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27-一族の誇り

 カガンは、走らせた馬が跳ねる一瞬、馬が駆ける四拍子の後、胴が宙に浮かび上がるその瞬間、素早く振り返り、ダミルめがけて矢を放った。

 矢はダミルの兜を掠めた。浅黒い男は怯んだ様子を見せず、矢をしまい込み手綱をしっかりと掴んで馬を全速力で走らせ続けた。一回りも大きい帝国の馬は速度でさえコルキアの馬よりも上回っていた。


「逃げろ、踏み殺されるぞ!」ダミルは狂ったような笑い声をあげて叫んだ。

「貴様のその薄汚い馬ごと轢き殺してやる!」


 クソッ! このままだと文字通り踏みつぶされちまうな。


 カガンは合流地である谷間への道を逸れて、急勾配の丘を登った。

 丘の上からは、彼の騎兵が待機する大きな丘が見えた。崖のように切り立った双丘の谷間は、白々しい月明かりの光を遮って、落ち窪んだ隧道(ずいどう)のように見えた。


 ダミルの馬は一層砂煙を上げながら、何度も足を踏み外して丘を登りきった。カガンは既に丘を下りきって、顔を出したダミルに向かって矢を放ったが、またしてもダミルはそれを躱した。


「見苦しいぞ! 貴様!」ダミルは怒声を発した。丘の上には八十を優に超す、一様に帝国の馬に乗った騎兵が一列に並んで、目を光らせていた。

「今私に下れば、サカ族の男らしく私の弓で殺そう! さもなくば、踏み殺してやろう!」


「どうせ死ぬんじゃねえか!」カガンは嘲るように言い放った。「そんなら、一人でも多く殺してからの方が箔がつくってもんだぜ!」


 カガンは、ダミルの馬を狙って再び矢を放った。矢は丘の上へ、威力を殺しながらも馬の鎧に覆われた肩に命中した。馬は跳ねあがって(いなな)くと、激しく暴れた。

 ダミルは素早く馬を落ち着かせると、浅く刺さった矢を引き抜いた。


 カガンはその隙に駆け出した。ちょうどその時、ダミル騎兵の後方をバートルの騎兵が襲い始めた。ダミル騎兵は丘の上から反撃を開始した。

 ダミルは、あの男があの谷間に誘っているのだと知っていたが、迷うことなく丘を駆け下り、カガンの後を追った。

 バートル騎兵は、一矢を放つとそれだけにとどめてすぐに隠れ、ダミルを追うために走り出したダミル騎兵の後ろから襲い始めた。



 カガンは荒く息を上げる馬を谷間の真ん中に置き去りにして、真っ暗な谷間の土砂の影に隠れた。まさに、憑かれたとでも言うような怒りを露わに、谷間に差し掛かったダミルはカガンの馬の首を射抜き、殺した。カガンはダミルが矢を放った瞬間、身を乗り出してダミルの肩を射抜いた


 貴様ァァァ!


 ダミルの遠吠えは谷間に反響した。


 彼は矢を金の肩鎧ごと引き抜くと、荒々しく弓を鳴らし、遮蔽物に隠れ切らなかったカガンの足先を射抜いた。カガンの小指のあったところからは熱い血液が溢れ、冷え切った暗闇の中で痛みを感じなくなった足の裏を温めた。

 ダミルは馬から降り、足元を怒りに任せて踏みつけながら暗闇へと向かい、浅黒い肌から立ち込める湯気で、浴する月光を歪めた。


 カガンの後ろで、密かにアライは丘上から降り立ち、聞き耳を立てながら、遊牧民の頭目が谷の深くに入り込むのを待った。


「殺してやる! 殺してやるぞ! (はらわた)を引き摺りだして、豚の餌にしてやる! 頭蓋を糞壺にしてやる!」


「そりゃあいいな!」カガンは遮蔽物越しに叫んだ。「ついでに腰の骨はお前の母ちゃんの所に埋めてくれ!」


 ダミルは言葉にならない音を上げ、歩調を速めてカガンに迫った。

 カガンは、彼が近づくにつれて鼓動が早まって、笑みを浮かべるのを止められないのに気が付いた。



 丘の麓では、丘の上に陣取ったカガンの騎兵がダミル騎兵を襲い始め、挟撃するようにバートル騎兵が襲い始めた。小回りの利かないダミル騎兵は、ダミルを置いたまま逃げることもできずにまともに攻撃を食らった。


「いいのか。手下がやられているんだぞ?」


「もはや、貴様を手土産に戻らねばサカの戦士は許さんだろう。貴様を殺さねば、退路は無いのだ!」


 ダミルは力強く言ったが、そこに動揺を感じ取ったカガンは、身をさらけ出して矢を放った。

 ダミルは、すかさず矢を放った。


 カガンの矢は弓を構えた敵の左腕に突き刺さり、ダミルの矢は敵の耳を掠めた。

 両者の鼓動は頭の中を反響し、視界や体中を支配していた。


 ダミルは、苦痛に顔を歪めて矢じりが心臓を向いたままの左腕を抑えた。声を一切漏らさずに、膝を地につけることもなく、カガンを獣のような目で睨んだ。


「残念だったな。ダミル」カガンは、男に向かって矢を番った。


 その時、カガンの後ろに、丘の上の騎兵が滑り落ちてきた。

 丘の上では、突如現れた別の騎兵がカガンの騎兵を丘の切り立った縁にまで追いやっていた。馬から降りてダミル騎兵を襲っていたカガンの騎兵は、突然の襲撃に逃げ遅れてしまっていたのだ。

 カガンは谷間の影の深い場所へ走り、丘から飛び出した岩の下に身を隠した。


 丘の上からカガンのよく知る声の大声が聞こえ、カガンは舌打ちをした。

 高くて、しゃがれた声のピピンは、カガンの騎兵を一頻り殺し終わると、谷間の様子を小さな口を曲げて覗き込んだ。

 バートル騎兵は、ピピンの騎兵と交戦を始めた。



「貴様! 必ず、殺してやるからな!」ダミルは馬の手綱を曳いて叫んだ。

「いつか、次に会った時には、必ず……!」

 ダミルは馬に乗ると、包囲の解かれた騎兵と合流して逃げ去った。


「ああ! 待ってるぜ! 負け犬!」カガンは岩陰に隠れて、笑顔で手を振った。


「生きてたのか。本当に死んだものかと思ってたぜ」

 ピピンは、急斜面を下ってカガンの背後で矢を番えていた。


 ピピンは腹を射抜かれて、仰向けになって呻いているアライの傷口を、折れた矢を押し込むように踏みつけながら笑っていた。

 アライは声にならない叫び声をあげ、助けを求めるように、カガンを必死に見つめた。


 カガンはため息を吐いた。


「カガンよぉ。俺には何とも言わんのか?」ピピンは言うと、足元のアライの顔を踏みつけた。

「弱い兵だな。あんたに似つかわしくない。まぁ、再開を喜ぼうぜ。久しぶりの再会じゃないか」

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