13-王の道
クジンが彼を無理やり抱き寄せたちょうどその時、アーカスが部屋に戻り、奇妙な現場に立ち尽くした。彼はニーナを責めるように見て、微笑した。
「ニーナ。君が教えたのか」アーカスは言った。
「……はい」彼女は小さく返事を返した。「出過ぎた真似をしました。申し訳ありません」
「いや、責めてはいない。それが君の判断なら正しいことなのだろう」男は優しそうに言うと、彼女に再び微笑してみせた。
彼女は心底嬉しそうに笑みを浮かべた。些か頬の血色がよくなっていた。
「ありがとうございます。アーカス様」
「アーカス殿」カガンは言った。
「ああ、カガン。君はクジンとは話してみたのかな?面白い男だろう?」
「アーカス殿。このカガンという男は面白い男ですよ。俺は惚れました」クジンは言った。
「そうか、それは良かった」彼はカガンに向き直った。
「君は、この男には少し気を付けた方がいいな。惚れるとはそういう意味なのかもしれないからな」
男は疲れ切った笑みを見せた。
「いやいや、その点に関しては安心してる」彼が言うと、ニーナはくすりと笑った。彼女はすぐに
はっとして白い唇をつぐんだ。
「ああ。お互いに女の好みで馬が合いましてね」
クジンは引き取って含み笑った。
「ほう。もう女の趣味の話まで済ませたのか。ニーナまで手懐けるとは流石だな」
「ニーナはあなたの顔を見て気が緩んだだけだ。俺といた時なんてまるで心臓が入ってないみたいだったぜ」彼は言った。
「そうか」男は二つのグラスを取り出すと、それにクジンが飲んでいた樽のワインを注いだ。
「てっきり、こんな暴れ馬でさえ乗りこなしてしまったのかと思ったよ。ねえ、ニーナ」
彼女は顔を真っ赤にさせて、俯いた。
「赤くなってしまったか……。カガン、座ってくれ。私はまた戻らなくてはいけないのだが、一杯くらい落ち着きたい」
「俺の方も話がある」彼は言った。
「始めてくれ」
男は無気力に顎をしゃくって促した。クジンは既に酔っていて、頬杖をつきながらうっとりとした表情でカガンを見ていた。
カガンは、ニーナに先ほどの話をさせた。彼女は端的に、わかりやすくその代案のみを伝えた。
「駅か。素晴らしい案だ。『王の道』のようなものだな。詳しく聞かせてくれ」アーカスは言った。
「その通り、王の道だ。幸いなことに、路は作らずとも今までの交易路を使えばいい。交易路のいくつかの中継地に拠点を設け、騎兵や馬を配置することで、休むことなく伝達できる。これが駅の役目だ。おそらく、行軍の一日前に伝令を送ることでほとんど同時に、こちらとあちらで戦を始められるだろう」
カガンはアーカスが口を開いたのを遮って、続けた。
「一つ言いたいのだが、アーカス殿のやり方は西の砦から軍の数で押すと言うやり方だ。それだと攻城戦が主となる。攻城戦には数こそが力となるが、それでは武勲は上げられんだろうな。戦争の良し悪しは、どれだけ効率よく敵を殺すかだ。そして、それをどう知らしめるかだ。攻城戦ってのはまるで平凡で魅力がない。
それにただ数で、それもほとんどが外国の兵の力で砦を落としたとして、何の武勲が得られる。この国の王になった後、誰があんたに付き従う? 王になりたいのなら、これはやめておけ。
一方で、俺がこの砦を落とせば、東の要であるトビリスの軍勢もこちらに向かうことになる。そうなれば、俺が育てた騎兵や、傭兵どもが得意とする野戦で奴らを迎え撃ち、打ちのめすことになるだろう。あんたは武勲を上げられるし、女王の貴族どもは首都だけでなくトビリスが墜ちたと知り、降伏せざるを得ない」
アーカスは頷いた。
「確かに、それはそうだ。それにもし成功すれば、素早く、兵の消耗も少なく確実な勝利を収められるだろう。だが、本当に可能か?」
「ああ。もちろんだ」彼は言下に言った。「俺たちはこうすべきだ」
男はしばらく考え込んだ。「そうだな。考えるとしよう。ともかく、今は私の兵を君に渡そう。そして、鍛えてもらおうか」
「では、そうであれば、私は城内に残ってそちらの指示に回りたいのですが」
「だが、君には遊牧民傭兵を率いてもらわねば」
「それについては俺は反対ですね」クジンは言った。
「というのも、こいつの案は画期的で、より効率的だからです。これがあれば、今まで考えてきた策の中で一番被害が少なくて済む。俺たちの敵は女王だけではありませんよ」
「それもそうだ。ではそうしよう。だが、私の指示次第でこちらに来てもらう。君も本当にこれでいいんだね?」
アーカスは彼に尋ねた。
「ああ、それでいい。俺は毎夜、訓練の名分で騎兵をクタシ砦まで行かせることにする。アーカス殿は、俺か城内の西側貴族宛に指示を渡せばいい。それを受け取り次第、俺たちは行動を起こそう」
「ああ。頼む」アーカスはグラスを傾けると、ふうとため息とともに体を伸ばした。
「恐らくは今日はこの三人が企てをする最後の機会だろう。勝利を願って」
男はグラスを天井に掲げた。
『勝利を願って』
カガンは、ニーナに休むように命じて、クジンと共に厩舎に出向いた。
彼らは馬の鞍に縄と木板で作られた簡易的な鐙をつけると、クジンは馬を走らせ、的めがけて矢を放った。矢は的の端を掠め取るように当たった。
「どうだ?」カガンは言った。「当たるだろう?」
「ああ。素人の俺が馬上で弓を扱おうなどとは思いもしなかったが、素晴らしいな」
酔った男の乗った馬はゆっくりと速度を落としながら、彼に近づいた。
「こんなにも簡単なつくりだとは思わなかった。だがもう少し改良が必要か」
「ああ。木板は爪先を乗せる程度で十分だ」
「よし、馬を買い付けよう。まさか。ここまで素晴らしいものだとは思わなかった。本当に、騎兵軍を作れそうだ」男は興奮していた。
「まあ、馬は買えるだけ買い付けるとして、それと同時に鍛冶屋に鐙と鞍をできるだけ作らせる。それで、一つ提案なんだが……。俺に遣えないか。兄弟」
彼は笑った。「あんたにか?」
「ああ。俺様にだ。アーカスでもなく、女王でもなくな」
彼は至って真面目にカガンの双眸を見据えた。
「女王はお前の真価に気づいていないし、アーカスはお前を他の遊牧民と同じように機嫌さえ損ねなければ容易く御することができると考えている。だが、俺は違う。お前こそが王の器だ。お前がこちらに就けば、連合軍三万、女王の軍勢せいぜい一万。奴らに争わせ、この戦の決着がついたころ、お前が育てた騎兵隊があれば俺は王になることができる。この鐙さえあれば、伝説のアッティラ大王の軍隊を作ることができる。俺は確信しているぞ。そして、お前にはアーカスの報酬に加えて、北の山脈をやろう。北イベリア以北の全ての領地の王にしてやる。どうだ?」
「それは分からんな。ただ、俺がついた方が勝つ。これは分かる。戦下手が多いからな」
男は笑い出した。
「ふん。傲慢な奴め!」
「そうだな。馬と鐙、鞍、お前がこれをどれだけ集められるかで決めることにしよう。俺は勝ち馬に乗りたいからな」
「ほう。わかった。今の言葉忘れるな」男は自信満々に言った。
「一つ聞いていいか? どうしてアーカスに就くんだ?」
「いまさら何を言う。兄弟」
彼は企みごとを打ち明ける少年のように頬を緩めた。
「戦になれば真っ先に俺の臣民が殺されちまうだろ? それだけじゃないぜ。よくも考えて見ろあの王は女で、それにまだ幼いあの子供のような振る舞いだ。戦もなければ、従って武勲も立てられない。この国の貴族ってのは平和な間はいつも王座を狙ってるんだ。それに、異教徒どもを野放しにしているから、教会からの視線も厳しい。まあ、この国を豊かにしたのは今の王家の力だったがな。女王は羊の面倒をよく見るが、扱い方をまだ心得ていないんだよ」
「ただ、狼の扱いは良く心得ているようだ」
「確かに」
クジンは肩を竦めた。「今の王家はそういうことがうまいんだ」




