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八十三話

 翌日学校に行くと、昇降口で柚希に声をかけられた。申し訳なさそうな表情をしている。

「ごめん。昨日、電話くれてたみたいだね」

「いいよ。何か用があったんでしょ?」

「うん。母さんに、桃花の夏休みの宿題が終わってなかった。どうして手伝ってやらなかったんだって叱られた。だけど、普通は一人でやるものだし、俺に頼るなよって言い返してやったけど」

「言い返すって……。大丈夫なの? また怪我させられたら……」

「平気。すずめちゃんは心配しないで」

「心配するよー。二度と、あの落ち込んでる柚希くん見たくないもん」

 無意識に俯くと、柚希に頭を撫でられた。すずめの気遣いで嬉しくなったようだ。

「ありがとう。俺も気をつけるよ」

 短く言い、柚希は歩いて行った。

 その後、圭麻が近寄ってきた。

「おはよう。朝から王子様に可愛がられて、ヒナコは幸せなお姫さまだね」

「え?」

「優しく撫でられてただろ? 柚希に。みんな見てたぞ」

「そ、そうなの? 恥ずかしいなあ……。でも、あたしはお姫さまではないよ。お姫さまって、もっと女の子らしくて可愛くて、きらきら輝いてるイメージじゃない。あたしは地味な村人だもん」

「ヒナコは、自分の良さに気づいてないんだね。本当はお姫さまなのに、どうしてわからないのかなあ? もったいなさすぎるよ」

「だけど、あたしって今まで告白されたこと一度もないよ? 地味で目立たないあたしに良さなんて一つも……」

 はっと誰かに見られていると感じた。圭麻も察したのか、驚いた表情をしている。そして遠くに蓮が立っていたのを知った。ただ、こちらには視線を向けてはいないし、すたすたと歩いて行ってしまった。

「……蓮、俺のこと睨んでたね」

「え? 睨んでた?」

 圭麻の呟きにどきりとした。まさか睨んでいたとは思っていなかった。

「うん。たぶん……ヒナコと一緒におしゃべりしてたからかもしれない。本当、あいつはヒナコが大事で、俺はいつまで経ってもエロ男って妄想してるんだな。全く、そんなつもりないのにさ」

「あたしが大事なわけないよ。みんな勘違いしてるけど、あたしって蓮くんにいっぱい泣かされてきたんだから。どこが大事なの? って感じで」

「うーん……。女の子だから、男の気持ちは理解できないんだな。実は、蓮と初めて会った時から、たぶんこいつはこの子を特別扱いしてるなって薄々と予想してたんだよ。そのせいで、余計ヒナコがほしくて堪らなくなったんだ。なかなか手に入らないものって、何としてでも自分のものにしたくなるだろ? 後になって、柚希なんて奴まで登場するしさ」

 すずめはそう思わなかった。これは男の独占欲なのだろうと考えた。さらに以前の出来事が蘇ってくる。

「そういえば……。去年のクリスマスに、柚希くんにパーティーに誘われたの。柚希くんのお家では、毎年クリスマスパーティーをやってるんだって。二人でパーティーについてお話してたら、じっと遠くから蓮くんが見てたよ。柚希くんを睨んでたらしくて」

「へえ……。ヒナコが他の男と仲良くするのが嫌みたいだね。もしかしたら、これって……」

 そこで圭麻は言葉を切った。その後の言葉は話したくないのだろうと、すずめにもわかった。並んで廊下を歩き、教室に入った。

 学校生活は特に問題はなく、いつの間にか放課後になっていた。帰り道の途中で蓮が声をかけてきた。

「おい。あいつに騙されるなよ」

「あいつって、圭麻くんのこと? 大丈夫だよ。蓮くんは圭麻くんをエロ男って呼んでるけど、全然そんな人じゃないんだよ」

「どうかな。一度襲われてるし、油断してると酷い目に遭うぞ」

「平気だってば。あたしもしっかりとガードしてるし、心配しないでよ」

 すずめのために注意しているのか、また意味もなく嫌がらせしてるのか。とても大事にされているとは思えなかった。しかし、だからといって嫌われているわけではない。もし嫌われていたら、蓮の方から話しかけるのは絶対にありえないからだ。マンションにあがらせたり泊まらせるのもすずめだけだし、たまに現れる笑顔の蓮も、二人きりの時にだけ見せてくる。冷たいのか暖かいのかと、すずめは蓮の態度に振り回されてばかりだ。

 黙っていると、蓮はくるりと振り向いて歩き出した。急いですずめも追いかける。

「どこに行くの?」

「本屋。勉強しなきゃいけないからな」

「勉強って何? 学校では教えてもらえないの?」

「そうだ。しかもかなり難しくて、最近はほとんど眠れてないんだ」

「徹夜してるの? それは体に悪いよ。できるだけ睡眠はとった方がいいよ」

「もちろん無理はしてないけど。……じゃあ、これから俺は勉強するから。お前とおしゃべりする暇はないんで」

「どういう勉強をしてるのか、詳しく聞かせてよ」

 ぐいっと腕を掴んだが、大きく振り払われてしまった。そのまま小さくなる背中を眺め、すずめは石のように固まってその場に立ち尽くした。

「……どうして自分の話、してくれないんだろう……」

 はあ、とため息が漏れる。いつも自分の気持ちや思いは隠し、黙りこくってしまう。もっと蓮について知りたいのに、逃げて隠れて心の扉は閉まったままなのだ。すずめも帰ろうと決め、とぼとぼと家に向かった。




 風呂からあがると携帯が鳴った。「はい」と出ると、柚希の声が耳に飛び込んだ。

「すずめちゃん……。よかった。出てくれて」

「どうしたの? やけに疲れてるみたいだね」

「いつも通りだよ。母さんにガミガミ叱られて気分悪すぎで、部屋に逃げてきちゃった。顔見たくないから、お腹は空いてるけど夕食も食べに行けないし」

「そうなの? あたし、お風呂入っちゃったから外に出られないよ」

「別に、一緒に食べようって誘ってるわけじゃないよ。ごめんね。しばらくしたら、こっそりと何か食べに行くつもり」

「あ、ねえ。蓮くんか圭麻くん誘ってみたら?」

 ふいに口から言葉が漏れた。もしかしたら、どちらかはまだ風呂に入っていないかもしれない。

「え?」

「あたし、電話してみようか? お願いしたら、OKしてくれるかも」

「いや。迷惑はかけたくないから、そんなことしないで」

「一人で食べるより、誰か話し相手がいた方がいいでしょ?」

 気分悪いなら、愚痴の一つも吐きたくなる。同じ男子なら、さらに本音を伝えやすいだろう。

「だめだよ。天内くんはともかく、高篠くんは絶対にお断りするだろうし、すずめちゃんも嫌な目に遭うだろう? 俺はみんなを暗くさせたくない。確かにこの思いを打ち明けたいけど、我慢も必要だよ」

 他人を気遣う優しい性格の柚希が可哀想になった。一番は、すずめが愚痴を聞くことだが、もし知世にバレたらと考えると勇気が沸かない。「じゃあ」と短く言い、柚希は電話を切った。

「暗くさせたくない……か……」

 柚希の言葉を繰り返す。常に他人のことばかりで、自分はストレスとプレッシャーで爆発しそう。それなのににっこり笑わないといけないなんて……と涙が溢れた。もっとわがままを言ってもいいのに。傷付いた柚希を助けたり護ったりできないのが悔しい。どうしたらストレスとプレッシャーを少しでも減らせられるのか。ぽろぽろと静かに涙は零れ落ちていく。枕に顔をうずめるのと同時に、また携帯が鳴った。はっとして「はい」と出ると、蓮の抑揚のない声が耳に入った。

「ああ。ちょっといいか」

「う……うわあっ。れ、蓮くん?」

「うわあって何だよ。失礼だな」

「ご、ごめん。でも、蓮くんがあたしに電話かけるのって珍しいから……。どうかしたの?」

 どきどきしながら拳を作る。蓮からどんな話をされるのかわからず、緊張でいっぱいだった。

「別に、特に用はないんだけど……。泣いてるんじゃないかと思って」

 あまりにも暖かく穏やかな口調に、どくんと大きく胸が響いた。

「な、泣いてるって……」

「おかしな妄想でもして、馬鹿みたいに泣いてるんじゃないかって。まあ、違うならいいんだけど」

「妄想ではないけど、泣いてたよ。柚希くんが哀れで……。またお母さんにいろいろと厳しく叱られたんだって」

「そうか。あいつも嫌だろうな。俺みたいに、さっさと家から抜け出しちゃえばよかったのに」

「抜け出しても探しに来ちゃうからだめなんだよ。家出したってだけで全身青痣だらけだし、本当に血の繋がった親子なのかな?」

 とてもあの母親から、あそこまで出来た子供が生まれるとは信じられない。母親が桃花ばっかり可愛がっているというのも、実は血が繋がっていないのが原因かもしれない。蓮は答えず、大きく息を吐いてから呟いた。

「お前がいくら泣いても状況は変わらないんだし、くよくよするのはよくないぞ。落ち込んでも意味ないんだし」

「もちろん、それはわかってるよ。だけど、やっぱり……泣いちゃうんだよ……」

 ごしごしと目をこすり、なるべくしっかりとした声で返す。蓮は黙り、すずめは感謝を告げた。

「……ありがとう。電話かけてくれて……」

「ありがとうって言われるようなことしてねえけど。とりあえず泣き止めよ」

「う、うん。また明日ね」

 慌てて答えると、すぐに蓮は電話を切ってしまった。

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