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九十三話

 朝早くに携帯が鳴った。目をこすりながら「はい」と出ると、圭麻の声が聞こえた。

「ヒナコ。あけましておめでとう。今年もよろしくな」

「こちらこそよろしく。ごめん。あたしまだ寝起きで……。寝ぼけてて……」

「あ、わかった。じゃあもう切るよ」

「ごめんね。後でかけ直して……」

 ようやくそれだけ言うと、暖かな布団の中に潜り込んだ。二時間ほど寝ると、また携帯が鳴った。

「すずめ。あけましておめでとう」

 エミの声だ。先ほどよりは頭がしっかりとしていて、返事もできた。

「あけましておめでとう。今年もよろしくね」

「うん。で、初詣はどうする?」

「いつものあそこでいいんじゃない? 日にちはエミが決めて」

「そう? ……あたしが一緒に行ってもいい?」

「え?」

「他に行きたい人がいるんじゃないの? 本当にあたしでいいの?」

「エミでいいよ。どうしてそんなこと聞くの?」

 エミが、自分はすずめに嫌われていると未だに悩んでいるのがわかった。海や夏祭りを全て断ったのは失敗だったのだと直感した。

「いや……。ごめんね。ただ、あたしはすずめにとって邪魔なのかなって」

「邪魔じゃないよ。エミは、あたしのお姉さんだもの。邪魔なわけないでしょ?」

 少し涙が混じった声になった。ははは……と苦笑し、エミも答えた。

「……そうだよね。新年に暗い話しちゃだめだよね。よし、じゃあ来週の土曜日にでも。二人で初詣に行こう」

「うん。必ず行くからね。絶対に、何があっても」

「あたしも楽しみにしてる」

 短く言い、一方的に電話が切れた。

「……あたし、エミを傷つけちゃった……」

 携帯を握り締め、ベッドに寝っ転がった。大事な親友を不安にさせ、悩ませるなんて……。

「酷い。あたしは最低な女だ。だめ人間だ」

 ぽんぽんと頭を叩き、ごろごろと横に転がる。すると携帯が鳴り、はっと体を止めた。「はい」と出ると、柚希の声が耳に飛び込んだ。

「すずめちゃん。あけましておめでとう」

「あけましておめでとう。今年もよろしく」

「うん。よろしくね。今年はいい年にしたいね」

 柚希にとって去年はかなり辛い年だった。悲しさや空しさで泣いてばかり……。

「たくさん笑える年にしようね。あたしも去年は落ち込んでる日が多かったから、今年は明るい年にしたい」

「すずめちゃんの笑顔で、俺も癒されたいよ。それじゃあ……」

 穏やかな口調で話し、そのまま電話は切られた。もっと聞いていたかったが、これ以上話題はなかったのだろう。

 圭麻、エミ、柚希と続いたので、蓮からも電話がかかってくるかと思っていたが、いつまで経っても来なかった。仕方なくすずめの方からかけてみたが全く出る気配はなく、繰り返しても同じだった。ふう、と息を吐き私服に着替えると、蓮のマンションに向かって走った。インターフォンを押し、じっと待ってみる。中から音は聞こえず眠っているのかと予想したが、背中から頭を軽く叩かれた。

「あ、あれ? 蓮くん、どうして外にいるのよ?」

「俺は外に出ちゃいけないのか? というか、お前は何しにここに来たんだ」

「あけましておめでとうって言いたくて。新年のあいさつはした方がいいでしょ」

「そういや、今日って元旦か。まあ俺には関係ないけど」

「関係あるよ。蓮くんも、あけましておめでとうくらい言ったら? どうしてそんなつまらなそうな顔するの?」

「だって、実際につまんねえからだよ。別に次の日になったってだけだろ」

「自分の誕生日といい、蓮くんはお祝いをする心がなさ過ぎるよ。もっとこう……どきどきするような出来事はないの?」

「ない。用事が終わったなら帰ってくれないか」

「ほら、またそうやって。蓮くんって冷たいよね」

「生まれつきだからしょうがないだろ。早く帰れよ」

「他人に気を遣った方がいいよ。柚希くんと圭麻くんは、帰れなんて言わないよ。もう少し二人を見習って……」

 バタンっとドアを閉められてしまった。むっとしながら仕方なく家に帰った。蓮は協調性がなさ過ぎる。独りが好きだとしてもあまりにも不愛想で無口で、社会人になったらどこにも就職できないだろう。

「というか、蓮くんって働くとしたらどういうお仕事ができるんだろう?」

 あの性格じゃ、他人と一緒に行う職業は無理だ。仕事は誰かと共にするものが多いので、まずは笑えるように会話ができるように練習するべきだ。

 気分転換に、テーブルにあったおせち料理を食べた。今年は自分が作った料理もあるからか、余計おいしく感じる。さらに大福が横に置いてあった。

「これ、どうしたの?」

「近所のおばさんがくれたんだよ。食べてもいいよ」

「へえ……。じゃあ、ちょっと食べてみようっと」

 試しに口に放り込むと、少し控えめな甘さで胸がいっぱいになった。こういう些細な幸せも、蓮は味わえないのかと思うと哀れになる。

「よかったね。今度お返しに行かなくちゃ」

「うん。あたしが届けに行くよ」

「そう? 最近すずめがいろいろと手伝ってくれて、お母さん助かるよ」

 褒められて、すずめもにっこりと笑った。蓮もいっぱい笑えば、きっと福が来るはずなのに。今年は蓮も笑える年にしたいと考えた。



 約束の土曜日になり、駅でエミを待っていた。なかなか来てくれないのでぶらぶらと歩いていると、偶然ある女子と出会った。圭麻の元カノだ。同い年くらいの男子と手を繋いでいたが、すずめを見つけると男子と別れて近寄ってきた。

「あら? ブス女じゃない。どうしたの?」

「これから初詣に行くの」

「へえ……。圭麻を待ってるの?」

「違う。親友だよ」

「親友? ふうん……。圭麻とは別れたってことね。フラれたんでしょ。ブスだから」

「フラれてないよ。初詣は親友と行くって決めてるんだよ」

「そうなの。てっきり別れたのかと思った。まあ、ブスだし、フラれるのは時間の問題ね。可哀想なくらいブスだもんね。とても圭麻とお似合いとは言えないわ」

「う、うるさいな。名前も知らないくせに、ブスブス呼ばないでよ」

「だけど、自分でもブスだってわかってるんでしょ? で、圭麻とはどんな関係? 恋人ではないの?」

「う、うん。告白はされてるけど、あたしには初恋の人がいて、友だち以上恋人未満なの」

「はあ? 何それ? あれだけかっこいい圭麻に告白されたのに、初恋の人がいるから彼女になれない? もったいなさ過ぎでしょ。さっさと恋人になりなさいよ。というか、初恋の人って誰よ?」

 確かに圭麻と付き合わないのはもったいないとは思う。しかし柚希を諦めるわけにもいかない。すずめが黙ると、男子が近づいてきた。手を繋ぎ、元カノは固い口調で話した。

「早く告白しないとタイミング逃すよ。待たせてる圭麻も可哀想だし。わかってんの?」

「わかってる。言われなくたって……」

 むっとしながら答えると、「ごめーんっ」と叫びながらエミが駆け寄ってきた。

 去年のようにイケメン王子に会えるかもしれないと期待していたが、今年は現れなかった。帰りの電車でそれを伝えると、エミは苦笑をしながら即答した。

「そんなにホイホイいたらおかしいでしょ」

「でも、もしかしたらって考えちゃうじゃん。会えたらいいなって」

「だけど、もし会えたら悩みも増えるよ? またかっこいい男の子に出会ったら、頭が狂っちゃうよ」

 つまり、あれもこれもと目移りして、自分は誰が好きなのか理解できなくなってしまうのだ。たくさんいてもいいものではない。柚希だけで充分なくらいだ。「そうだね」と大きく頷き、もっと三人を大切にしようと決心した。




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