三の二
ご多分に漏れず、あのときの衝撃が忘れられなくなった私は、無事マンガの保管場所も学習し、ちょこちょこと二次創作のBLを買いに行くようになった。
しかし、改めてBL目当てで買いに行こうとすると、奥の棚に立ち入るのに極めて勇気を要した。今となっては何も感じずに物色できるようになったが、ピュアだった中学生の私には、肌色だらけの表紙のマンガが並んでいるだけで、目を逸らしたくなった。
そもそも、今までにない刺激的なものとして最初こそBLにハマった私だったが、だんだん裸の絡みの描写自体はそこまで得意ではないということに気付いた。一時期は気持ち悪くなって吐いたことさえあった。
高校生になり、やがて同人誌という存在や流通の仕組みを知るようになると、巷に出回っているものが私に合わないのであれば自分で自分が欲しいものを書けば良いという発想に至った。ただし私は著しく絵心がないので、勝負するなら小説だ。
読書感想文や作文コンクールで何度か佳作を取っている私ならば、そこら辺に転がっている二次創作小説よりマシなものが書けるであろうという算段で、私は自分の中の理想を書き起こし始めた。当時はまだ四百字詰めの作文用紙に手書きで書く時代だったので、たった一万字程度の短編を一つ作り上げるために、何百枚もの原稿用紙を無駄にした。
高校で文学部に入った私は、分厚い眼鏡を掛けながら、日中は教室で、放課後は部室の隅で、帰宅したら自室で、四六時中自分の中の欲望を書き殴っていた。文学少女だと舐められてはいけないという謎の思い込みから、教室で書くときは好きでもないガムを常に噛んでいた。調子が良ければ風船を作っていた。たまに眼鏡のレンズにガムが張り付いてイライラしたが。家でいつも机に向かっている私のことを、親は勉強熱心だと間違って捉えてくれたので、一度も執筆作業を邪魔されることはなかった。
最初のうちは二次創作を同人誌で発売していたが、そのうちそれだけでは自分の奥底から湧き出る欲情を制御しきれなくなった私は、いよいよオリジナルも書き始めた。せっかくなのでオリジナル作品は出版社に投稿したりもした。友達は文学部の腐女子しかいなかったけど、それで私は十分楽しかった。
高二の七月、夏休み中に参戦する予定の同人誌即売会のために、私は寝る間を惜しんで新作を書いていた。否、書く時間を惜しんで寝るような生活だった。途中で文字がぼやけて見えるのは、ゲシュタルト崩壊によるものなのか、単なる寝不足なのかもよく分からないほどに、意識朦朧とするのが日常化していた。
その日の昼休みも教室で、右手にシャープペン、左手に焼きそばパンを携え、左手の肘で原稿を押さえながら、自分の席で頭の中に浮かんだものを一心不乱に書きまくっていた。今考えれば、さながら休み時間もまともに休めない劣悪な労働環境のようだ。
突如、視界か暗くなった。意識がいよいよ遠のいているのかと思ったが、刹那、後ろから「何やこれー」という声が聞こえた。
意識が戻り後ろを振り向くと、クラスカースト上位五パーセントにいるテニス部のキラキラ女子大島さんが、私の書いた原稿を手に取ってふむふむと読んでいた。
「ちょっ」
私は手を伸ばして原稿を取り返そうとしたが、あっさり避けられてしまった。さらに席を立って手を伸ばしたが、背の高い大島さんには到底届かなかった。
「返してや」
「これ、何なん?」大島さんは原稿を返さずに再度尋ねてきた。「いっつも真剣そうな顔して書いてはるから、何かなって気になってん。最近、授業中も書いてるやん」
ここ数週間の授業をまともに聞いていないこと、それに伴い期末試験の結果も散々だったのは事実だった。
「締め切り近いねん、お願い」
「締め切り? 谷口さんって作家なん!? すごーい」
大島さんが大きな声を上げたので、クラスメイトが注目し始めた。そういうわけなじゃいけど、などと私がぼそぼそと反論したところで、大島さん含めて誰も聞いていなかった。
「ねえ、何書いてんの?」
「BL!」キレた私は怒鳴り気味に反論した。
「え? 何それ」
取り巻きの一部から「BLって男同士のヤツやん」と言う声が聞こえてきた。
「男同士の恋愛もの! 何か文句あるんか!?」
私が激しい剣幕で言ったのか響いたのか、「ごめん」と言って大島さんは原稿を返してくれた。私は原稿を手に取って敗れていないのを確認すると、それまで書いていたものとまとめて鞄に入れ、教室を出て行った。こういうときは飛び出るように教室を出て行って屋上に直行するものだと思っていたけど、現実では屋上に向かったところで鍵が掛かっていて外に出られないだろうということを極めて冷静に推測し、昇降口に向かった。それ以降のことはまったく覚えていない。