九十話
十二月に入り、ますますクリスマスの雰囲気が深まっていく。すずめと同じく、柚希もどきどきしているようだった。
「流那ちゃんにプレゼントあげようって思ったんだけど……。すずめちゃん、流那ちゃんの好きなもの知ってる?」
「クッキーとプールが好きなのは知ってるけど、それ以外はちょっと……。とりあえず小さい女の子が喜びそうなもの買ってあげたら?」
「うーん……。よかったら、二人でプレゼント探しに行かない?」
ぽっと頬が赤くなった。別にデートに誘われたわけではないのに、胸が高鳴ってしまう。
「うん。もちろん。一緒に行こう」
「じゃあ、今週の土曜日にでも」
「わかった。ありがとう」
感謝を告げると、柚希はにっこりと笑った。
だいぶ薫子について諦めがついているとすずめには見えた。願っても過去は戻らないし、薫子にも会えない。寂しさや悲しさは残っているだろうが、泣いても無意味だと柚希も思い直したのだ。人間はこれからどうなっていくのかが大事だ。もしかしたら、この後とてつもなく大好きな女性と出会って大恋愛をするかもしれない。泣いてばかりいたら、そのせっかくのラブチャンスも逃してしまう。もっと強くて立派な男で過ごしていかなくてはいけない。
土曜日の朝に携帯が鳴り、柚希に「図書館の前で待ってて」と言われた。かっこいい柚希の顔に泥を塗らないように、すずめもばっちりとおしゃれして外に出た。ドアの前で待っていると、柚希が駆け寄ってきた。
「すずめちゃん、今日も可愛い格好だね。すずめちゃんは何着ても似合うね」
「いやいや……。でも嬉しいなあ」
「大人になったら、どんな女の子になるんだろう? 期待しちゃうよ」
頭を撫でられ、どくんどくんと鼓動が速くなった。大好きな王子様に褒められたのだから当然だ。
電車に乗って大きなデパートに向かう。水着や浴衣、パーティーのドレスなどを買ったデパートだ。また、このデパートで初めて蓮に会った。
おもちゃ売り場に行って、棚に並んでいる人形やぬいぐるみなどを眺めながら歩く。クリスマスに合わせたサンタや雪だるまのぬいぐるみが多くどれにしようか迷っていたがようやく決まった。プレゼント用にリボンをかけてもらい、くるりと柚希はすずめの方に視線を向けた。
「さて、じゃあすずめちゃんはどうする?」
「あたしは自分で探すから大丈夫だよ」
「そうじゃなくて。すずめちゃんにもプレゼントしたいんだよ」
「ええ? い、いらないよー、あたしは。高校生だし、プレゼントもらう歳じゃないし」
「いいんだよ。いつもそばにいてくれるお礼。すずめちゃんって何が好きなの? 教えてよ」
「あたしが好きなもの……」
それは柚希だ。心優しくて穏やかな柚希が彼氏になったら……。しかしフラれそうで怖くなる。このまま告白する勇気はない。
「……あ、あたしが好きなのは」
突然、くしゅんっとくしゃみをしてしまった。体が告白してはいけないと反応した感じだ。柚希は目を丸くし、ある思いが浮かんだようだ。
「そうだ。マフラーはどう?」
「マフラー?」
「すずめちゃん、マフラー持ってないのかな? これからどんどん寒くなっていくから、マフラーはあった方がいいよ。俺もマフラー持ってなくて、ずっとほしかったんだ。おそろいのマフラーにしよう」
「お、おそろい?」
「よし。さっそくマフラー売り場に行こう」
柚希に手を掴まれ、慌ててついて行った。
ベージュのマフラーをすずめの首にかけ、柚希はにっこりと笑った。
「これ、どうかな? 暖かくない?」
「暖かいけど、すごく高そうだよ……」
「値段なんか気にしないっ。遠慮はいけないよ。俺はグレーのマフラーにするね」
素早くレジに行き、さっさと購入してしまった。
「ほ、本当に、あたしがもらっても」
「俺は、すずめちゃんが喜ぶなら何でもするよ。たくさん感謝してるんだ。今日はマフラーが買えてよかった。他にも欲しいものやお願いしたいことがあったら教えて」
「いやいや。そんな自分勝手なわがまま……」
「ちょっと早いけど、メリークリスマス。すずめちゃん」
「う、うん。メリークリスマス」
どきどきしながら答えると、さらに柚希は満面の笑みになった。
電車から降りると、すっかり空は夜に変わっていた。
「寒いなー。やっぱりマフラーは必要だよね」
「そうだね。家の中でも巻こうかな」
「喜んでくれて俺も嬉しいよ。マフラー正解だったね」
「大事に使うね。本当にありがとう」
頭を下げ、くるりと後ろを振り向いた。柚希とは帰り道が反対なので駅前で別れなくてはいけない。柚希も手を振って、ゆっくりと歩いて行く。だが、十分ほど経ってから急に全身が熱くなってきた。このままでいいのかと心の中に強い疑問が浮かんだ。
「……い、言わなきゃ……」
呟いて、勢いよく来た道を走り出す。柚希の姿を探しあちこち見て回るが、どこにもいなかった。
「……帰っちゃったのか……」
空しさでいっぱいになる。せっかく告白しようという思いになったのに、また弱気になってしまう。とりあえず今日は諦めようと自分に言い聞かせて、すずめも家に帰った。
「もったいねえな」
翌日、蓮のマンションに行った。柚希に告白しようとしたが結局できなかったと打ち明けると、じろりと見つめられた。
「もったいなさすぎるだろ。どうして別れた後に勇気が沸くんだよ。別れる前に勇気を持てよ」
「そ、そうなんだけど……。これは仕方ないでしょ。あたしは悪くない」
「もし次も同じことしたら、俺があいつに教えるからな」
「え? ちょ、ちょっと待ってっ。蓮くんが柚希くんに、あたしが惚れてるって話すの?」
「そうだ。お前の口から告白された方が嬉しいとは思うけど」
「やめてっ。教えないでっ」
慌てて蓮に抱き付く。ぶんぶんと首を横に振った。
「お願いだから、柚希くんに教えるのはやめてっ。あ、あたし、ちゃんと告白するよ。蓮くんは余計なことしないで」
「来年は大学受験だし、さっさと告白しないとタイミング逃すぞ。受験で忙しくなる前に好きって伝えろよ」
はっと目が丸くなった。そういえばもう一回受験があるのだ。卒業してばらばらになったら絶対に告白なんかできない。高校生の間に想いを告げなくては。
「ほらな。時間はほとんど残ってないってわかっただろ」
「そうか。もたもたしてちゃだめなんだ……」
「ちょうどいいから、クリスマスパーティーに告白してみれば? あいつロマンチックな性格だし、告白のムードに溢れてるじゃねえか」
「クリスマスパーティーで……。確かに普段とは違った雰囲気だもんね。クリスマスに告白か……」
ぐっと拳を作り、うんうんと頷いた。
それにしてもなぜ蓮はすずめが恋を実らせるのを願うのだろうか。告白しないなら自分が教えるなんて普通の人は考えない。もしそれですずめが柚希と恋人同士になったら、蓮は何も得をしないのだ。すずめが彼氏と仲良くするところを見たいのか。しかし自分は何ももらえないし、むしろ損をするかもしれない。
「じゃあ、クリスマスパーティーの告白は成功させろよ」
少し厳しい口調で言い切ると、無理矢理外に追い出されてしまった。




