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14-石造りの玉座、不信心者の悪夢

 カガンは城に戻り、しんと静まり返った玉座の間に足を運んだ。

 大きな石の門の前に立つ衛兵たちはカガンを見て不愉快そうに眉を曲げ、何か小言を言いながら門を開いた。

 丁寧に磨かれた石の床は、高い天井にある四角く控えめな明り取りから日が差し込むばかりの、採光の悪い棺桶のような広間のいたるところに置かれたランプや松明で照らされ、断面の不規則で繊細な模様を湛えながら鈍く神秘的に反射していた。彼が好奇心で石の玉座に座ろうと手を掛けると、衛兵の大男が彼の手を掴んだ。

 彼は勢いよく手を払いのけると、女王の部屋に向かった。


「おい。魔女よ」

 カガンは無作法に彼女の部屋の戸を開けた。

 衛兵は彼を取り押さえようとしたが、彼女は一瞥もくれない内に彼に入室の許可を出した。

 

「騒々しいと思えば、君か」シアンは言った。

 彼女は窓から身を乗り出して、息をついているようだった。

「今日は企みごとで忙しかったようだな。一体何をしている?」

 シアンは彼を認めると、首を椅子の方にやって座るように促した。


 彼は深々と座り込んだ。

「さあね。まあ、俺にも事情があるのさ。そっちは?」


「いつも通り、王様のお勤めをしていた。いくらか貴族たちとも話してみたが、なんともよそよそしい奴らだ」彼女は彼の向かいに座り、苛立たしそうに、吐き捨てるように言った。


「状況は良くないか」


「ああ。最悪だ」


「もう、戦は止められんぞ。準備をした方がいい」


「私の側の貴族は領地に戻って兵の準備を始めている。ホルツキはあと五日以内に傭兵たちを集められるそうだ。生まれや歳を度外視すれば役に立つだろう」


「それで?」


「それ以外に助力は望めないな。異教の帝国に助力を乞うこともできるが、実際にことが起こらない分にはできない。それに、見返りを考えるとそちらの方が恐ろしくなるよ。

 徴兵を始めようにも民は誰と戦うのかすらわからん状況だ。噂すら立ってはいない。アーカスやラジカがことを起こさねば、民の中から兵を募るのも難しい。戦争が分からないのだ。私も、民も……。アーカスはそういうことに関して何枚も上手だ」


「だからと言って、手をこまねいて敵が襲ってくるのを待つのか?」


「それは私が一番わかっている」彼女は怒りを露わに、語気を強めた。

 彼女はすぐにはっとして、座り直した。

「私が無力で、ほんの小娘なんだと言うことはよくわかっている。見えない敵に対して、まるで無力だ。だが、敵が陰で企みごとをしているのを黙って見ていられるほどお利口でもない」


 彼女は悔しそうに唇を噛んだ。

「本当はあいつや、あの貴族たちを檻の中に閉じ込めて、日の当たらない暗闇で、私の目の触れないところで、殺してやりたい。実際、それが正しい行いなのだと思う。だけど、無実の家臣でさえも檻に閉じ込めてしまうのではないかと、もしかしてアーカスは私を裏切ってなどいないのではないかと期待してしまうと、何もできなくなる。

 そして暗闇の中で、何もわからないまま、私への信頼を残して、ゆっくりと力が溶け出して、朽ちるように死んでいくんだ……。そんなの……、悪夢だ。

 一度それをしてしまえば、後々、私の望まない形で、荒々しいやり方で、臭いものに蓋をしてしまうのではないかと。私自身が恐ろしくなる」

 彼女は目に涙を溜めて、力強く彼を睨んだ。「父上がそうだったのだ」

 彼女は、よれたチュニックの首元を思いきり握った。

「私は、恐ろしいんだ……」


「同じ王の立場から言わせてもらえば、王には厳しさが必要な時がある。これは間違いないと思いますよ? ご主人様」

 彼は冗談めかして言うと、肩を竦めた。


「それが今だと?」

 彼女はまるで仇のように、厳しい視線を彼に向けた。


「さあ、俺はここの王じゃない。北の王だ。決断できないのなら違うやり方で備えるべきだ。例えば。強くて新しい武器を作って、寡兵でも戦えるようにするとか」


「戦など、小娘の私が分かるわけがないだろう」

 彼女は憮然として気の抜けたような笑みを見せると、ため息を吐いた。


「お前でも簡単に扱えるものがある。帝国の奴らは、前面に鉄の馬鎧をつけた重装騎兵の軍隊を持っていると聞く。そういった騎兵には大変有効なものだ」


 彼女は目尻にためた涙を拭って、不満そうに彼を見た。

「もったいぶるな、今度は何が欲しい」


「なんだ。俺の事よくわかってるじゃないか」

 カガンは深刻そうに、言い聞かせるように、彼女の目を見つめた。

「俺に騎兵の指揮権をくれ。それに、毎夜俺の指揮下にある騎兵を砦の外に放ち、偵察に向かわせる。どうだ?」


 彼女は顔を両手で覆って、湿った息を勢いよく吐き出した。

「つまり君は、いつでもラジカや他の敵連中と連絡を取れるわけか。こんなものに縋るしかないのか。情けない」


「ああ、そのようだな」彼は悪びれることなく言った。

「王様らしく、なりふり構わず勝つことを考えてみるんだ。媚びを売って、俺を味方につけて見ろ。そしたら、戦には勝たせてやる。戦の準備もできないお前に今できるのはそのくらいだ」


「お前が望む通りに……。私自身をくれてやってもいい」

 彼女の指の隙間から、静かに涙が伝っていた。


「買いかぶり過ぎだ。死にかけた国の無能な女王様なんぞに何の価値がある」

 彼はにべもなく言い捨てた。


 静まり返った部屋の中で、彼女の唾を飲む音、静かにすすり泣く音がよく響いていた。


 ……。みっともない。本当に恥だよ。お前は……。



「まあ、決めるのは新しい武器を見てからでもいい」

 彼はしびれを切らして不愛想に言うと、笑った。

「まあ、泣くなよ。女王様。俺の想像を壊さないでくれ」


 彼女は顔を覆ったまま、小さく肩を揺すって笑った。彼女のそれは、呆れからくるものだったように彼は思った。

「なんの想像だ?」

 彼女は言った。


「俺がこの城に攻め入って、あんたを犯すときの俺の楽しみを壊すなって言ってるんだよ」

 彼はため息を吐いた。

「俺は泣いてる女を犯すのが好きだから、あんたの泣き顔を想像しただけで興奮する」


「それは皮算用よ」彼女は笑った。

「誰が止めようと、私は、誰かに物のように扱われるなら自分自身を殺すから。誰にも止めさせないから。一生そんな顔は拝めないでしょうね」


「不信心者だな……。お前は」

 彼は深く失望して肩を落とすと、側で揺れるランプの明かりに目を落とした。

 カガンは、彼女の容貌が(あらわ)になると思わず、時が停止したように、じっと見つめていた。


 彼女は両手の覆いを取ると、滲んで頬を伝っていた涙を顔に馴染ませるように両掌で拭った。


「どう? 不細工でしょ? がっかりした?」

 彼女は自分の返しに自信があったのか、自信たっぷりに、意地悪く笑みを浮かべて言った。


 西に傾いた日が窓の枠とその奥を別世界のように極彩色の橙色で鋭く掠めとり、対照的に真っ黒な影が殺風景な石の部屋を覆い、闇夜に一人で立ち尽くしたあの感覚をカガンに想起させた。

 彼は、遠くの火事をぼんやりと視界の端に捕らえながら、小雨に打たれる木々を見上げていた。


 影に浮かぶランプの(おぼろ)げな明かりが、彼女の濡れた頬をぼんやりと照らし上げた。

 その中で、彼女の緑の瞳はまるで浮かび上がるかのように、明確に、澄んだ緑の色を放った。


 彼女は、笑みで細まった緑の目と、細い輪郭の自慢げに歪めた口元で彼の反応を待ったが、しばらくして視線に堪えられなくなり、口元を結ぶと目を背けた。


「すまん。何の話だったかな? 魔女さん」

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