23-赤い炎の宝剣
書き溜めてた時とはだいぶ変えてしまいました。間違いがあればご指摘お願いします。
「今の皇帝に正統性は無い」レオンは続けざまに言った。
最前列で戦い続ける兵士や、抵抗する衛兵でさえ戦いを止め、耳を澄ませた。
「私の父は先帝だと多くの人は言う! その先帝は帝位を簒奪した男だった。であれば、簒奪者の血を引いた今の皇帝は不当な帝位に就いた偽物だ! 私は違う! 私の父は先帝に殺された、正統な皇帝だったのだ!」
兵や貴族から戸惑いの声が轟いた。シアンは彼の背中を不思議そうに見上げて目を眇めた。
「先帝は父から奪った母を、そのまま娶った。母はその後に私を産んだ。先帝も気づいていただろう。私が正統な血を引き継いでいることに……。しかし、母への情のために私を殺せずに、売り物のように捨てたのだ。それに気づいたのは先代と今のコルキア王だけだった。シアン様が今まで大人しかったのは、偏に私の存在を隠さねばならなかったからです。
貴様たちが担ぎ上げた男は、帝国の手先であるアーカスは、コルキアの長年の平和が崩れるよう仕組んだ男だ。
そして今、帝国は私を殺し、コルキアを再び自らの支配下に置こうとラジカを使い、この国を侵略している! これがこの戦いの真実だ! 兵士は私に加われ! この際に起きた略奪には目を瞑る。しかし、必ず。薄汚い帝国、ラジカのためにコルキアの民を傷つけないと誓え! 貴様たちが従うべきは間者の甘言ではなく、自らの真心、正義だと言うことを知れ!」
衛兵たちは大きな盾を鳴らして雄叫びを上げ、敵の兵士たちを威圧した。疲れ果てた目には光が宿り、今までの戦局がひっくり返ったかのように西側の兵たちは怖気づいて、ゆっくりと引き下がった。
「弓兵、耳を貸すな!」禿げ頭の貴族が叫んだ。
「この男が正統な皇帝の血を継いでいるなど一度たりとも聞いたことがあるか! そもそも、この男になんの力があると言うのだ! 正統の皇帝であって、コルキアの王ではないのだぞ!」
「いいえ、私はコルキアの女王と正式に婚礼を挙げます。そうして、西に迫るラジカ、帝国連合軍を跳ね返し、号をコルキア帝国と改めましょう」
「ふざけた真似を……。もはや引き返せぬぞ、帝国を敵に回すなど……」禿げ頭の貴族は口籠った。
弓兵が一斉に弓の弦を緩めたのを見て叫んだ。
「何をしている! 構えんか!」
「シアン様、どうか突然のご無礼をお許しください」
レオンは玉座に小さくなっていた女王に向き直ると、優しく手を取ってゆっくりと立たせた。
「受けてくださいますね?」
彼女は立ちあがると、自信に満ち溢れた少年に抱擁して見せた。彼女は改めて少年に向き直り、微笑した。
「ありがとう。レオン様。でも、それはお断りさせていただきます」
シアンが丁寧に言うと、カガンとアレクシアは思わず噴き出した。
アレクシアはにやにやとしながら小さな皇帝に耳打ちした。
「レオン様、顔! 顔!」
少年は、茫然自失で開きっぱなしになっていた口を閉じ、赤面した。
女王は、兵たちに向かって叫んだ。
「ですが、私はレオン皇帝を正統な帝国の継承者として認めましょう。兵たちには、ラジカ、帝国連合軍の侵略を跳ね退けた時、改めてコルキア帝国と号することを約束します。しかし、この度の謀反に関して、あなた方に恩赦は与えません。ですが、よい働きをすればそれ以上の見返りを用意します。この男のせいで、既に領主の席は三つ空いていますからね」
「ありがたいお言葉。感謝いたします」カガンは、大仰に、茶化すように言った。
「カガン」彼女は改めて、跪いた内心腹立たしい男に向き直った。
「あなたは幼いころからの重臣、長く、よく私を支えてくれたマグナスを殺害しましたね。本来ならむち打ちか殺したいほどですが、レバンと二人の反抗貴族を仕留めたことを称えて、騎兵隊長に改めて任じましょう。手柄次第では、望み通り北方の王として国を建てることを許します」
「ありがとうございます。女王様」彼は首を深々と下げた。
「女王様!」
弓兵の一人が叫んだ。彼はあの禿げ頭の貴族の首を広間の中央に投げ入れた。それはゴロゴロと鈍い音を立てて血の海になった床をさらに汚した。
「おいらも心苦しかったんだ。なんで同じコルキア人を殺すのか。でも、おいらは無罪ですよね!」
それを見ていた兵士たちは、一斉に貴族たちを殺し、体を広間に投げ入れた。
「不敬なので減点」彼女は不快そうに目を眇めて言った。
「礼儀を知らない者には領主は務まりません。ですが、大目には見ましょう。少なくとも、褒美は与えます」
「女王様」カガンは言った。
「城門にはアーカスの兵がいるようです」
彼女は頷くと、微笑した。彼女の笑みは強張って、痙攣していた。
「コルキア兵よ。敵は城門のアーカス兵です。さあ。手柄を上げなさい」
シアンは、自室にカガンを呼び込むと、机の下に屈み込んであの床板を見て首を傾げた。
こんなに丁寧に隠した覚えはないんだけど……。
彼女はまあいいやと床板を外した。彼女の指は震えているようだったが、彼に背中を向け、悟られないように努めていた。彼女の小さな、ローブに張り付いた背が震えたせいで、カガンにはそれがよくわかった。
死に晒された恐怖と、生前の栄光にもかかわらず無残に踏みつけられたマグナス、獣のように襲い来る自国の民、民に殺された貴族たち、死にゆく人の力強く、逃れることのできない腕。それらが、ふっと彼女に、鮮明な実感を伴って襲い掛かり、シアンは涙が込み上げてくるのを感じていた。
そして、何より、背後に立つ男が恐ろしくて堪らなかった。
彼女は徐々に呼吸が苦しくなっていくのを感じながらも、強がって、何事もないように話し始めた。
「カガン。君は、どうして私に就いた? 君のせいで、状況はとんでもなく厄介になってしまった。最初から、私に就いて企みなどせねばどれだけよかったか」
彼は天井を見上げて、映り込んだ燻った炎を見ていた。
「別に、俺はどっちについてもよかったんだぜ。ただ、レオンがどうするかで決めるつもりだっただけだ。そのためにどちらにも取り入った。アーカスとの契約通り、お前を奴隷にしてやってもよかった。俺が欲しかったのは……、お前と大義だけだったから。この国を滅ぼして帝国に取り入ってもよかったんだが、まさかあのレオンがあんなでっち上げで帝国に喧嘩を売るとはな……」
彼女は銀の箱を取り出して脇に置き、さらに深くにあった、布で包まれた微かに反り返った刀剣を取り出した。彼女は、ランプの明かりに刀身を掲げて刃を指先で撫でた。ぼやけて、妙に艶めかしく見えた。
ああ。父上の代わりに、私が死んでいれば……。
「なるほど。相当私が欲しいのだな。惚れたのか? 私に」彼女は笑ってみせた。
彼女の笑みは多分の敵意を含み、呼吸は浅くなっていた。切っ先は激しく震えた。
「さあな。お前の方こそ俺に惚れてるんだろ? ほら、腹の下に手ぇ入れてたときなんて濡れてたぜ? ああ、漏らしたのか?」
彼は歯を見せつけるように笑った。
……恥だ。
彼女はその曲刀を構えて見せた。ランプの明かりに照らされた鉄の刀身に鍔に埋め込まれた赤い宝石が映り込み、まるで刀身に炎が宿っているようだった。しかし、ランプの明りは控えめで、全体を燃え上がらせるには不十分だった。か弱い炎が宿っていた。
「本当なら八つ裂きだ」彼女は憎しみの目を向けた。
彼が刀身を掴むと、彼女は慌てて手を離した。彼はそれを奪い取って、ランプの明かりに何度も照らし、うっとりと見ていた。
「かっこいいな。お前、この剣をどうするつもりだ」
「君にやる。父上の剣だった。一度も欠けたことはない」
彼女は浅くなった呼吸を整えるために息を吸った。
「君がああやってレオンを焚きつけなければ、私は死んでいた……。確実に。あの兵士たちに犯されて、マグナスみたいに踏みにじられて、想像もできない苦痛の中で死んでいた」
彼女は自らの腕を力いっぱい掴んだ。俯いた顔から涙がぽとぽとと零れ落ちた。
「恐ろしいよ……。もう、もう……」
彼は居ても立っても居られない苛立ちに任せて、彼女の繊細で、か細い首を掴み、窓際に押しやって剣を首元に突きつけた。城下の灯が刀身に移り込んだ。
下を向いた刀身は赫々と燃え盛り、手の甲は炙られ黒く焦げたようであった。
彼女は窓枠を落とされまいと必死に掴んで、もう片方の手で彼の腕に爪を立てた。
「いいか。今度、泣き落としなんてしたら殺してやる」
彼は憎らしそうに、一語一語噛み締めるように言った。
彼女は、息ができなかった。
カガンの表情を見て、その悲しそうに曲がった眉と、強く噛み締められた唇を見て、彼女は強く、『恥』を感じた。
彼女は暴れ出して、彼を思いきり蹴りつけた。彼女の頬にはいくつかの浅い刀傷ができた。
「おいおい、落ちちまうぞ」カガンは慌てて剣を投げ捨てた。
「悔しい」彼女は絞り出した声で小さく呟いた。
「恥だ。私が無力だったせいで、犠牲を厭わないお前のような男を頼るしかなかった。信じてやれずに、恐ろしくて、檻に閉じ込めてしまった……。でも、お前は私を助けた。私はお前を頼るしかないんだ。私は、敵以上に、お前が恐ろしくて堪らないんだ」
彼女はカガンの手に涙を溢しながら、必死に訴えた。
彼は息を呑むと、震えたため息を吐いて彼女を部屋の中に引きずり込み、床の上に放した。
彼女は崩れ落ち、首元を押さえて激しく咳き込んだ。
「ただ、俺はお前が欲しいだけだ。何も恐れることはない。俺は、お前を殺さない」
「脅して、殺しかけたくせに」
彼女は首を押さえたまま憎らしそうに彼を睨みつけた。
「まあ、ただの脅し文句だ。ともかく、この剣は貰っておこう」
彼は剣を拾い上げると、言った。
彼女はよろめきながら立ち上がって、しゃがれた声で叫んだ。
「持っていけよ! 二度と、私の前に顔を出すな!」
彼は鼻で笑って、それを翳した。汚れ一つない刀身に彼女が涙を拭う姿が見えた。
今日の更新はここまでかもしれません(;_;




