八十四話
冷たいのか暖かいのか。優しいのか優しくないのか。蓮はあまりにも態度がころころと変わるので、すずめにはわけがわからない。翌日も教室では一言も話さないが昼休みに空き教室に行くと、すずめにもたれかかって眠っていた。そして、すずめを探しに来た圭麻に見つかり言い争い、昼休み終了のチャイムでようやく落ち着いた。蓮からはエロ男に騙されるなと注意され、圭麻からは蓮に近づくとろくな目に遭わないぞと注意され、板挟みの状態のまま放課後になった。その日は柚希には会えず、夜に携帯で声を聞いた。
「昨日は、どこで夜ご飯食べたの?」
「すずめちゃんと一緒に行った回転寿司だよ。九時くらいに、忍者のようにこっそりと食べに行ったんだ」
「そうなんだ。お母さんは、夜ご飯食べなさいって話しかけてきたり」
「しないよ。そんなの自分で考えろって感じだよ。ただ、桃花が食べてない時は、部屋にお菓子やら何やら運んでるけど」
「どうして柚希くんは愛してもらえないんだろう? もしかして血が繋がってないんじゃないの?」
すると柚希は、固く冷たく凍り付いた声で囁いた。
「……俺も、そんな風に思えてきた。今までは絶対に違うって考えてたけど、あの青痣といい、厳しいしつけといい、ちょっとありえないよね……。保健室の先生に、失礼だけどお母さんとは血が繋がってるの? って聞かれてから、ずっともやもやしてる……」
じっくりとは見ていないが、柚希は母親とどこも似ていない。異性だし父親似なのかもしれないが、性格からしても全く似ていない。
「……柚希くんには、本当のお母さんがどこかにいるってこと?」
「たぶん、すでに死んじゃって父さんが再婚して今の母さんになったんじゃないかな。桃花とは腹違いの兄妹で。父さんが海外に暮らしてるから、一人じゃ調べられないけど」
「マ、マンガみたいだね。昔のアルバムとかはないの?」
「それが、なぜか母さんが全部燃やして捨てちゃったんだって。写真が一枚も残ってないんだ。桃花のアルバムは二十冊以上あるのに。おかしくない?」
「それは明らかに変だよ。もう一人のお母さんがいたんじゃない? 大体、息子の写真を一枚も残さず捨てるなんて普通の母はしないもんね」
全身が熱くなり、どくんどくんと心が速くなる。謎を解き明かした名探偵のような気分になっていた。もちろん違うかもしれない。本当の血の繋がった親子かもしれない。
「父さんが帰ってくれば、はっきりと答えは出るんだけどね」
はあ、と柚希はため息を吐き、そこで電話を切った。
誰かにこの話を教えたくなって、蓮ではなく圭麻に電話をかけた。圭麻は最後まできちんと聞いてくれる。先ほどの柚希の言葉を打ち明けると、圭麻は即答した。
「じゃあ、血液型で調べてみれば?」
「血液型?」
「そう。俺はAB型だけど、父さんがB型で母さんがA型だったからABになった。有那もそう。ヒナコは何?」
「あたしはO型だよ。お父さんもお母さんもO型」
「そうやって、親の血液型で子供の血液型は決まるからね。そういえば蓮って何型なんだろう?」
「あたしは知らないけど……」
「今度、質問してみれば? 素直に言うかはわからないけどね」
「柚希くんの血液型も知らないなあ。圭麻くんはAB型なんだね。AB型って少ないんだよね」
「一番少ない血液型らしいね。小さい頃から、有那がしきりに私たちはすごいんだよって語ってたよ。でも、ただAB型だってだけで自慢するのはなー」
「いいじゃない。意外とお姉さんって子供っぽいんだね」
圭麻と有那がAB型なら、流那もAB型に違いない。すずめにはAB型の友人がほとんどいないので、新しい出会いにどきどきした。
「ありがとう。圭麻くんのおかげで謎が解けそうだよ」
「うん。血液型なら絶対に間違いはないよ」
すずめの背中を押すような明るい声で、圭麻は電話を切った。
翌日、さっそく学校に行くと、蓮にこっそり聞いてみた。
「ねえ、蓮くんって血液型は何?」
「は? 血液型?」
「もしかして調べてないの?」
どきどきしながら返事を待っていると、ぼそっと蓮は答えた。
「B型だけど。それがどうしたんだよ」
「B型? へえ……。B型なんだー」
「血液型なんて知ってどうするんだよ。女って本当にくだらないものに興味あるんだな」
「くだらなくないよ。ふうん……。蓮くんはB型なんだね。圭麻くんはAB型だって。AB型って、すっごく少ないらしいね」
「AB型ねえ……」
特に驚きもせず、蓮はそこで口を閉じた。すずめも黙るしかなかった。
休み時間に廊下で柚希に会った。圭麻の話を全て教えると、緊張している表情に変わった。
「そうか……。血液型か……。血は頭になかったな」
「柚希くんは何型?」
「俺はA型だよ。父さんは確かO型だった。でも、母さんと桃花の血液型は知らないな」
「じゃあ、これでお母さんの血液型がA型じゃなかったら……」
「うん、別に母親がいるって意味になる」
どくんどくんと胸が大きく跳ねた。無意識に冷や汗が額に滲む。
「ついに全てが明らかになるね。今までどうして愛してくれなかったのか。厳しく叱られてきたのか」
「それもそうだけど、本当の母さんはどこにいるのかっていうのも知りたい。すでに死んでいるのか、どこかで生きてるのかも。もし会えるなら会ってみたい……」
柚希の想いは痛いほど伝わった。誰だって自分を頑張って産んでくれた人のそばにいたいし、あの屋敷から逃げて優しい母と暮らしたいと願うだろう。
「帰ったら母さんに質問してみる。血液型について。桃花の血液型も一応」
「うん。何かわかったら、あたしに電話してね」
しっかりと頷き、柚希は歩いて行った。
家に戻ってからも、心が焦りと興奮でいっぱいだった。その夜は好きなテレビ番組があったが、それも観ずに携帯を握ってベッドに寝っ転がった。いつ柚希からかかってくるか、ずっと待っていた。ようやく携帯が動いたのは九時頃で、素早く出ると柚希の残念そうな声が聞こえた。
「すずめちゃん……」
「ど、どうだったの?」
「それが、いくら聞いても答えないんだよ。教えてくれない」
「教えてくれない?」
「そんなこと知らなくてもいいでしょとか、くだらない質問に付き合ってられないとか。絶対に答えないんだよ」
「えっ……。それって、柚希くんと血が繋がってないのをバラさないためにって隠してるんじゃないの?」
「たぶんそうじゃないかな。試しに桃花にも聞いたけど、宿題やらなきゃって無視された。いつもは宿題なんてやらないのに。母さんに口止めされてるのかもしれない」
「ますます怪しくなってきたね。きっともう一人のお母さんがいるんだよ」
「ほとんど決まりだよね。隠すってことは、もしかしたら仲が悪かったのかも」
すずめも同じだった。あそこまで柚希を傷つけ厳しく叱りつけていたのは、嫌いな女性が産んだ子供だからだ。逆に自分が産んだ桃花はベタベタに甘やかし可愛がる。まさか不倫なのではとぎくりとしたが、さすがに柚希には話せなかった。
「天内くんには感謝だね。血液型で本当の親子か調べるとか俺は思い付かなかったし。……ところで、すずめちゃんって何型?」
「あたしはO型。お父さんもお母さんもO型だよ」
「へえ。だから穏やかで優しいんだね」
「いや、柚希くんは、もっともっと穏やかで優しいから」
「そうかな? ありがとう」
褒められたのが嬉しかったのか、柚希の口調は少し明るくなった。「ありがとう」ともう一度繰り返すと、電話を切った。




