6-ムツケタ砦
「これはこれは。女王様にレオン様、アーカス様、それと、アレクシアさんまで。お元気で」カガンは昨日の、玉座のある洞窟のような大部屋で優雅に頭を下げた。
やはり、ただ一つの玉座にはあの女が座って、その側に黒髪の男が立っていた。レオンは男の反対側の椅子に座り、目を尖らせたアレクシアはその横で棒のように立っていた。
ただ、女王は昨夜のように落ち着いた様子でなく、子供っぽい様子を演じているようだった。
「ああ、私の奴隷さん。今起きたのね! よく眠れた?」
子供じみた女王が言うと、アーカスは目を回してため息を吐いた。玉座の間には、この五人の他に、慎みの無い派手な意匠の服に身を包んだ貴族たちや、手元の紙に記帳する男たちと給仕、彼女に贈り物をする商人たちだけだった。
彼女は顔を出したカガンのために商人の話を遮った。
「もちろんです」カガンは恭しく言った。「とてもいい寝心地でした! 特に、夜半に目を覚ますまでは、誰か知らない美女が隣で寝ている夢を見ていたので」
「それは私よ!」彼女は言った。すると、アーカスとレオンの表情は些か硬くなった。
「病人の側で美女が眠ると、傷の治りが早くなるのよ。おかげで、今はほとんど治ってるでしょ?」
「ええ、おかげで、この通りです」彼は腕を伸ばして包帯だらけの指をいやらしく開閉してみせた。
「よかった。それじゃあ、朝ご飯は食べた? お腹いっぱい?」
「女王様、お戯れはそこまでにして、商人の話を聞かなくてはなりませんよ」
アーカスは遮った。
「ああ、そうね。それじゃあ、先に私の部屋に行ってくれるかしら?」彼女は言うと、給仕の女の一人に合図を出した。
「それでは、失礼します。女王様、レオン様」カガンは頭を下げた。
彼女の部屋は色彩に乏しく、石の壁、石の床、石のテーブル、ただそれらだけが置かれ、全てが使い込まれていた風で、殺風景だった。
控えめな窓を開けてそこから首を出してみると、城自体は大きな建造物でないのだが、一際大きな丘の頂上に立てられているおかげで砦の内部だけでなく、砦の外の様子の全てが分かった。この城は、遥か遠くにある果てが見えないほど長く、高く聳える二つの山脈の山間に立っていた。近くにあるようで遠くに見える大山脈は遠近感を狂わせ、砦の外の商人が谷間を縫うように歩いている丘陵地帯のとりわけ険しい丘でさえも小さな丘に見えるほどに、巨大であった。城を取り囲む砦は堅牢で、高さ、分厚さにおいても申し分なかった。
このムツケタ砦は、二つの山脈の間に立ち、起伏の激しい山間にあるので、攻めることは難しいだろうと彼は感じた。砦を通って流れる大河に沿って畑が広がり、城下には多くの商人が集まってテントの屋根で大きな日影ができていた。丘の上にぽつんと立つ、小さな教会が彼の気を引いた。
俺だったら、まず商人どもを蹴散らして、この砦に押し掛けたところを利用するな。それを何度も繰り返して、食料が尽きて、気が緩んだところを攻め込む。そうしたら、この国の財宝も、女も俺のもんだ。
彼は含み笑った。そうだ、王の部屋に財宝が無いはずはないな。
「おい、馬鹿者」後ろからあの女の声が聞こえた。「何をにやけているんだ、馬鹿者」
「おお、女王様じゃないですか。気づかなかったな」
カガンは窓から顔を引っ込めて、彼女に微笑した。見たところ、彼女は従者を外に待たせているようで、この部屋には二人きりだった。
「聞いたぞ、馬鹿者」彼女はため息を吐いた。「アレクシアと決闘するそうじゃないか」
「ああ、ですがね、俺は負けてやることにしましたよ。レオンには言ってある。本人には言ってないけどな」
「まあ、それならいい。だが私は、決闘が始まる前に降伏することをお勧めするよ」
「なぜ?」
「アレクシアは今まで誰にも敗れたことがない。残念だが、君もやられるだろうな」
彼は鼻で笑った。「あんな小娘に負けるのはあり得ないだろうな。見たところあんたとそう背格好は変わらないみたいじゃないか」
「そうかな、昨夜は簡単に私にねじ伏せられたようだが?」
彼はばつが悪そうに顔を背け、窓から顔を出した。
「この風景を気に入ったか?」
「ああ、攻めづらそうだ。丘の上に立っているのは強い。機動力も持久力も削ってしまうだろうから、籠城するだけで勝てそうだ」
「ほう、そうか」彼女は彼の隣で並んで顔を出し、彼の顔をまじまじと見た。
「やはり、戦の才能はあるのだな。見込み通りだ」
「どんな状況でも大群で攻めれば戦は勝てるが、この城はそれを制限するし、中途半端な数では落とせないはずだ」
「では、どのように攻める?」
「少数で落とすには時間がかかるが、騎馬であれば方法が無いわけではない。それに、投石器をいい具合の丘に置かれると、こちらも地形の影響を受けて一方的に攻撃されてしまうだろうな。ほら、あそこなんかどうだ」
彼はこの砦よりも高い丘に建てられた教会を指さした。
「敵はまずあそこを狙うだろうな。石切りに使えそうな崖まである」
「あれは、私たちの信仰の寄る辺だ。敵が利用するとは考えられん」
「だが敵にとって、戦にとって大切なのは、より効率的に殺せるかどうかだ」
彼女はため息を吐いた。
カガンは頭を下に向けた女王を見た。
まだあどけなさの残る横顔の女王はその緑の目で、明るくぽかぽかとした昼の城下と、砦の外に延々と続く豊かな丘陵地帯をただ、眺めていた。彼女の黒い髪は、さわやかな温かな風に揺れていた。
「戦は嫌か?」カガンは言った。
彼女は一瞥もくれずに答えた。「ああ、いやだ」
「じゃあ、なんで俺を使おうとするわけだ?」
「……私のためだ。そのためには一国や二国分くらいの血は流してしまうかもしれない」
「いいや、三つだ。俺がお前を手に入れられない」
彼女は面食らって彼を見返すと、楽しそうに微笑した。
「ああ、忘れていたよ。本当に、私なんかを欲しがるのか?」
彼はその笑みを見て、彼女を手にしたいとさらに強く思った。
彼は彼女の耳を掴んでこちらに顔を向けると、柔らかな頬に手を当てて、しっかりと緑の双眸を見つめた。
「……ああ。今すぐにでもその顔をめちゃくちゃにしてやりたいぜ」
「それが、私を欲しがる理由なのか?」彼女は幾分不安げな表情で、眉を曲げて、彼を見上げた。
彼は、自分でも分からないばつの悪さに目を逸らした。
「それも一つだ」
「そうか」彼女はまた、窓の風景に目をやった。
「君は人を好きになったことがあるか?」
「あるぜ。だが、俺が関わった女の中で、俺に殺されたり、売られなかった女はいなかった。これもまた事実だ。それも、もれなく全員だ」
「悲しい奴だな」彼女は言うと、窓から離れた。




