表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/40

2-カガンの奴隷生活

 彼は墓場にいた。暗闇の中で辺りを見回して、天井から燻った赤が差し込むのが見えた。彼はその霊室から這い出ようと、木の根を掴んでその穴へ向かった。行けども行けども、終には辿りつけずに高くまで上った。しかし、彼は上り続けた。そして、とうとう木の根は折れて、彼の手に一房の土塊を握らせたまま、地底に落ちた。土塊は、いつの間にか魔女の足首に変わっていた。


 カガンは揺れる荷台の籠の中で目を覚ました。

 早朝の湿って霞掛かった小川の横の道を通り、彼はあまりの寒さに身を震わせた。


「よお、目が覚めたか?」御者台に座った男は言った。周りには革の鎧で武装した男が座り込み、カガンを嘲るように笑っていた。


 カガンは締め付けるような痛みの額を押さえながら言った。「ここは?」


「檻の中さ」御者は言った。「お前さんは今から売られることになった」


「それは知ってる。俺が言いたいのは違う。ここはどこだ」


 御者は返事をしなかった。


「どうしてあいつらは俺を殺さなかった?」


「お前さん、自分がそれほど価値ある人間だと思ってるんかい?」御者が言うと、男は黒く焼けた顔から白い歯をのぞかせた。


「まあ、恨まれてはいるな」


「お前さん、名の知れた盗賊なんだろ? 不死身のカガンとかいう」


「そうかもしれないし、そうでないかもしれん。どっちにしろ関係ないことだ」


「でも、そうでなかったら生かす意味はないよな」御者が男に視線をやると、男は棍棒で何度も彼を殴りつけた。打たれるたびに、熟れた果実のように膨れた全身からグチャリ、グチャリと音がした。


「やめてくれ、何でも言うから!」カガンは震える声で言った。

「お望みのことはなんだってしますから、許してください!」彼は泣き崩れて、腫れた頬を荷台に押し付けながら何度も叫んだ。


「お前さん、面白い奴だな!」御者は楽しそうに言うと、彼をまじまじと見ようと身を捩った。


「なんだってする! だから許してください! 本当に人違いなんだ!」


 御者は聞こえなかった風に、笑い続けた。

「うーん。女でも最初は叫ばないもんなんだがなあ」御者が話す間、従者の男は握った棍棒を下げた。


「そうなんです! 俺は女以下なんです!」


「女ってのは、お前に売られた奴らのことだぞ。あいつらでさえ少しはましだった」

 従者は思いきり棍棒を叩きつけた。


 彼は痛みに身を捩った。


「お前は盗賊どもの頭目で間違いないな」


「ああ。ああ、そうです。だからやめさせてくれ!」カガンは叫んだ。


 御者は微笑して見せた。「よろしい。初めから認めていればいいのだ」


 彼は蹲って呻き、吐息のような返事をした。「……はい」


「もう、お前は奴隷なんだぜ。分かってるか? 女王様の献上品だ。行儀よくできるな?」


 彼は必死に、しきりに頷いた。


「寝かせてやれ」御者が言うと、男は棍棒を彼の頭に振り下ろした。



「王女様、お許しを」カガンは跪いた。「私めは、間違いでここに連れてこられたのです」


 御者たちは目を剝いて彼を見つめた。


「この男たちは私めを無理やり連れ去ったんです」彼は涙を流して、ぼやけて焦点の定まらない目で、恐る恐る玉座を見上げた。

 彼女はまだ幼く、痩せた体を白のチュニックで覆っているように見えた。


 彼女はカガンをまじまじと見て、微笑した。「それは本当なのか? ホルツキ」

 彼女はあの御者の方を見て眉を顰めた。


 ホルツキは落ち着き払った声で返事をした。

「いいえ。そのようなことはありません。この男は不死身のカガンと呼ばれる盗賊に間違いありません」


「ふむ」彼女は頷いた。「では、この男が嘘を言っているのか? ホルツキ」


「嘘です! 王女様!」カガンは叫んで、青くなった左腕を彼女の方に差し出した。

「あの男の従者に何度も何度も殴られました。棍棒でです!」


「嘘です、女王様」あの男は淡々と言った。


「まあ、待て。ホルツキ。この男の言葉を聞きたい」彼女は不敵に笑って見せた。

「何があった? 私は優しいんだ。信じて何でも話してくれ。奴隷の男よ」


「ありがとうございます。王女様」

 彼は額を床につけて感謝を示した。

「私めは、ただの猟師で、兎なんかを狩っていました。ですが、この男は仲間たち数人と馬を連れてやって来たんです。私たちは最初歓迎しましたが、すぐに奴らは本性を現して!」


「待ちなさい。奴隷の男」彼女は憐れむように微笑んだ。


 彼女は玉座から立ち上がり、目の前でしゃがみ込んで緑の目でまじまじと男の顔を覗き込んだ。周りからは(たしな)めるようなどよめきが上がり、彼女の側に立っていた男は憮然とため息を吐いた。


「そうだなあ。まずは君の暮らしぶりから知る必要があるかな。家族はいたか? 妻は?」


「妻、妻はいました。それと一人の老人と暮らしていました」


「それはお前が殺した人の事か?」ホルツキは憮然と言った。


「商人、わきまえろ」彼女が言うと、彼は目を回して黙り込んだ。


 彼女はカガンの腫れあがった頬に手を当て、労わるように親指の腹で撫でた。

「さあ、言ってごらん。ことによってはこの男を罰してやろう」


「もうやめにしませんか!」

 玉座の側に立つ男は叫ぶように言った。男は細身で長身の中年で、黒い髪を短く整えていた。

「ホルツキ、この男を連れて帰りなさい。このような者はコルキアの王家にふさわしくない」


「それは私が決めることで、あなたの決めることではありませんよ」

 彼女は立ち上がり、男に食って掛かった。「決めたわ! ホルツキ、この男を買いましょう」


「では、最初のお約束通り……」


「待ちなさい!」中年の男は言った。

「ホルツキ、わかるか? このような男はコルキア王の奴隷にふさわしくないんだよ。そもそも、このような汚らしいを男を宮殿に連れ込むなど……。すぐに連れて帰りなさい」


「残念ですが、ここの玉座は私の物であって、あなたの物ではありませんよね」彼女は男に詰め寄った。

「ここにあなたの玉座はありませんので。命令したいのならご自身の玉座にお戻りになられてはいかが?」


「今の言葉は取り消せませんよ」男は奥歯を噛み締めて、彼女を睨んだ。


「それは脅しですか? アーカス殿?」


 男は、取り繕うように引きつった笑みを浮かべた。「いえ、いえ。違います。ただ、助言しようと……」


「そうですか。あなたが何と言おうと、この男を私は気に入りました。買いましょう! ホルツキ」


「し、しかし」


「私はあなたの意見を尊重して、初めて奴隷を買うのですから、私の好きにしてもいいはずですよ。そうですよ。私はあなたの顔を立ててこうするんですよ。自分の考えを曲げてまで。あなたが謀反を起こさないように」


「謀反など、滅相もない!」


「ちょっと待て! おい、俺はどうなる!」

 カガンは呆気に取られていたが、腹立たしさに任せて叫んだ。「おい! こいつ、この、ホルツキとかいう犯罪者へのお咎めは?」


「あー、カガン。悪いね」彼女は憐れむように彼を見下ろし、すぐに目を逸らして悪びれもなく言った。

「私が君を連れてくるように頼んだんだった」


「私めは、カガンなどという名ではありません!」カガンは叫んだ。「私めは、ただの猟師でございます!」


「ハハハ!」彼女は玉座の前で恥知らずに笑いこけた。

「その太々しさ! ますます気に入った! 私のものにしてあげる」


「だから、違います!」


「女王様、これで黙らせましょうか」ホルツキは笑みを浮かべて、懐からあの棍棒を取り出した。


 彼女はそれを受け取り、小さな肩から腕をぴんと伸ばして、カガンの前に突き出した。

「ほら、君の名前は?」


 カガンは古くない、檻の中の記憶を思い出だし、全身のあざを震わせた。

「私めは、私めは……、カガンでございます……」


「よろしい」彼女は彼の腫れた鼻にそれを押し付けた。「私の物になるのね?」


「はい……」彼は息を呑んで頷いた。「私めは、遊牧民のカガンでございます……。あなた様の奴隷です」


「よろしい。では、君を飼うことにしようか」彼女は意気揚々と言って、棍棒を投げ捨てた。


 カラン、と石の床を跳ねる音を聞いて、安心しきった彼は気を失った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ