一の四
席に着くと二人でいただきますと言って、元上司との和やかなティータイムが始まった。
「おいしいー、これを食べたかった」谷口課長は左手で頬を覆いながら至福の表情を浮かべていた。「でもこれ、レアチーズケーキだよね? あの店、バスクチーズケーキと、普通のベイクドチーズケーキなら食べたことあるんだけど、レアチーズケーキも売るようになったんだ」
「ああ、まあそうみたいですね。期間限定って書いてありました」
私は一口食べて、腐っていないことを確認した。真夏だったら、外でろくに冷やさないで一時間も運んだらその間にダメになる可能性もあるが、いかんせん、今はまだ年が明けて間もない。今週末は雪になるかもしれないというくらい寒いのだから、問題ないはずだとは思っていたが、自分の舌でテストして改めて安心した。
私は何か話題を変えようと「課長、まだ休み始めて二週間くらいですよね。この年末年始はご実家にゆっくり帰られたんですか? ご実家で療養されるという手もありますしね。そう言えば課長のご実家ってどこでしたっけ?」と訊いた。
私はチーズケーキを四方から崩すように食べて、どこも腐っていなさそうなのを確認しながらちらっと顔を上げた。谷口課長が今までに見たことがない険しい形相でこちらを睨んでいた。
「あれ、もしかしてまずかったですかね、これ」
私が、チーズケーキのことか話題のことかどちらのことについて訊いているのか不明瞭な確認を取ると、先ほどまでの凶相がウソのように課長は表情をいつものクールで穏やかなものに戻して「いや、そういうわけじゃないけど、実家はないかな」と答えた。どうやら実家や故郷の話がNGらしいと察した私は「ああ、そうなんですね。すみません」と返すことしか出来なかった。
「それにしてもこのチーズケーキ、結構重ためなのも好み。レモンの風味が爽やか」
私が黙っていると、残念ながらまた谷口課長に話題をチーズケーキに戻されてしまった。谷口課長は食欲もちゃんとあるようで、次々とチーズケーキを口の中に放り込んでいった。
「うん、新井さん、よく作ったね」
「えっ」焦った私は勢いよく顔を上げた。
「これ、新井さんが作ったんでしょう?」
「何で?」無意識にため口になっていた。
「だってこの店、レアチーズケーキなんてないもん。私、先々週にこの店に行ったばっかりだし、新商品出ればアプリに通知来るから、もし本当に販売されてたらとっくに把握してるはず」
まんまと泳がされていたのか。
私は黙ってフォークを置いた。確かにこのチーズケーキは私が作ったものだ。
谷口課長が休職されたと先月下旬に飯島くんからのタレ込みで知ってから、私は思いきって谷口課長にメッセージを送ってみた。連絡先は以前から知っていたが、プライベートで連絡するのも、退職してからコンタクトを取るのも、それが初めてだった。そのときに、もし暇なら私の家に来ないかと課長から誘われたのだ。
前職の従業員の家に行くのは初めてのことだったので訪問が決まったときは浮かれていたものの、あることに気付いて愕然とした。お土産問題だ。
はっきり言って、私はかなりお金に困っていた。
九月いっぱいで退職してから、まずは一人旅をしようと、念願だった北欧に行った。日本にはない独特な色使い、シンプルでかわいい建物、サステナブルな街作り、どこにいても何をしても創作意欲が刺激された。旅の最後には大金を叩いてこぢんまりとしたクルーズ船でデンマークから河を下って帰国した。この旅行で貯金の五分の一ほどを使った。
その後は、旅で体験したことや買ったもの、美味しかったものをエッセイマンガにしてツイッターやブログにアップした。北欧の感じが伝わるよう、色味をミッフィー並みに削ってデザイン性を上げたつもりだった。しかし、毎日更新しても一向にバズらなかった。一つもいいねが付かないことさえあった。今改めて考えてみれば、それより前は四コマギャグマンガをアップしていたのだから、フォロワー層がてんで違ったのだが。
その後、私はめげずに最新のデバイスを取り揃えて、マンガ雑誌投稿に向けてマンガを描き始めた。否、描き始めようと思って構想を練っているところだ。
私は小学生低学年から漫画家になるのが夢だった。高校生のときはマンガ研究部に所属して、月間賞受賞を狙ってマンガ雑誌への投稿を始めた。最初のうちは、夢は大きく日本一有名な少年誌からはじめたもののまったく引っかからないため、どんどん応募するマンガ雑誌の知名度を下げて、月刊誌に移行し、そもそも少年誌は私に向いていないのかもしれないと少女誌や女性誌にフィールドを変えた。それでも、どの雑誌にも名前さえ載ることはなかった。結局、大学生のうちには何も結果を残せなかった。
しかし、なおも諦めの悪い私は、親に土下座してまで大学院に進学しモラトリアム期間を延長すると(海外の大学院にしたのは半年でも時間を稼ぎたかったから)、雑誌への投稿の傍ら、同人誌の作成やイラスト投稿サイトでの掲載も始めた。ウェブサイト上では、そのときに話題になっているアニメの二次創作を投稿すると一時的にフォロワーが増えて自分の作品への評価数が高まるものの、自分のオリジナル作品のファンが増えることはほとんどなかった。私なりにマンガも本もアニメも映画も沢山チェックして、どういうものが売れるのか研究して描いたつもりだったが、何年経っても状況は変わらなかった。そのうち修士の二年もあっという間に過ぎて、これ以上は学生を続けさせられないと親からも言われてしまい、なくなく帰国して就職したのだった。
就職しても、依然私は夢を捨てきれなかった。最初は、ぼちぼち同人誌を出して趣味の範囲でマンガを楽しめばいいやと考えていた。しかし同人誌では私の欲が満たされることはなかった。プロとなって商業誌に載せたい。自分の描いた単行本が全国の書店にずらりと並ぶ様を見たい。あわよくば、私の連載するマンガの最終回が掲載されるマンガ雑誌を国民がこぞって買い求める姿を、コンビニの角から覗き見てほくそ笑みたい。とにかく、マンガというフィールドにおいて自己顕示欲を満たさないと気が済まなくなった。
そんな邪な思いを断ち切れず、とうとう入社してから三年半で私は退職した。しかし、いざ退職して自由な時間ができると、前述の通り大して貯金もないくせについつい無駄遣いをしてしまって、時間もだらだらと過ごし、今に至るのだった。