28-ピピン
「ああ。久しぶりだ。それにしても、お前が他人に手を貸すなんて珍しいな」
カガンは、アライに目配せしてなだめた。「そいつを離してくれ」
ピピンは高いかすれた声を上げて笑った。
「なんだ、農耕民に情が移ったのか? あんたおかしいぜ。ずいぶん痩せたようだし、クタシの伝令は土壇場で裏切ったなんて言ってたぜ。女王様にお熱だってな。本当に狂っちまったのか? アーカスに就けば女王だって、金だって、女だって手に入ったじゃねえか」
「俺を裏切ったお前と、俺が仲良くできると思ったのか?」
ピピンは薄気味悪く笑った。「俺は裏切ってない。何かの間違いだ。それに、あんたぁ。そんなことを気にする柄じゃねぇだろ?」
「じゃあ、昔みたいに頭ぁ、って情けない声で言ってみろよ」
「俺は、既にあんたと対等だ。それどころか、いつだって殺していいんだ。状況分かってるか?」
彼は弓の弦をキィィと鳴らした。
「確かに一理ある。じゃあ、あの日、襲撃があったころお前は何をしていた?」
「ニギと一緒に、あんたがくれた女を使ってた」
カガンははっとして眉を上げた。「おお! ニギだ! あいつはどこにいる?」
ピピンは目を眇めた。「あいつは死んだぜ。俺が殺した」
「俺があんたの女を使ったら、お頭のもんだ、許しが出るまで使うなってうるさいから殺した」
カガンは首を傾げた。「どの女だ」
「あいつだ。ほら、あんたがいなくなった日に襲った村の、洞窟にいたあんたの女。若くて、骨が浮いてたが、体に張りがあって、すっごくきれいでよぉ」
ピピンはその光景をありありと思い出し、鼻の穴を広げてうっとりとしていた。
「気が強くて、あんたが爺さんに止めを刺さなかったおかげで楽しめたぜ。あの娘、爺さんの前で犯されるのを恥じらって嫌がってたのに、実際のところは恨んでたみたいだな。皮と骨になった爺さんを殺させたら笑ってたぜ! 大声でさ、結局的になっちまったけどよ、最後にはあいつも楽しんでたぜ!」
カガンは不快そうに眉を顰めた。
「俺だったら、殺しはしなかったぞ」
「あんたはそういう男だ。でも、俺はああなっちまったらもう殺してやる。それが救いってやつだ。ああ、そうだとも」
「俺はお前のそういうところが気に食わなかったぜ。でも、晴れて敵同士だ」
「ああ、そうだ。でも、あんたはもうじき死ぬ。俺が殺してやる」
ピピンは弓を引き絞った。
ピピンの下敷きになっていたアライは、佩いていた剣をピピンの足に突き刺した。
「カガン様! お逃げ下さい!」
ピピンは苦痛のあまり、刺された右足を押さえて叫んだ。ピピンの騎兵の幾人かは、男の元に向かうために丘を下った。
カガンは素早く矢を番えピピンを狙ったが、丘上から援軍が来るのを見て一目散に、谷間から抜け出そうと走り出した。
丘の上から、騎兵たちがカガンをめがけて矢を放った。
「カガン様! どうか、どうか! 生き延びて、奴らに罰を!」彼は、涙ながらに訴えた。
ピピンは、浅く刺さり暴れる間に抜け落ちた剣を蹴飛ばし、血の滲んだ足でアライの頭を思いきり踏みつけた。何度も踏みつけた。
「生き延びて、必ず、仇を取ってください……! あんたに義理なんて一っつもないんだろうけど、この、異教徒の略奪者を、殺し、この国をお守りください、必ず……!」
彼は途切れ途切れに言葉を繋いだ。彼は口内に溢れた血で溺れそうになりながら、激しく呼吸した。
彼はピピンの太い足が顔から離れた間に顔を激しく揺すって、血を吐き出した。
「コルキア人に繁栄あれ! 騎兵隊に栄光あれ!」
カガンは矢が降り注ぐ中立ち止まり、振り返って矢を番った。しかし、もはや離れすぎてしまっていた。彼は踵を返して再び走り出した。バートルが鹵獲した帝国の馬を連れて、この谷間を抜けたところで彼を待ち構えていた。
アライは聖人の名を呟き続け、口を動かすたびに口内に刺さる折れた歯を飲み込んだ。
ピピンはしゃがみ込んで、アライの声に耳を澄ませた。
「なに? 嬉しいか。それなら望む通りにしてやろう」
ピピンは彼の上で馬を躍らせた。
彼らは、それでもアライがまだ息をしていたので大いに楽しんだ。




