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7-毒を制す

 彼女は椅子に腰かけ、大きな、表面だけが平行になるように磨かれた石の机に向かって、カガンにその向かいに座るように促した。机の上には何か、細かな文字で書かれたスクロールがいくつもあった。彼は、中身が覗いていた幾つかのスクロールに目を走らせた。


 彼女は石の机の上に契約書を置いて、読み上げて見せた。

 内容は、概して以下のようなものだった。


 北の遊牧民の王カガンは、半年の間、コルキア王国の女王と和平を結び、互いの敵に対して、それが一方の敵であったとしても、共通の敵として、協力してそれを攻めなければならない。

 半年の後、カガンを奴隷から解放し、北イベリア大山脈の北方草原地帯の一部――これこれの川の一部からこれこれの丘までも含む――を与える。


「ああ、もういい。もういい」彼は途中で話を遮った。「署名する」


「君は……、字が読めるのか?」彼女が不審そうに問うた。


「まあ、少しはな」


「……そうか」彼女は納得していないかのように首を縦に振ると、彼の綺麗に整った署名を確認してから話しを進めた。

「これで、同盟は成立だ。しかし、君には説明せねばならないことがある。この国の事と、現状についてだ」


「それと、俺はあんたの名前も知らない」


「ああ、そうだった。私はシアンだ。何と呼んでくれても構わないが、公の場では畏まった呼び名で呼んでほしい」彼女は手早く自己紹介を済ませると、話しを進めようとした。


 カガンは、合いの手を入れた。「馬鹿を演じてるくせに?」


「考えがあってのことだ」

 彼女は軽くあしらうと、机の上に視線を落とし、話し始めた。

「私という者は、正確にはニ代目のコルキア王国国王になる。というのも、この国はもともと千年以上の歴史を持っていた。西の大帝国の柵封下に入ってからも何百年と続き、大帝国の分裂後も存続してきた王国だったが、屈辱的だが、一度、東の異教の帝国の侵略を受けた。そこで王制は一度途絶えた。父は異教徒の帝国をこの国から追い出し、王政を復活させたのだが……。西の帝国は我々が異教徒に手を貸すのではないかと疑って、それに、領地を取り戻そうと躍起になっている。つまりだ。今は、君たち遊牧民、異教徒の帝国、そして西の帝国さえもが我々の敵ということになる。

 あのアーカスという男も、はるか南にある帝国の穀倉地帯で、元は異教徒の手で作られた都市であるバアルベックの領主であったが、不幸にも大地震があって、そこに付け込んだ異教徒の帝国の圧力に耐え切れず父を頼ってこの国に来た。奴は父に取り入った。それで、あんな風に偉そうに振舞うし、私は知らぬ間に許嫁にさせられていた」


「それが、あんたがあの男を追い払う理由なのか?」


「いや、私が奴と婚姻すれば、そして父を殺せば、この国は奴の物だった。それを知っていて、奴は父を殺した。それが理由だ」

 彼女の目はしっかりと彼を見据えていて、揺ぎ無い。ただ、復讐のような負の感情が感じられないほどに清廉で、不安で崩れそうでもあった。


 彼はからかうように微笑した。「自分の目で見たわけでもないのに、なぜ言い切れる?」


「正確に言えば、そうかもしれない。だが、あいつは、私が父の看病をしているとき、何かの薬を私に手渡した。それを飲めば、病は良くなると言って。私はそれを父に飲ませてしまった」

 彼女は唾を呑んで、唇を固く結んで、チュニックの首元を力いっぱい掴んで、摩った。

「私は小娘だった。それゆえに、御しやすいと思ったのだろうな。私に罪悪感を植え付けて支配しようとしたのだろう」


「それで?」彼は首を捻った。「俺にあの男を殺してほしいと?」


 彼女は首を振った。「いいや、思いっきり打ち負かしてほしい」


「決闘か?」彼はうんざりとして、ため息を吐いた。


「いいや、君には戦をしてもらう。私は武勲が欲しいのだ」

 彼女は目元を曲げずに微笑した。深刻な表情を取り繕うための笑みだった。「好きだろう?」


 彼は身震いした。「いいのか?」


「ああ。だが、時勢が大いに関わって、相手は今までにないほど強大になるだろう」


「ふん、大きな相手ほど剝ぎ取れるものも大きくなるってもんだ」


 彼女は安堵し、ため息を吐くと、安らかな笑みを浮かべた。

「恐らく、相手は帝国傘下で隣国のラジカ、アーカスの私兵、奴の呼びかけに応じたこの国の貴族、そして、帝国の兵士も加わることだろう。要するに、明らかに数で劣っている我々は、この連合を打ち負かす必要がある」


 カガンは体を震わせた。「ああ! 最高だ!」


 彼女は大きな、少女らしい声で笑い出した。


 彼は、不審そうに首を傾げた。「何が可笑しい?」


「だって、そんな反応、予想できるはずないでしょう?」


 彼は彼女のあけすけな様に、笑みを溢した。「たしかに、俺以外は頼れないかもな」


「……ああ、君を選んでよかったと思うよ」


「それと、はっきりさせておきたいことがある」彼はもったいぶって言った。


「なに?」


「これは国三つ分か?」


 彼女は打って変わって深刻な表情で考え込んだ。

「多く見積もっても一つ分ね」

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