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30-襲撃

 それから五日間、コルキア騎兵七百とバートル騎兵は、夜から明け方にかけて連合軍を襲った。

 彼らが初めて敵軍の全貌を丘の上から見下ろした時、二万を優に超す軍隊の砂塵を目にした時、コルキア騎兵のほとんどが弱音を上げた。だがカガンやバートルにとってその壮観は、彼らの極めて野性的な本能、闘志に火を点け、心臓の大釜で血を煮立たせた。彼らの襲撃は彼ら自身が想定していたよりも苛烈となり、その短い期間の内に千三百の敵騎兵、二千ほどの歩兵を虐殺し、クタシ兵の補給線を略奪した。


 帝国の騎兵の馬鎧は、突進力を重視したために馬の前面だけを覆っており、またその大きさ、重さ故に遊牧民の馬よりも小回りが利かなかった。カガンたちは挑発を繰り返し、誘い出された敵騎兵の後ろに回り込むと、無防備な背後から彼らを虐殺した。

 彼らの戦果の内には多くの輜重(しちょう)車に、二人の帝国指揮官も含まれていた。ラジカ王は食料の確保のため軍を、二万の本隊と六千の別動隊とに分け、別動隊にクタシまでの駅を補給路として占領させ、要求に従わない砦を見境なく襲わせた。


 連合軍は当初、騎兵を先頭に我が物顔で敵陣を闊歩していたが、二日目の襲撃の後、騎兵を率いた指揮官二人が戦死すると、行軍を止め、陣形を組みながら進んだためにペースを著しく遅めた。

 そして付け加えると、この連合軍は騎槍、弓を装備した帝国騎兵五千六百騎、ラジカ王率いる歩兵軍二万一千、アーカスの旗下三千の二万九千余の大軍であり、全体の指揮は帝国優勢であった。しかし、帝国の二人の指揮官の死や、陣形の移行から、徐々にラジカ王が指揮を執るようになった。



 五日目の夜以降、カガンとその騎兵たちはすっかりと姿を隠し、連合軍本隊は別動隊が交戦しているか、撤退したものと考え、進軍速度を上げた。

 先行していたピピン騎兵は、五番目の駅に人はおろか馬すらいないことを知ると、手柄を立てようと辺りの村を襲い始めた。しかし、すでに村は焼き払われ、住民は近くの砦に避難していた。ピピンは砦を囲んで周囲を略奪し挑発したが、既に女王からの伝令を受け取っていた砦からは反撃も、応答も無かった。彼は不機嫌に引き返すと、王の道を敵の本拠地に向かって進んだ。彼らは、道沿いの森の中から敵の野営地を見つけた。数千の大軍が、さらなる大軍を待ち受けるべく大きく比較的穏やかな勾配の丘の上に陣取っていた。



「名をピピンと言ったか」陣形中央で馬に跨り、含み笑いをする男が言った。

「貴様の働きぶりは素晴らしい。敵の襲撃を何度も退け、さらに敵の居場所までも知らせてくれるとは。同じ騎馬である敗残のシルクリフを憐れに思うほどだ」


 ピピンは深々と頭を下げた。「ありがとうございます。王様」


「敵は近い! 強行軍だ!」

 鎖帷子と紫のローブを着込んだラジカ王は意気揚々と号令を発した。朝方に響いた太く若々しい声は二万の大軍の間に響いた。

「敵は八千、数で我らは圧倒している! 不信心者を、アリを踏み潰すが如く踏みつぶし、異教徒の圧政から我らの民を救うのだ!」


 襲撃への恐怖、連日の矢の雨に晒された兵たちは、怒声のような雄叫び声で応えた。


「ピピンよ」ラジカ王は満足げに、馬上から金髪で小太りの男を見下ろしながら言った。

「貴様を我が軍二加えてやろう。ラジカの騎馬隊として働くのだ」


 ピピンは大層ありがたそうに返事を返した。

「へへぇ、ありがとうございます」


「よろしい」ラジカ王は続けた。

「よい働きをすれば、よい立場に取り立ててやろう。ラジカのために戦うのだぞ」


 その時、長く白い髭を蓄え、大きな兜を被った痩せた老人がテントの中からはい出し、馬を走らせた。彼は帝国軍の最後の指揮官だった。

「王よ!」


 まだ若く、やる気に満ちていたはずのラジカ王は急に老け込んで、ため息を吐いた。

 この老人は、二日目の襲撃で一千の騎兵を失ってからというもの、軍の内側に引っ込んで散々進軍を遅めた挙句、彼に変わって指揮を執り始めたラジカ王に反発していたために、ラジカ王はもはや彼を軽蔑していた。


「ゆっくりと進めばよろしい」老人は言った。

「せっかく奴らが去って、皆眠れるようになったのだから、眠らせるのがよろしい」


「シルクリフよ。もはや勝負は決している。一万足らずの兵で我らの軍をどうすると言うのだ。これは好機だ。我らが敵の奇襲を恐れるのであれば、敵兵を一網打尽にしてしまえばよいではないか。自分がまだ眠っていたいからと言って邪魔をするのはやめにしてくれないか」


「何を言う!」

 老人は腰に佩いた素朴な直剣を苛立ちに任せて叩き、しゃがれた声で叫んだ。直剣の柄には銀の小さな十字が巻かれていた。

「わしとて、奴らの息の根を止めたくて仕方がないのだ!

 しかし、しかしだ。兵を見てみるがよい。疲労は明らかで、食料も満足には行き渡ってはおらぬではないか! 敵が迎え撃つ姿勢を見せるのであれば、もう一日兵を休ませ、食料を惜しみなく分けるのがよい! そうして、万全の態勢で攻めるのがよい」


「いいか? 腹をすかせた老人よ」ラジカ王はあしらうように言った。

「我らは敵の本陣、ムツケタ砦とトビリス砦を落とさねばならんということを忘れてはいかん。この遊牧民の話では、すでに敵は我らを飢えさせるために田畑を焼き払ったらしい。

 兵站は戦争において最も大切なもの。今の分が底を尽きるまでに早々に決着をつけ、クタシ砦や本国からの補給のために敵の道を安全に使えばいい。

 貴公は腹を空かせて仕方がないのだろうが、食料は敵の軍を打ち破ってからだ。敵を打ち破ったはいいものの、補給を待って敵地で死ぬなど恥だし、仕方なく引き返すなど、それもまた恥だ。第一、貴公はこのまま本国に帰られると思うのか?」

 彼は老人の痩せてへこんだ腹とは不格好な、大層な鎧を小突いた。


 老人は俯いて、剣に巻かれた形見の十字を見た。

「いいや、退()けん。決してだ。だからこそ、万全の状態で臨むのがよい」


「わかった、わかった。では、今から何日もかけて、どこか近くの砦を落とすことにしよう。そこで存分に食糧を貯え、休んでから進軍するのが良いのだろう? そのために、私の命令を取り消すことにしようか? 貴公のために」


「ラジカの王よ……」老人は言った。

「そなたが強行軍で攻めることができると言うことは、それは相手にとって同じことなのだ。この国の丘の上に立った強固な砦を落とすのには、この大勢であっても時間がかかる。攻めるうちに挟み撃ちに合えば被害は甚大だろう」


 ラジカ王は舌打ちをして、語気を強めた。

「もうよい! 貴公はもう下がっておれ! 貴公の代わりに、このピピンが騎兵を率いることとする」


「しかし、王よ! この騎兵どもを任されたのはわしだ。誇り高い帝国騎馬に命令するなど、僭越極まりない! そなたに何の資格があると言うのだ!」


「帝国には何とでも申し開きはできよう。敗残の老いぼれ将軍に騎兵を犬死させるのはいたたまれなかったとな」


 老人は言い返せずに、十字を固く握った。


「既に騎馬どもは、敵の襲撃を何度も退けたこの男を信頼しているようだ。残念だよ。シルクリフよ」

 ラジカ王は含み笑う小太りの男に向き直った。

「受けるな? ピピン」


 ピピンは頷いて、笑みを見せた。「もちろんでさぁ。王様」

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