21-宮殿
「なんだ。君か」シアンは不思議なほど落ち着き払って言った。
彼女は、彼に一瞥もくれずに頬杖をついてため息を吐いた。
「ああ、俺だ。ビビったろ?」カガンは楽しそうに笑った。「もっと驚いてくれてもいいじゃないか」
「君が喜びそうなことを何故、私がしてやらねばならない?」
彼女は憮然として言い放った。
「この者の言葉に耳を貸すな」
衛兵たちは慌てて彼女の側に集まろうとしたが、彼女はそれを制止した。
「久々なのにそっけないなぁ。女王様」カガンは、衛兵たちが離れていくのを見て、引き絞った弓の弦を緩め、彼女の肩に腕を回した。
「おい、バカ女!」彼はアレクシアに叫んだ。彼女は飾り気のない、細身の直剣を引き抜いて構えていた。
「くれぐれもお前は近寄るなよ! 一歩たりともだ! 馬鹿が移る」
「なんだ、ビビってるんですか?」
彼女は身構えるのをやめて、肩を竦めた。
「人質取るなんてみっともないですよね~。負け犬根性丸出しって感じで」
彼女は挑発するように嘲る笑みを顔に張り付けた。
「やめなさい! アレクシア」
レオンは甲高い声で叫んだ。カガンや、アレクシアでさえも初めて聞く少年の深刻な声色に驚き、一瞬固まった。カガンは、自身より注目を集めた少年を不愉快そうに見た。
「どうか。お止めください。カガン様。シアン様を離してください。代わりに、私が人質になります。どうか、どうか……。シアン様を人質にするのは、それだけはお止めください」
少年は、床に跪いて深々と首を垂れた。いつもの、落ち着いて活気に溢れた少年の声は涙で不鮮明になっていた。
「どうか、この方を傷つけないでください。あなた様のためになんだって致しますから」
「駄目だな」カガンはにべもなく、つまらなさそうに言い放った。
「俺は、男に興味が無いからな。他を当たれよ」
「おい! 衛兵ども」彼は扉に向かって叫んだ。「聞こえなかったのか? その扉を開けろ! 今すぐに!」
「開けるな」シアンは厳然と言った。「何があろうと開けるな。この男が私に何をしようと、その扉が開かない限りこの砦の兵たちはコルキアのために戦い続ける! 諦めてはいけない」
衛兵たちは戸惑い、口論を始めた。一番偉そうな衛兵のマグナスは開けるなと必死に命じたが、命令に従ったのはごく少数だった。扉を押さえていた衛兵の多くは、扉から離れてしまっていた。その大男は額に血管を浮かせて、数少ない従順な兵士と鉄の扉を押さえ続けた。
「シアン様」扉の向こうで、老人の叫ぶ声がした。
「バルカン様の家臣であったレバンです。もはや逃げ場はありません。今のうちに扉を開くと言うのであれば、レオン様を傷つけは致しません。私めが保護して、無事に帝国に送り返しましょう。あなた様にも、酷い思いはさせないとバルカン様に誓います。あなたは私めを裏切り者と断じるでしょうが、私めにも人の心はあります。城下の、バルカン様の民を焼いてまともでいられるわけではないのです。どうか、争いはやめにいたしませんか」
「なんて寛大なんだ」カガンは合いの手をいれた。
「ほら、開けるなら今の内だぞ。衛兵ども! まあ、この女は俺のもんだがな」彼はニヤついて、彼女の頬に唇を這わせた。シアンは小さく震えていた。
「衛兵長。頼みます。もうこの城はおしまいです。レオン様だけでも生かしましょう」扉を押さえつける衛兵の一人が言った。
しかし、大男は扉から離れようとはしなかった。
「レバンよ! 裏切り者よ!」マグナスは叫んだ。
「貴様に何の大義がある! バルカン様の民を焼き、バルカン様の子を殺そうとするなど! 貴様は八つ裂きにしてやる! 扉を開けてみろ! 八つ裂きにしてやるぞ」
「マグナスよ!」扉の向こうでレバンが言った。「貴様の忠誠には感服する。しかし、それはバルカン様に向けられるものであって、その無能な女王に向けられるべきものではない! 貴様の主君はもはや死んでいるのだ。貴様に本当の忠誠と情けがあるのなら、彼女を楽にしてやるのがバルカン様のためだと思わないか」
「早くしろ!」カガンは叫んだ。「開けるんだ!もう飽き飽きだぜ」
彼はシアンの足首まであるローブを捲くって、手を布の下に滑り込ませた。
彼女は硬く口を結んで屈辱に耐えた。
大男は鋭い、皺だらけの目でカガンを睨みつけた。
「貴様ッ……!」
「開けてください!」レオンが叫んだ。「もう結構です! カガン! 早く離れなさい!」
「もうそろそろだな。女王様」
カガンは彼女の耳元で囁き、素早く弓を引くと、放った。
部屋中の明かりは燃え盛った。
大男は扉の前に倒れ込み、矢の刺さった首を押さえながら石の床に崩れ落ちた。
シアンは、倒れ込み、血の海に沈みゆくマグナスの体を呆然と見つめた。
カガンは素早く弓を引いた。




