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33-ツクナライ丘陵の戦い- 3.秘策

 ラジカ軍は、丸い大盾と槍を構えたラジカ人重装、軽装歩兵を密集陣形で中央・左翼に、密集陣形の弱点である右側面をピピン騎兵、帝国の重装騎兵四千に守らせる形で配置し、騎兵の周りにはアーカスの兵や傭兵などの軽装歩兵約三千を置いていた。彼らは敵軍に合わせて両翼の端を側面の森にまで伸ばし、歩兵二十二列の分厚い陣形を取った。


 コルキア軍は丘の下から見上げると一見、身を屈めると全身を隠してしまうような長方形の大盾と長槍、短い直剣を腰に佩いた重装歩兵を逆茂木の後方に三列で薄く並べ、さらにその後ろに軽装歩兵兼弓兵を置いただけの至って単純な十列の陣形に見えていたのだが、彼らのその大きな盾の陰には、秘策があった。



 ラジカ王の号令と共に二万の軍勢の波が迫りくるのを見てコルキア兵の多くが狼狽える中、レオンは丘の頂上を馬で回り、全軍に檄を飛ばした。

「コルキアの民よ! 我らの首都は一度、敵の甘言に惑わされた西側の諸貴族の手によって火を放たれた! あの時の光景を思い出せ! 妻や、両親が焼かれて泣き叫ぶのを思い出せ! 我らが倒れた時、女、子供は凌辱されてから、焼き殺されるだろう! 幸いにして、我らは今、仇を目の前にしている。それも、二万の大軍でだ!

 あれほどのきらびやかな馬鎧を着た馬を見ろ! 今夜、我らが敵の軍を完膚なきまでに粉砕することができたのなら、奴らは二度と我らの国を犯そうなどとは思わないだろう! さあ、重装歩兵よ、持ち場を忘れるな! 弓兵よ、矢を番え!」


 レオンの言葉で、コルキア軍の中に統率が戻り、歩兵たちは負けじと雄叫びを上げた。


 レオンは、彼らが弓の射程距離に入るまで近づくのをゆっくりと待った。



「放て!」

 彼の号令と共に、矢は夜の湿った大気を切り裂く高い音を上げて、敵に雨のように降り注いだ。


「盾構え! 矢が来るぞ!」ラジカ王は慌てて号令を発した。


 ラジカ兵は盾で素早く前面と頭上を隠し、前進を続けた。弓は威力充分であったにもかかわらず、軽い音を立てて盾に刺さる程度だった。兵の内、不運な者は傷を負った。


 ラジカ王は拍子抜けな結果に思わず笑みを溢した。

「進み続けろ! 敵の矢など、我が軍の前には無意味だ! 構わず進め!」


「親衛隊よ。順に放ち始めろ」

 レオンが言うと、弓兵の後ろに陣取っていた百二十人の部隊は、一歩前へ出て引き金を引いた。


 放たれた特殊な矢は、ラジカ重装歩兵の盾を貫いた。前列の一部では悲鳴が上がり周囲には、微かに恐慌が走った。ラジカ王はそれを見逃してはいなかった。


「部隊一つが壊滅したとして、貴様らの後ろには万の兵が控えている! 兵で圧倒しているのだ! 構わず進み続けろ! 止まることは許さん」


 被害は軽微であり続けていたが、ラジカ王は得体の知れない何かを敵は持っているのだと直感し、兵の悲鳴や時折崩れる盾の壁を、汗に滲んだ手を固く握りしめ睨みつけていた。

 さらに丘を登るにつれて、間髪入れずに降り注ぐ矢の雨は威力を増し、穴の開いた盾の壁に入り込み、穴を押し広げ、戦列がゆっくりと乱れていくのをラジカ王は確かに感じ取っていた。


「止まるな! 進み続けるんだ」彼は苛立ちに任せて叫んだ。

「ピピン! まだなのか!」


「もう頃合いでしょうね」ピピンは丘の上に目をやった。コルキアの女王を膨れた目元で睨みつけると、不気味な笑みを浮かべた。

「あの女は、殺すんで?」


「そのようなこと、今はどうでもいい! 好きにしろ!」コルキア王は吐き捨てるように言った。

「本当に、貴様の策が有効なのだな?」


「もちろんでさぁ。森の中の木の杭で回り込みはできませんから、正面突破しかありませんね。であれば、防御力、突破力の高い帝国騎兵を先頭に走らせ、軽装歩兵に逆茂木をどうにかしてもらいましょう。その間に丘を登るのですよ。敵前列の歩兵は薄いですから、突撃に耐え切れず、そのまま戦いが終わるかもしれませんねぇ」


「果たしてそうかな? 遊牧民の首領よ」シルクリフは言った。


 ラジカ王は苛立ちに任せて怒鳴った。

「貴様は黙っていろ! もはや、貴様に用はない」


 老人はため息を吐いた。


 ピピンは興奮しきった様子で、言下に言った。

「それよりも、王様。本当に、俺の好きにしていいんですね?」


 ラジカ王は、男の醜悪な形相に片目を細め、襲い掛かりそうなほど身を乗り出して叫んだ。

「言ったはずだ! 好きにしろ! 貴様は役目を果たせばよい!」


「へぇ、わかってますって。あなた様の言う通りですよ。右翼の騎兵だけで奴ら、仕留めてごらんにいれましょう」

 ピピンは嬉しそうに返事を返した。



「騎兵前列、右翼軽装歩兵、突撃!」


 帝国騎兵の小隊長が叫んだと共に、帝国騎兵二千、右翼の軽装歩兵三千が丘を駆けあがり、突撃を開始した。

 帝国騎兵の小隊長が先陣を切り、その後を他の騎馬が続いて先端を尖らせた楔形で丘を勢いよく駆け上がった。帝国騎馬は丘の土を蹴り上げて駆け上った。

 その真後ろを、盾を頭上に構えた軽装歩兵は遅れまいと、矢に当たるまいと、懸命に走った。


「来たか」レオンは語気を強めて、硬く噛み締めた歯の隙間から声を絞り出した。

「弓兵! 帝国の馬鎧は矢を弾く! 十分に近づいたところを狙い、今は後ろの歩兵どもを狙え! 親衛隊よ! 鉄の矢を番え待て!」


 帝国騎兵の馬鎧は硬く、矢をいなし、幸いにして命中した矢はせいぜい突進を少しばかり弱めた程度であった。後れを取った軽装歩兵は薄い革の鎧に矢を浴び、丘の上で息絶えた。怯え、逃走した軽装歩兵は側面の森の中に逃げ込み、森に埋められた木の杭を踏み抜き、悲鳴を上げた。


「止まるな、止まるな! 進み続けるんだ!」

 ラジカ王は、彼らが逆茂木に取り付いている間叫び続けた。

 ラジカ軍は、敵の注意が騎兵に向いていることをいいことに本隊の速度を上げ、仲間の死体を踏みつけながら、丘を今までの倍の速度で登り始めていた。だがその時、騎兵に注意を取られていたのはコルキア軍だけではなかった。

 彼らは、自軍左翼の陣形が乱れつつあるのに気づいていなかった。戦場でそれに気づいていたのは、敗残のシルクリフと、それを仕組んだコルキアの三人だけだった。類い稀な戦いの才能を持ったアレクシアは指を咥えて今か今かと時機を待ち、老練のシルクリフは腹立ちに任せて諫言せず、女々しい葛藤の中で、ただ彼を慕った姪孫(てっそん)の形見を握りしめた。

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