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八十九話

 十一月の中旬になり、街はクリスマスのムードが多くなってきた。去年は柚希からクリスマスパーティーに誘われたが、今年は誘われなかった。パーティーなどしていられる気ではないのだろう。薫子という存在や二度と会えない寂しさで、クリスマスなんかどうでもいいのだ。すずめもあの二人に会わずに済むし、別に空しくもなかった。代わりに圭麻から誘われた。

「ヒナコ、クリスマスって予定ある?」

「ないけど。どうしたの?」

「なら、俺の家に来ない? クリスマスパーティーするんだ。流那と有那も参加するよ」

「そうなの? 行きたいー」

「ヒナコがいたら、流那も喜ぶし。遊びにおいでよ」

 ちらりと蓮に視線を向けた。蓮は窓の外をぼんやりと眺め、こちらの会話には気付いていないようだった。「わかった」と頷き、今年は圭麻の家でクリスマスパーティーをすることになった。

 ふと、圭麻に好きだと告白したのを思い出した。流那と三人でプールに行った日、圭麻に愛していると言われて、あたしも大好きだと答えたのだ。そしてその後、流那に嘘をついて恋人気取りになった自分を責めた。圭麻は流那のものであり、すずめが横取りするわけにはいかない。さらに、なぜ圭麻には告白できたのかが不思議だった。もしかしたら相手から告白されたからかもしれない。圭麻は絶対に愛してくれる。フラれたり嫌われたりする心配がないから、あたしもと答えたのだ。ということは、柚希から好きだと告白されたら、すずめは柚希と恋人同士になれる。もちろん、柚希に告白されるなんて奇跡でも起こらない限りありえないのだが……。

 放課後になって帰り道を歩いていると、背中から肩を叩かれた。

「あれ? 蓮くん」

「お前、あいつの家でクリスマスパーティーするんだって?」

「え? 知ってるの?」

「すぐとなりにいるんだから、嫌でも聞こえるだろ。泊まったりするのか?」

「お泊まりはしないよ。まだお母さんにお泊まりOKって言われてないし」

「そうか。それならいいんだ」

 なぜかため息を吐く蓮に疑問が生まれた。

「蓮くんのお家でもパーティーする? 二人きりで」

「いや。俺は勉強があるし忙しいんだ。今年は悪いけど」

「その勉強って、いつまで続くの?」

「さあな。すごく難しいから、なかなか終わらねえな」

 学校では教えてくれない特別な勉強なのだ。頭のいい蓮でさえも難しいと話しているのだから、すずめにはチンプンカンプンだ。

「そっか。とにかく頑張ってね」

「お前も告白頑張れよ」

 ぎくりとして冷や汗が流れた。蓮はすずめをどきどきさせるのが非常に得意だ。これまでにどれだけ驚かされて傷つけられてきたか。たくさん泣いたりしたけれど優しい笑顔を見ることも多くなり、しゃべり方もだいぶ穏やかに変わった。つんつんと尖がっていた角が消え丸くなったのだ。

「じゃあ、あたし行くね」

 短く言い、走って家に帰った。



「……告白するなら、手紙がいいかな」

 机の上に紙を置き、ラブレターの練習をしてみた。ゆっくりと柚希への想いを綴る。しかし文章が長ったらしく、ラブレターというより作文のようだ。かといって単に「ずっと前から好きだった」「柚希くんと恋人同士になりたい」と書くのもロマンチックではなく、結局ぐしゃぐしゃに丸めてゴミ箱に投げ捨てた。

「あああっ。だめだあっ。ラブレターじゃなくて口で直接伝えた方がいいのかな? でも舌かんじゃったら恥ずかしいし……。うわああっ。どうしようっ」

 ベッドに横になる。枕を抱えてごろごろと転がって、やはり告白は無理だと確信した。いつかは告白するが、もう少し後でも大丈夫だ。

「……あっ。そうだっ」

 急にある思いが頭に浮かんだ。わからないことは、すでに経験している人に聞くのが早い。携帯を取り出してエミに電話をかけた。

「すずめ? どうかしたの?」

「あのね。エミって彼氏と付き合ってたんだよね? 告白ってどっちからしたの?」

「向こうからだよ。あっちから好きって言って来ていきなり捨てるなんて最低だよね」

「そうだね。……で、どんな感じだった? ラブレター? 口で直接?」

「口で直接だよ。一緒にお茶しようって誘われて、実はずっと好きだったんだって。男の子って、あんまりラブレターは使わないのかもね。どうしてそんなこと聞くの?」

「いや。そろそろ柚希くんに告白してみようかなって思って。高校卒業する前に、ちゃんと自分の気持ち伝えたいってね」

「おおっ。ついに告白するんだっ。きっとすずめならOKするはずだよ」

「でもな……。柚希くん、モテモテの王子様だし、ごめんってフラれそうで……怖いの。彼女になっても、周りから嫉妬の嵐が飛んできそうでしょ?」

「嫉妬はされるだろうね。優しくてお金持っててイケメンでファンも数え切れないほどいるし。でも、もしすずめがいじめられてたら助けてくれるとは思うけど」

「うう……。余計自信なくなっちゃうよ……」

 はあ、と息を吐くと、エミは固い口調で呟いた。

「何でもかんでもやってみるんだよ。やらないで後悔するなら、やって後悔した方がずっといいよ。だから絶対に告白するんだよ。諦めて泣いてるすずめなんか、あたし見たくない」

 すずめが素敵な男子と幸せになるのをエミは願っている。これはもう確実だ。エミの願いを叶えるためにも、すずめは柚希に告白しなければならない。問題は、いつどこでどんな風に伝えるかだ。

 エミから告白のアドバイスをもらえず仕方なく電話を切ると、すぐに携帯が鳴った。出ると柚希からだった。

「すずめちゃん」

「ど、どうしたの?」

 やけにどきどきしてしまう。携帯を持つ手が震えて止まらない。

「クリスマスって、予定あるのかな?」

 はっと目を丸くした。パーティーのお誘いだと直感した。

「う、うん。圭麻くんのお家に。クリスマスパーティーするんだ」

「あ……。そうなんだ。また家でパーティーがあるから、よければすずめちゃんもと思ったんだけど。まあ、母さんと桃花には会いたくないか」

 金好き蛇女と、わがままで失礼極まりない妹。あの二人と距離が近くなってしまうのも、柚希に告白できない理由の一つだった。もし薫子だったら、きっとすずめを受け入れてくれたはずだ。

「すずめちゃんが来ないなら、俺も参加するのやめよう」

「ええっ?」

 驚いて大声をあげてしまった。そんなことができるのか。

「怒られないの? 大丈夫?」

「大丈夫だよ。母さんは俺が嫌いなんだ。できれば俺がいない方が嬉しいんだよ。俺は薫子さんに性格がよく似てて、そばにいられるとイライラするからどこかに行ってくれって怒鳴られる。かといって本当に家出すると捕まえるくせに」

「矛盾してるね。言ってることとやってることが違う。ろくでもない人間だ」

「うん。あっちが死ねばよかったのに」

 柚希の口から「死ぬ」という言葉が出てきたことに衝撃を受けた。すでに薫子という本当の母親の存在を知ったし、血の繋がりもない蛇女を母さんと呼ぶのも嫌なのかもしれない。そして、その自分とは無関係な奴にあれこれうるさく叱られるのだって……。

「ごめん。死ねばなんて、びっくりさせちゃったね」

「う、うん。でも、あたしも死ぬのはあの女だと思う。ついでに桃花ちゃんも」

「桃花もね。確かにあいつのせいで、俺がどれだけ我慢してきたか。宿題はしないし全部俺にやらせて遊んでばっかり。欲しいものがあると買って買ってってねだりまくって、使わなくなったらすぐに捨てるし。そんな桃花をいい子ねって甘やかして、俺には厳しく叱ってきてさ。父さんが日本に帰ってこないのも、母さんと桃花が嫌いで顔も見たくないからだよ」

「え? そうなの? 仕事じゃなくて?」

「俺の予想だけどね。夏休みに海外旅行に行った時、せっかくだから父さんの住んでる家に泊まりたいって話したら、絶対に来ないでくれって冷たく断られたらしいよ。ただ、柚希は来てもいいとは言ってたみたいだけど。柚希は薫子の息子だからって」

「絶対に来ないでくれ……。相当、二人を嫌ってるね」

「再婚もしたがらなかったらしいし。未だに薫子さんが大好きで愛してて忘れられないんだろう」

 業突く張りの蛇女より、ずっと薫子の方が心優しく美しい。みんなも死ぬべきなのは蛇女だと考えるはずだ。なぜ薫子が亡くなってしまったのか……。

「ねえ、参加しないなら、柚希くんも圭麻くんのパーティーに来れば?」

「え?」

「きっとだめだって言わないよ。それに柚希くん、流那ちゃんに会ったことないでしょ? 圭麻くんの姪っ子に」

「その流那ちゃんも来るの?」

「お姉さんもね。人数が増えるとさらに盛り上がるよ。後で圭麻くんにお願いしてみる」

「うわあ。嬉しいなあ。いい返事を待ってるよ」

 明るい口調の柚希に、ほっと安心した。電話を切り、すぐに圭麻に電話をかける。

「柚希も? もちろんいいよ。流那も喜ぶよ」

「わかった。柚希くんに教えるね」

 もう一度柚希に電話をし圭麻の言葉を伝えると、「どうもありがとう。すずめちゃんは優しいね」と感謝を告げられた。


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