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ミナ  作者: 嘉多野光
13/33

三の一

 三


 私はほとんど何も考えずに家を飛び出した。定期的にランニングマシンで運動をしていたとはいえ、ここ最近は買い物全般を新井さんに任せっきりだったから、家を出るのは久々だった。家を出ただけで何となく疲れた。

 家を出て三十秒で、私は衝動的に行動したことを本格的に後悔し始めた。外がこんなにまだ寒いとは思っていなかった。羽織っていた大判ストールを首元に寄せた。考えなしに行動して上手くいった試しなどないのに、なぜ外に出てしまったのだろう。

 上に着るものだけではなくお金もスマートフォンさえも、何も持たずに外に出てしまった。どうしようと思った私は、近くの公園を彷徨こうと考えた。

 しかし、震える身体を両腕で包みながら公園の入口に辿り着くと、閉ざされた門には「開門 午前六時から午後八時まで」と書いてあった。確か今日は夕食を食べ始めたのが夜の七時半を過ぎていたから、とっくに閉門時間を過ぎているはずだ。まったく、私が小さい頃は近所の公園ならば開門時間など設けていなかったのに、近頃の公園というのは市民に優しくない。

 仕方ないので、少し歩いたところにあるビルの周りにある花壇に腰を下ろした。お尻から石の冷たさが伝わる。なるべく石との設置面積を減らそうと、私は脚を組んでみた。あまり意味はなかった。

 新井さんに小説を読まれてしまった。

 休んでも特にやることもないからという理由で、何となく再開した小説執筆。書き始めると、もう二十年近く書いていなかったからか、次々にアイデアが思いついて日がな一日書いていられた。

 仕事でもないのにこんなにパソコンに向かっていては新井さんに不審がられるかなと思ったこともあったが、自意識過剰だと、あまり考えないようにしていた。自分としては上手く誤魔化せているつもりだった。現に新井さんも日中のほとんどをマンガ執筆作業に当てていた。それでも新井さんの目を欺くことは出来ていなかったということだろうか。

 小説は、主にBLを執筆している。と言っても年齢制限を設ける必要のない、極めてブロマンスに近いBLといったところだ。少し内容を変えればヤングアダルト向けにでも変更できるほどの全年齢向けで健全な内容にするよう努めている。

 BLとの出会いは中学生のときだった。当時流行っていたとある少年マンガのアニメ化作品に私はハマっていた。昔からアクションものは好きだったのだが、当時はまだハリウッド映画を頻繁に見にいくほどの金銭的余裕はないし、レンタルビデオ屋のカードを作れる年齢でもなかった。一番身近にあってお金もかからないでアクションを見られる手段が、アニメだった。

 アニメを見ているうちに、主人公とライバルの関係が、敵同士だったところから最終的に互いを高めて支え合う関係に変わっていくところに私は感動した。少年マンガの王道パターンと言えばそうなのだが、一人っ子で年上の従兄弟もいない私の目にはその関係性の変化が新鮮に映った。

 あるとき、原作マンガも読みたくなった私は本屋に行った。もちろん原作マンガも当時大ヒットしていたので、最も目に付くところに置いてあった、はずだ。それにも拘わらず、日本全体でもそこまでそのマンガが売れているとは知らなかった私は、売れ筋コーナーをスルーし、どんどん店の奥へ入っていった。私は、自分の好みは万人受けしないものだと信じていた。自分が特別であると信じていたい厨二病真っ盛りだった。

 すると奥の棚に目当てのキャラが表紙に描かれている本を見つけた。私がよく読んでいる単行本より本のサイズが一回り大きかったが、少年マンガと少女マンガではサイズが異なるのかなと考えた。絵柄もアニメに比べるとずいぶん丁寧に描かれている気がしたが、アニメの原画および動画の方が原作に追いついていないのだろうと、特に気にしないでレジに持って行った。

 家に帰ってフィルムを取って胸をときめかせながらページを捲った。最初から「何かおかしいな」と薄々気付いていたが、先が気になるわくわく感が私の手を止めなかった。

 そして数ページ後には驚愕して、思わず本を手から落としてしまった。主人公とライバルキャラ(両方、男)が絡み合っているではないか。当時の私にはあまりにも刺激が強かったので一旦閉じたが、続きが気になって仕方なかったので恐る恐る再度マンガを開いた。マンガを読んでいた場所が、母が夕食の支度をしているキッチンの隣のいつものリビングダイニングではなく、自室だったのが不幸中の幸いだった。

 一刻も早くこの破廉恥な本を手放したいようでまた読みたいような気もした私は、とりあえずマンガを枕の下に入れた。しかし視覚に入らないところに置いたことによりマンガの存在を忘れた私は、そのままマンガを放置し続け、四日後に寝具を洗おうとした母親にその二次創作が見つかって、ちょっとした家族騒動になった。今となっては笑い話である。

 これが私のBLとの出会いだった。当時はまだ「腐女子」という言葉も一般的ではなかったし、本屋でのゾーニングも今より厳格ではなかったから、こうして思わぬところでBLに出会った人も少なくなかったのではないかと思う。

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