29-挑発
「散々だったな」バートルは、焼けた七番駅の兵舎の壁に背を預けながら言った。
辺りはまだ暗く、バートルの騎兵は砦が立つ丘の周りを見張っていた。
「カガンさまよ。一体どうするつもりなんだ? 俺の兵に被害はほとんどなかったが、あんたはどうだった? 生き残ったのはたった三人だ。あんたの兵は弱すぎる」
「降りるのか?」
カガンは兵舎の土間に座り込んで、苛立ちを露わに椅子を蹴飛ばした。足には赤くなった湿布を巻いていた。
「ピピンめ! 次に会ったら殺してやる!」
「言い訳か?」バートルは肩を竦めた。「ピピンがいなければ果たして勝っていたか? そんなくだらないことで俺に当たるな。らしくねぇな。農耕民に毒されたか?」
カガンは短く息を吐いた。
「惜しいことをした。あれほどの馬を手放してしまったからな。ピピンがあの時現れなかったら、もう十頭は手に入ったかもしれないと思うと悔しくて、腹が立つ」
「確かに、あんたは馬に乗るのをやめて、馬産師にでもなれば大金持ちになれそうだ」
「何が言いたい?」カガンは、せせら笑う男を睨んだ。
男はへらへらと笑って、首を傾げた。「へへ、まあいいじゃねえか。あんたの方こそ俺の質問に答えてないぜ? これからどうするつもりだ? ダミルに勝ったことに免じて、俺はまだついてってやる。とっとと答えろよ」
バートルは、足元に転がっていたカガンが蹴飛ばした椅子を、足に引っかけて軽々と持ち上げた。彼はそれを交互の足で繰り返した。
「見張りを減らせ」カガンは淡々と言った。
「奴がダミルを助けたのは恩を売るためだ。ダミルだけでなく、帝国にもな。あいつは領土を欲しがっている。帝国に顔を売るためならそれくらいのことはするだろう。わかったな? とにかく、今は騎兵を休ませろ。意味のないことで体力を使わせるな」
「まあ、あのデブが自分の王国を欲しがってると言うのには同意だな。それも……、どちらかと言えば農耕民の、自分が頂点の国って感じだ」バートルは苦々しい表情で、舌を出した。
「あの馬鹿の一つ覚えみたいな宦官気取りと言うか、自分がずる賢いと思ってるところが気色悪い」
「あいつは遊牧民の出じゃないからな。ある意味仕方のないことだ」
バートルは妙に納得した風に頷いた。
「あいつが帝国の信頼を勝ち取り、土地を得る方法はダミルにとって代わることだ。今夜奴らと出会ったのは、奴らが斥候として派遣されたからだが、ダミルが手負いなのをいいことに、これまで以上に奴は成果を上げようとするだろう。であれば、これからアイツと顔を合わせる機会も増えるはずだ。俺たちは奇襲を徹底する。少数の騎兵でピピンの部隊を誘い出して、行軍中の連合国軍を側面から叩く。反撃が来ればすぐさま逃げろ」
「要するに、俺の戦い方でいいってわけか。で、もし本隊から大物が釣れた場合は?」
「馬鎧は思ったよりも頑丈で、馬の体格も比べ物にならないくらいだ。谷間に誘い出し、待ち伏せ、鎧の無い尻から射殺せ。俺たちの馬が帝国の馬より勝っているのは山登り、この一点だけだ。やばくなったら丘を利用しろ」
「了解だ。ボス」バートルはウインクした。
カガンは頬を緩めた。彼は立ち上がって厩舎に向かうと、帝国の馬の一番大きくて、若い牝馬を殺して解体し始めた。
「おい、狂っちまったか?」嘶きを聞いて駆けつけたバートルは叫んだ。
「食ったら、俺が組織した全騎兵を連れてくる。七百の大軍だ。存分に暴れようぜ」




