16-遊牧民の襲撃
霧が立ち込めるある日の夜更け。まだ空が白み始めたころ、騎兵の小隊がクタシ砦の周りに広がる村を襲った。彼らは火を放ち、食料を奪い、逃げ遅れた村人を皆殺しにして、それに飽きると、高い笑い声のような遠吠えを上げて砦を襲い始めた。
鐘がけたたましく鳴って、砦に配された兵士たちは高い砦の上から弓で応戦した。しかし、絶えず動き回る敵を狙って仕留めるのは困難で、襲撃者の矢傷を負うものが徐々に増えつつあった。砦の内部では恐慌が広がって、住民は死んだように静まり返った。その中を、襲撃者たちの遠吠えと子供の泣き声だけが響いていた。
森から突如として現れた毛皮に身を包んだ騎兵は、敵騎兵の1人を射抜いた。
襲撃者たちは男の姿を認めると、怯え切った様子で我先にと逃げ去った。
南イベリアの体格の良い馬にまたがったその男は、混乱しきった砦の門の前に向かって大声で叫んだ。
「クジンはいるか!」
「名を名乗れ」兵が大声で返した。
「北の王だ」
「カガン!」
禿げ頭のクジンは、以前とは打って変わって真っ青な顔で砦の外に出ると、彼を認めて安心しきった笑みを浮かべ、抱き上げた。
「お前一人であの騎兵どもを追い払ったのだろう? まずは感謝しよう」
カガンは首を振った。
「それはいい。問題はあいつらだ」
彼は踏み荒らされた畑で、矢の刺さった肩を押さえながら呻く男を指さした。
「あれはアーカスが雇った傭兵だろう。なぜこの砦を襲う?」
「さあ。こんなのは初めてだ」男は首を傾げると、倒れ込んだ男をまじまじと見た。
「ラジカを抜けてここに来たのだから、アーカスの傭兵で間違いないな。だとすると、仲間割れがあったのか」
「仲間割れがあったのは確実だろう。しかしそうであれば、この砦付近を遊牧民はこちらもあちらも構わず襲い始めるはずだ」
男は血相を変えて、しきりに瞬きした。縋るようにカガンを見つめた。
「それは、本当か……? 困るな。どうにかならんのか」
「俺にもどうすることもできない。だが、駅が占領されるようなことがあれば挟撃はできなくなるだろう。それは絶対に防がなくては」
「ああ。そうか。それで、一体どうすればいい……?」
彼は微笑した。「馬と馬具は揃えたのか?」
「馬は六十。馬具は俺がそろえた馬の数までは間に合わせた」
「そうか。では、兵士も少し余分に借りるとしようか」
「駄目だ! 今の襲撃を見ただろう? 村は壊滅だ。これ以上兵を減らすことはできない」
彼は眦を決して、毅然と言い張った。彼は踏み荒らされ、燃やされ、短時間の間に略奪され尽くした村を見渡して、義憤に震えた。
「しかし、駅を占拠されれば計画は頓挫する。そうなればお前は王になれないんだ」
クジンは眉を下げると、深刻な表情で男の黒い目を見据えた。
「むしろ、それがいいのではないか。計画を狂わせてあいつらに争わせ、我らは弱ったところを襲えばいい。違うのか、カガンよ」
「それではだめだ」カガンはきっぱりと言った。「何の戦果もなくお前が王になったとしても貴族どもはお前を支持しないだろう。いいか? 以前にも行ったが、劇的な武勲こそ、お前を王にさせるのだ。俺が育てたクタシ人騎兵でコルキアを破り、さらにラジカ軍も破る必要があるんだ」
「しかし……。この砦が落とされることにでもなれば……」
彼は一瞬見せた強気な態度を感じさせないほどに、自信を喪失していた。
カガンは彼の肩に手を回した。
「いや、それはありえない。あいつらは白兵戦に強くても城攻めはからっきしだからな。さっき出ていた兵士だけでも残していれば安全だろう。それに、この砦が落とされればなんだと言うのだ? 女王様に叱られるか? 妻が奪われたのなら、それでいいじゃないか。世界中の女を妻に迎えればいい」
「でも……。これは俺の領地なんだぞ……?」
カガンは呻く襲撃者の喉元を射抜いた。
「ああ……」クジンは小さく、怯えた声を漏らした。
「いまさら驚くなよ。これからは毎日だぜ。兄弟」彼はあの笑みを見せた。
「あんたのやり方でもいい。そうなればこいつの首が貴族どもに変わるだけだ」
カガンは襲撃者の馬とクタシの馬、兵を引きつれてクタシ砦の東側にある、丘上に建てられた八番目の駅へと向かった。
この駅は最もラジカに近く、古く崩れていた砦跡に木の柵で補強したもので、小さな砦のようになっていたが、彼がついたころにはすでに荒らされ、留めておいた十六頭の馬の内八頭が盗まれ、一頭は焼け死に、一部の兵士の死体には焦げた跡が残っていた。
兵士たちは明け方の襲撃者を思い出し怯えていたが、駅の外の土手に、生き残っていた1人の兵士を見つけ出してカガンを呼びつけた。
男は最初怯えて、隠れるように土手に体を押し付けていたが、カガンを認めて、安心したかのように口早に話しだした。
「カガン様。奴らが来たんです。それで、みんなやられました。俺なんかは小便に行ってたんで気づかれませんでしたが、あそこで火に当たっていた連中は全員、やられてしまいました。馬でぐるぐると何度もあの周りをまわって、笑いながら、仲間はすぐに射殺されて……。仕留めそこなった奴は火であぶられて殺されたんです」
男はそれを一息で言い切ると、大きく息を吸い込んで泣き出した。
男は、普段の陽気な様子からは想像できないほど震え、怯えていたが、周りの兵士たちはそれ以上に怯えていた。
「アライ」彼はむせび泣く男に言った。「あいつらは何か言っていたか?」
男は途切れ途切れに言った。「笑ってました。ずっと。アイツを焼いてる時なんかは恐ろしいくらいに……。ただ、一言だけ、それを、しきりに、ずっと、何度か言っていました。だが、俺には分からない……」
「そうか」彼は頷いた。




