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10-アーカス

 夜半に、彼は何者かが部屋を歩き回る音で目を覚ました。

 見たことのない女の召使が暗闇からランプを手に現れた。彼女は起き上がったカガンを見て一瞬怯えたような表情を見せたが、ひとしきり彼の身の周りの世話をすると、ついてくるようにと促した。


 その部屋は十分すぎるほどのランプの明りで照らされ、山積みになっていたスクロールや、果物の積まれた皿、女の召使の老けた顔を照らし出し、彼は思わず包帯の巻かれていない方の顔で苦い顔をした。


「ご苦労」書物の山から、老け顔の中年男が顔を出した。昼とは打って変わって、些か柔和な声だったが、その男はアーカスだった。

「今日の戦いは凄まじいものだったね。まさか、アレクシアとあそこまで張り合える男だったとは思わなかったよ」


「どうも。アーカス殿」彼は気怠そうに言った。「座っても?」


「ああ、掛けてくれ」男はテーブルを挟んで向かいにある、彼の側の椅子を指した。


「うまそうだな」彼は椅子に座り、机の桃を鷲掴みにした。


「食べてくれ。ある商人がくれたんだが、私一人では食べきれん」


 彼は桃にかぶりついた。「それで、話とは?」


「前置きはいいな。君は十分に知っているようだ」男は咳払いして、机に身を乗り出した。「私たちは、どうしても、戦を起こさねばならないと思うか?」


「いいや」彼はきっぱりと言った。「あんたら次第だ」


「それはそうだが……」男は眉間に指を当てた。「私たち次第だと言うことは分かっている。だが……、何か他に意見は無いか?」


「もう一度言うが、それはあんたらのどちらかが折れればいいだけの問題だ。くっついてしまえば丸く収まるだろうな」


 男はしきりに頷いた。「ふむ……、確かにそれは名案だ。だが、女王は望まないだろうな。他には?」


「味方を増やして、力を示せ。相手に行動を起こさせないようにすればいい」


「なるほど。すでに、西側の貴族の過半数が私を支持すると言っているのだが、どうやらそれでも彼女は戦を起こそうとしているのだが……」


 彼は舌打ちした。「それで、用件はなんだ?」


 ……。


 男はしばらくの間黙り込んだ。


 男は大きく息を吐き出し、息を止めた。「君に、あの女王を殺してほしい」


 彼は笑みを浮かべた。「今から?」


「ああ。今がいいだろう」男は机の上に金であしらわれたあの商人のナイフを置いた。

「あの女は今眠っているはずだ。この部屋の窓から城壁を伝って部屋に入れ。君の手際の良さは知っている。これは君にしか頼めないことだ」


 彼はそのナイフを取ってランプの明かりに晒し、様々な光の反射を楽しんだ。

「けが人にそんなこと頼むかね。まあいいや。それで? あんたは俺に何をくれる? あの女はあの女自身を俺に寄越して、俺を王にすると言っているが、恐らくあんたにこれ以上は無理だろう」


 男はばつが悪そうに目を逸らした。

「……。そうだな。しかし、君が殺してくれたなら私たちは争わなくて済む。大勢の犠牲を出さずに済む」


「それは俺の知った事じゃない」


「君は何が欲しい」


「……。そうだなぁ……」彼はナイフで新しい桃を突き刺した。

「強いて言うなら、戦だな。もっと言えばそれに伴う略奪」


 アーカスは腹立たしそうに眉を顰め首を傾げた。手慰みに転がしていたスクロールを弾いた。

「それで? 君はどうしたい?」


「あんたの方こそどうしたい。俺は今のところ女王様に就くが」


 男はため息を吐いて、額を中指の甲で叩いた。

「では、戦をしよう。そうすれば、私の側に就くか?」

 あらかじめ覚悟ができていたかのように、あっさりとそれを認めた。


 彼は笑って見せた。

「そんなに俺が欲しいか? まあ、そうだろうな。戦を避けるのは、自信が無いからだ。その中に、百戦錬磨のカガン様がいたのなら、もはや恐れることもないか。あんたらは南北に連なる山脈に守られ、まるで別世界のように平和を謳歌して、前の王が死んでから一度も戦をしたことがないのだろう?」

「俺を恐れるのも分かるさ。それで、他に何をくれる?」


「略奪の許可、戦時の君のあらゆる犯罪に対する恩赦。これでどうだろう」


「俺を領主にしろ。聞いたところじゃ、トビリスという東の砦が一番儲かっているそうじゃないか。そこが欲しい」


「いいだろう」


「それだけじゃない。それに加えて、女王を奴隷として所有することだ。俺の所有物として認めろ。そうすれば、あんたの側についてやる」


 男は黙り込んで、丸いスクロールを潰して折りたたんだ。

「……。いいだろう。これで十分か」


 カガンは満面の笑みを浮かべた。

「ああ。あんたの側に就こう。決まったからにはあんたには武勲と、劇的な勝利を約束する」


 アーカスは安堵のため息を漏らした。


「それで、俺はどの隊を使っていい? ラジカか? 帝国軍か?」


「君は耳聡いな。女王はもう知っているのか?」


「ああ。だが、関係ないだろ? 結局、俺が就いた方が勝つんだから」


「残念だが、君に彼らの軍を任せるのは無理だな。彼らの軍には彼らの指揮官がいる。それに、私の旗下の者にはふさわしい男が他にいる。だから、君には遊牧民の傭兵部隊を指揮してもらおう。今朝、ちょうど君が外出していた時だったが、商人の一人がピピンという男を私に紹介してくれてね。彼は三十人ほどの遊牧民を率いているらしい。君にはその遊牧民傭兵を率いてもらいたい。

 以前、君が敵の砦を落とした時のようにね」


 彼は目を丸くして黒髪の男をまじまじと見た。

「そんなに有名なのか? 俺が砦を落としたってのは?」


「もちろんだ。あれほどの寡兵で砦を落とすなど、聞いたことがない」


 カガンは含み笑った。内心悪い気はしなかった。

「ピピンってやつは知り合いだな。あいつはどうだった?」


「知り合いか……。しかし、私はまだ彼とは合っていない。ただ、商人から話を聞かされただけだ。ともかく、それなら話が早い。君は不服ないだろうか?」


「ああ。あの女を奴隷にする許可、略奪の許可、恩赦、それに騎馬部隊の指揮。おお、忘れていた。トビリス砦も必要だ。これでいい」


 男は彼の口ぶりに確信し、笑みを浮かべ、嬉しさのあまり手を叩いた。

「わかった。ではそうしよう!」



「それで、戦はいつだ?」


「さあ、それは言えないな」男はワインを口に含んで、微笑した。

「だが、もうじきだ。私はこの城を去るだろう。その後、君も抜け出せばいい。西のクタシ砦を抜け、ラジカまで来なくてはならないが、クタシ砦の貴族はこちら側だ」


「西に兵を集めて、西から攻めると言うことか」


「そうだ」


 彼は首を捻った。「わかった。それで、一つ頼みごとがあるんだが」


「聞こうか」


 彼はいやらしく笑った。

「いや、たださっきのよりももっと若い女が欲しいんだが」


 男は声を上げて笑った。

「なんだ、少し神妙な顔つきになったと思えばそんなことか! わかった。一番美しい女を贈ろう」


「ああ。楽しみにしてる」彼は笑った。


「ラジカの女はもっときれいだぞ。楽しみにしておいてくれ」

予約投稿って日時までしか指定できないのか……

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