二の二
「で、このネームなんだけど、素人意見ながら、多分このネームに沿ったマンガを描いても採用されないと思うよ」谷口課長は控えめにネームを指さした。
「何でですか? 一生懸命描いたのに」
「一生懸命さは筆圧から伝わるけど」
筆圧を褒められても露ほども嬉しくない。
谷口課長は改めてネームを手に取るとぱらぱらとページを捲った。
「台詞のない二コマ三コマのページが続くマンガなんて普通ないよ。せっかくの戦闘シーンではあるけど、これだけじゃ情報量があまりにも少なくてキャラが何してるのか読者が把握しづらい」
それは半分意図的だった。実はこのマンガのネームはこれで第二版だ。自分の中で没になった初版は、なぜか三十五ページから四十ページという規定の中に入らない、二十九ページに仕上がった。こうなる原因は描写不足かエピソード不足らしいのだが、エピソードは私の中で完璧に組み固まっていた。そうなると描写で稼ぐしかないというわけで、文字通りページ数を稼いだ結果がその二コマ三コマゾーンだ。
「それに、最初の方で手を取り合ってたカップルが最後には銃を向け合ってるけど、何で?」谷口課長がネームから視線を上げて尋ねてきた。
「実はヒロインは、主人公である相手の男が母の仇の息子だってことを知っていながらあえて近付いて、それで息子を手に掛けることで復讐を果たそうとしているんです。それに気付いた主人公は、なくなく最後にヒロインと対峙せざるを得なくなったっていう」
「そんな説明どこにあった?」
谷口課長が首をかしげながらネームを私に手渡してきたので、私はページを繰った。確かそのところは二十ページ過ぎに……。
「あれ?」
ちゃんとヒロインの母が主人公の親に殺される回想シーンを入れていたはずなのに、意味が分からなくなっている。正確には、女性が誰かに殺されるシーンはあるが、それと主人公とヒロインについて説明がなされていないので、ただヒロインの母が殺されるという無慈悲かつ無意味な回想シーンになっている。
「たった三十六ページの中で伏線回収できてないじゃない。これじゃ読者は混乱するよ」
私は返す言葉がなくてネームを手に持ったまま硬直した。一応ネームとは別に起承転結を書いたプロットを用意していたのだが、いつもネームを描いている途中で調子が乗ってくるとプロットを見返さずに書き切る、私の悪い癖がこのネームの中で遺憾なく発揮されていた。
「新井さんさあ、最近私のサブスクアカウント利用してミステリーやアクション映画をいっぱい見てたけど、多分新井さんにはそういうハードなのは向いてないんじゃないかと思うんだよね。もっと朗らかな方が合ってる気がする」
この際、谷口課長のサブスクまでちゃっかり利用させていただいていることには目を瞑ってもらいたい。課長がサブスク二件に衛星放送まで加入してるのにほとんど観ていないから、もったいなさ過ぎて代わりに私が使っているのだ。むしろ、サービス側も喜んでいるに違いない。
「そんなことないと思うんですけど……アクションもミステリーも好きですし」
「まあ新井さんがそう思うなら、それでいいけど」
谷口課長が私への説得を諦めたように肩をすくめた後、キッチンに向かった。そういえば、そろそろ昼食の時間だった。