシュヴァルト、さま?
急に笑い出したと思ったらこちらを覗き込むようにジーとみて。
「面白いね? 君、ジークの婚約者だったっていうのならファウンバーレン公爵令嬢なんだよね? その特徴的なエメラルドの髪も聞いていた通りだし。でも、彼が君のこと魔女だっていうのはあながち間違いでもなかったってことかな?」
と、そう。
はうう、ってわたくしが魔女? いいえ、わたくしは……。
「そう。あたしがこのこを乗っ取って王子のお相手をして差し上げたら、彼、怖がっちゃって」
え?
「君は、クラウディア嬢ではないの?」
「んー? どうかな? 生まれた時からこの体にはあたしとこのこが居たんだけどね? 多分クラウディアは今までそんなこと気がついてなかったと思うけど」
はうあうう。って何? わたくしの中には元々このカペラさんがいたってことです?
あまりの驚きにわたくしは声を出すのも忘れ彼女の発言に身体を任せていた。
あれ? でも。
今、自分でも手を動かそうと思えば動かせるし身体中の感覚はちゃんとあります、ね?
それなのに勝手に体が動くってなんだか妙な感覚ですね……。
「もう。とにかくあの王子にちゃんと文句の一つも言ってやらなきゃ気が済まないわ。行くわよクラウディア!」
え? そんな。
『ちょっと待ってくださいカペラさん! わたくしそんな』
「あんたはそうしてずっと黙って運命を受け入れる気? あたしは嫌だわ。せっかくこうして生きているんだもの。もっと人生を謳歌しなきゃそんよ? あんたもしこのまま命を落としたらとか考えたことある? 絶対後悔するんだから!」
彼女はそう言ってスタスタスタと歩き出しました。
ああわたくしこんなにも早く足を動かしたことなどないというのに。
頭の中では今にも足がもつれそうになる感覚を味わっているのにそれでもスタスタと早足で歩いていくこの身体。
なんだか。
最初はおっかなびっくり体が勝手に動いているのに合わせていたはずなのに、そのうちまるで自分で歩いているような感じに思えてきて。
こんなにも体を思いっきり素早く動かすのが楽しいだなんて。
心臓の鼓動が激しくなる。
それにつられるように心の中になんだかほかほかした気持ちが湧いてきました。
「あ、待って。面白そうだから僕もついていくよ」
背後からそう声がしたと思ったら、ささっとハッシュヴァルト様がわたくしの隣に並び。
すっと右手をこちらにくださいました。
わたくしはそっとその手を取ると。
なんだか動悸が余計に激しくなって。
顔が火照るのを感じて恥ずかしく、残ったもう片方の手のひらをほおにあて、なんとか冷やすのでした。