31-ツクナライ丘陵の戦い- 1.会敵、そしてレオンの決意
松明に照らされ、湿り切った白い霧が樹皮から立ち上る夜半。見張りの一人がさざ波のような足音が徐々に近づいてくるのに気が付いた。人の波が、松明の明りが、途切れることもなく路を進んでくるのを見た男は走り出し、慌てて本陣へと向かった。
一人の騎兵は男に気づき、騎槍を構えて馬を走らせた。松明の明りもなく丘を越え、闇に沈んだ新緑の絨毯を駆け抜けて、人影に近づくにつれて高鳴る鼓動、激しくなる呼吸を感じながら、巨体のギャロップで男を突き殺した。
静まり返った夜中に戦慄と断末魔が広がった。
「陣形配置!」レオンは叫んだ。
コルキア軍は、比較的穏やかで長い傾斜の丘の上に全ての歩兵を配し、両翼の先を森に預けた横陣を取った。彼らは陣形の前に、太い綱で結んだ逆茂木を設置し、森のいたるところに先の尖った杭を仕掛け、防御陣を構築していた。
裾野にはコルキア兵が切り落とした低い切り株があり、丘の頂上から見ると緩やかな扇形に道が広がっているように見えた。
「あれが敵の騎兵か」
レオンは丘の頂で、最も体格の良い牝馬の背に跨り、丘の麓に、鎧で月明かりを鈍く映した敵の騎馬を認めて呟いた。
顔中の血の気が引いて、鼓動の耳鳴りを止められないでいたレオンは、不思議と自分が冷静であることに驚いていた。彼は焦りや嫌悪を感じることなく戦場に立ち、冷たい空気が頬を刺すように感じられるのを新たな発見かのように受け止めていた。ただ、彼は、耳鳴りを止められないのと同じように、漠然とした不安を抑えることができなかった。
少年は突然頬に当てられた温かな手にはっとして振り向いた。
「レオン様」アレクシアは彼の頬に手を当てて優しく言った。
「不安ですか?」
「少しね」彼は言った。
「少しなら大丈夫ですよ!」彼女は優しく微笑んだ。
「ありがとう。今日ほど君を頼りに思ったことはないよ」
彼が笑って返すと、彼女は彼の額を覆った小さな兜から飛び出した首元の白い後ろ髪を撫でた。
「私が君に頼られるのはこんな時だけだからね。いつも、もっと、頼ってもいいのに」
「いつもは嫌だよ。これで最後にしたいね」
「そういう意味じゃないですよ」
「うん。分かってる。それじゃあ、今は抱擁してもらっていい?」
彼女は馬を寄せると、彼の頭を抱き寄せて抱擁した。彼女は思いきり少年を抱きしめて、胸元に押し込めた。冷たい鎖帷子が頬に押し付けられ彼は体を少し震わせたが、戦場には似つかわしくないあたたかな気持ちが溢れて、彼は抱き返して顔を押し付けた。
彼女は、少年の丸い兜越しに、二人の様子を微笑ましく見ていたシアンを認めて微笑した。
シアンが目配せして控えめに微笑を返すと、アレクシアは彼の耳元で囁いた。
「そういえば、シアン様が見てますよ」
レオンは慌てて彼女から離れると、何食わぬ顔で今度はシアンに向き直った。
「シアン様はもう慣れてしまいましたか?」
彼女が首を振ると、彼は慌てて取り繕うように言った。
「先日の反乱から、私は一度だって平穏でいられたことがありません。でも、不思議と、今日の今は、凄く、凄く……。凄く、安心できるんです。それは多分、シアン様とアレクシア、それに、私は許してはいませんけれど……、カガン様がいたからだと思うんです。だ、だから、私が不思議と落ち着いていたから、こんな失礼なことを言ってしまったんです……」
「何も気にしてはいませんよ」彼女は微笑して言うと、彼の頬をまじまじと見た。
「どうかしましたか?」彼は彼女の顔色を窺うように緑の目を覗いた。
「鎖の跡」
彼女が言うと、彼は顔を赤くして頬を手で覆った。彼の手は冷たかったが、先ほどのように不思議な感覚に陥ることはなく、ただ、冷たいと身を震わせた。
彼女は、彼の慌てた様子を見て笑った。「実際、私もそう思うのよ。レオン」
彼女は彼の頬を覆った手に手を当てた。
「好きな友達と、最愛の弟。それに、あのカガンがいなければ、私は今、こうして話すことはできなかった。アレクが率いてくれなければ、反乱を鎮めることはできなかっただろうし、カガンがお膳立てしてくれなければ、敵はこんな場所には入り込まなかったでしょう。そして、あなたは私のために命を懸けた。あなたがいなければ、私は本当に、この場所にいることはできなかったのよ。自慢の弟よ。だって、皇帝なんだもの」
彼は微笑して頷いた。「あなたのためなら、何だって」
丘の麓に敵軍が全貌を露わにした時、レオンの心臓は再び激しく脈打った。二万という数字は彼が思っていたよりもはるかに多く、人型の松明の陰でその麓を埋め尽くした、敵意を剥き出しにした人の壁を前に指の震えが止まらなくなった。
彼はアレクシアを見た。彼女は笑みに歪んだ口元に拳を押し当てて小刻みに震えていた。シアンを再び見ると、彼女は心配気に森の方を見つめていた。
「きっと、私はあなたを守り抜いて見せます」レオンは手綱を握った彼女の手を握った。
彼女は緑の目を細めて微笑した。「ありがとう。私の方こそ、あなたを守る。愛してるわ」
彼は彼女の手の甲にキスをして、自分自身に誓った。彼女のために命を懸けようと。




