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11-バルカン様とレオンの長話

 カガンが目を覚ますと、寝具の側の椅子にレオンが座って包帯に覆われた彼の顔を覗き込み、この遊牧民の男を仔細に観察しているようだった。


 少年は、彼の包帯に隠れた目が開いているのに気づかない様子で、見慣れない召使が彼の部屋にいることにそわそわとしていた。


「おはようございます。レオン様」彼が言うと、少年は飛び上がって驚いた。


「あ、ああ……。おはようございます」少年は同じ椅子に座り直すと、息を吐き出した。

「お体は、その……大丈夫ですか?」


 彼は微笑した。「ええ。この通りなんとか」


「アレクシアがやり過ぎてしまいました。彼女も謝罪は必要ないと、反省してるんです。ごめんなさい」

 少年は深々と頭を下げた。


「いいえ、あれは決闘です」彼はきっぱりと言って、微笑した。

「どちらも力を出し切った結果がこの(ざま)です。あなたのように優しい方でなければ、私は笑い者ですよ」


「いえ、それでも、私の従者があなたを傷つけてしまったことについて、改めて謝りたいのです」


「本当に、その必要は無いのですよ。レオン様」彼は優しそうに微笑してみせた。

「むしろ、私はあなたに謝りたいくらいですよ。決闘でアレクシアに勝ちを譲ろうと決めていたのに、つい本気を出してしまいましたし、それで彼女に本気を出させてしまったので、あなたにこうやって心配を掛けさせてしまっている」


「そんなことは……」


「私は彼女がうらやましいですよ」彼は少年の言葉を遮った。「あなたのような優しい主にお仕えすることができて……。私の今のご主人を思い出してくださいよ」彼は笑った。


 少年は顔を赤くして、呟くように言った。

「シアン様は、あなたを好いているのでしょうか……?」


「というより、好奇心でしょうね」


「ですが、あなたと寝たとか……。彼女自身が言ってました……」少年の声は消え入るようだった。


 彼は肋骨に響くくらい大声で笑った。

「それも好奇心ですよ。彼女はただ、私のような遊牧民の姿を(つぶさ)に観察したかっただけでしょう。私も夜中に、どうしても眠れなかったので目を覚ましたのですが、驚きましたよ。あの傲慢に振舞っていた女王が私の顔をまじまじと覗き込むのですから!」


「では、何もないと?」


「はい。断言します」


 少年は安心しきって笑みを浮かべた。

「よかった」


「シアン様に惚れているのですか?」


 少年は再び顔を真っ赤に染め上げ、頷いた。

「はい……」消え入るような声だった。


「そうですか。レオン様は帝国の出身だと商人からお聞きしましたが、シアン様に惚れてしまって、この国に留まるのですか?」


「いいえ、いいえ!」少年は首を激しく振った。乱れた白い髪が窓から差す白い光の中に溶け込んで、絹のように垂れた。

「ただ、それも理由の一つなのかもしれません……」


「良ければ、私に話していただけませんか?」


 少年は唾を飲んだ。「わかりました」

 大きな目を上にやって、何か考え込んだ。

「あなたはこの国について聞かされていますか?」


「ええ。大体は」


「そうですか。では、先代のコルキア王の話から始めましょうか」少年は喉を鳴らして、話しを進めるごとに指を折った。

「先代のバルカン様は、異教の帝国の支配下にあったコルキア王国を救い、領土を再びコルキア王の物としました。それから、国内に残った異教徒との融和政策をとったために必要以上に異教の帝国との間に軋轢を生むことはありませんでしたし、それどころか、蜂起した異民族に手を焼いていた異教の帝国に対して対等な関係を築くことに成功しました。

 私の国も、コルキアを一国として、いや、それ以上の大国として認めるほかありませんでした。それで、友好の証として私は人質に出されたのです。私は前の皇帝の血を引いていますが、継承権というものはほとんど無いに等しいのです。ですので、帝国がコルキアを交易路として使うことができることを証明する書類と引き換えにここに送られたのです。帝国同士の(いさか)いは、『東西大交易路』をこの二つのイベリア大山脈の山間に通し、この国は一層潤いました」

 少年は誇らしげに微笑した。


「私は、絵を描くことが好きで、むしろ、それ以外では全くこれと言って長所が無いくらいなんです。ここの、イベリア山脈の風景はとても絵になりますし、大好きなんです。空気も澄んでいるし、人で賑わって、見たことのないものが無数にあって。それに、異教徒の人たちと話したことも素晴らしい経験でした。皆さん、バルカン様を好いているんです。それに、シアン様もいます。あの方は、私の絵を褒めてくれますし、私に絵を描く仕事を与えてくれました。私はこの場所が好きなのです」


「なるほど。私も概ね同意できます」彼は言った。

「バルカン様はそれほど素晴らしい方だったのですね。ですが、シアン様は内側に敵を増やしたくないと言って奴隷を受け入れませんが、それは異教徒の追放にも繋がってしまうのではないでしょうか。そうなると、バルカン様の作り上げたコルキアは崩壊するかもしれません」


 少年は自信満々に笑った。

「いえ、真に受けてはいけませんよ! あの方は方便としてああ言っているだけです。彼女は心から奴隷の在り方に賛成していないんです。以前、彼女はキュロス大王を実例として挙げて、私にこう言いました。『他者を力づくで征服することは本来非難されるべきことだけど、寛容であれば彼らは進んで身を預ける』と。他にも、奴隷を養う分で国民が増えるとも言っていました。彼女は決して、寛容であることの大切を忘れてはいません。奴隷という階級そのものに懐疑的なのです。

 たしかに、奴隷を仕事の一つと考えるなら不寛容なのかもしれませんが、寛容だから飼ってやるんだ、なんて傲慢な考え方は彼女にはありません。第一、あなたがこうして客人のようにもてなされているのがその証拠です!」

 少年は楽しそうに語って、はっとした。

「あの、私の言っていることは少し難しいかもしれません……」


「わかりますよ。彼の王は古代の、世界の半分を支配した大帝国の建国者ですね。彼は裏切り者で、侵略者ですが、解放者として好意的な解釈もできます」


 少年は驚いて、目を丸くしていた。「よくご存じですね。一体どこで……?」


 彼は考え込むそぶりを見せた。「そうですね。私は北の草原で遊牧生活をしていましたが、交易のために荷物を運ぶことがありまして、そこの書物を少しちょろまかして読んでしまいました」


 彼が笑うと、少年は感心したように頷いて信頼と、憧れの混じった笑みを見せた。


「あのう。傷を治さなくてはいけませんし、私はここで失礼します」少年は言った。


「お話ができて楽しかったです。レオン様」


「私も! そう思います!」少年は笑って、カガンの顔色を窺った。「あの……、また、お話しできますか?」


「もちろんです」彼は素早く返事した。「今度は、私の遊牧生活のお話でもいかがです?」


 少年は目を輝かせて頷いた。「ぜひ、お願いします!」

「それじゃあ、失礼します。従者の件は、改めてごめんなさい」



 カガンの部屋を出ると、そのすぐ傍らにはアレクシアがにやにやと笑いながら立っていた。

「何をそんなににやにやするの?」レオンは言った。


「いや、あいつは案外いい奴だなと思っただけです」彼女はまだにやにやしていた。「私の事褒めてたでしょ?」


「うん。それでも、今度はアレクシアが直接謝らなくちゃいけないよ。相手は重症のけが人だったんだから」


「はーい」彼女は気怠そうに返事をした。「でも、わかってないなー。レオン様。あれは戦士の神聖な儀式なんですよ」


 少年は肩を下げて、大きなため息を吐いた。「また言い訳だよ」

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