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八十一話

 夏休みが後一週間というある日の夕方、コンビニにアイスを買いに行くと蓮に会った。さまざまな雑誌を眺め、すずめには一切気づいていない彼に近付き、背中から声をかけた。

「あれ? 蓮くん。偶然」

 明るい口調で言ったが、周りに人が多いので蓮はにこりともしない。

「買い物? なに買いに来たの?」

「うるせえな。お前には関係ないだろ」

「いいじゃない。ちょっとくらい教えてくれたって」

「暇つぶしに来たってだけだ。じゃあ、俺は先に帰るぞ」

「えーっ? せっかく会ったんだから、もっとおしゃべりしても」

「おしゃべりは、あいつらとすればいいだろ。いろいろと疲れてるんでね」

 軽く手を振って、蓮はコンビニから出て行ってしまった。

「……本当につれないなあ。どうしたらもっと自分のこと話してくれるんだろう……」

 親友になれないのはわかっている。仲良くなれないのも、すでに知っている。それでも、蓮の心の中を覗いてみたいのだ。すずめもアイスを買い、走って家に帰った。

 部屋のベッドの上で柚希に電話をかける。穏やかな声が耳に飛び込む。

「すずめちゃん? どうしたの?」

「お母さんたち、そろそろ戻ってくるんじゃない?」

「うん。すずめちゃんも気にしてたんだね。明日、帰ってくるって」

「嫌だね。ストレスとプレッシャーでいっぱいになるくらいなら」

「そう。一人で暮らした方が、ずっと気楽だよ。あーあ……。二度とあの二人とは会話したくない」

 嘆きたくなるのもわかる。いくら家族であっても、愛情が感じられないのならただの迷惑だからだ。励ます言葉が見つからず黙っていると、柚希は寂しげに答えた。

「すずめちゃんは心配しないで。学校が始まったら、たくさんおしゃべりしようね」

「う、うん。ありがとう」

 慌てて言うと、柚希が一方的に切ってしまった。

 次に、圭麻にも電話をかけた。柚希と同じく落ち込んだような声が聞こえた。

「昨日、流那が帰っちゃったよ。俺、ずっと一人……。寂しいよー。ヒナコ」

「そうなんだ。誰かと話がしたいなら、あたしに電話かけていいよ?」

「本当? ヒナコって優しいなー。電話じゃなくて、実際に会ってしゃべりたいけど」

「学校が始まれば、毎日ずっと顔が見られるよ。もう少しで夏休み終わりだから、それまでの辛抱だよ」

「そっか。ヒナコの言う通りだね」

 家族がいなくなって悲しんでいる圭麻に対し、柚希は家族がいることで悲しんでいる。すずめは、そういう気持ちを味わった経験が一度もない。蝶よ花よと甘やかされた自分がどれほど幸せ者なのか痛感した。

「じゃあ、明日も電話していい?」

「構わないよ。あたし、いつも暇にしてるから、いつかけてきても大丈夫だよ」

「ありがとう。なんか安心できたよ」

「あたしにできることなら、何だってするよ」

「男なのに情けなくてごめん。寂しがり屋でだめだよな」

「そんなことないよ。全然だめじゃないよ」

 とりあえず励ますと、すぐに電話を切った。圭麻はまだすずめの声を聞いていたかったようだが、これ以上続けていてもきりがない。長く電話をしていたら知世に叱られるかもしれないし、相手が圭麻だとバレたらまずい。絶対にすずめとお付き合いをさせようと考えるはずだ。圭麻とは友だち以上恋人未満という状態で留めておきたい。流那を裏切るのは嫌だ。ふう、と息を吐き、ゆっくりとベッドに寝っ転がった。そのまま眠りにつき、久しぶりに熟睡した。

 翌日、朝食をとってから部屋に戻ると、携帯が鳴った。相手が圭麻なのはわかっていたため、驚きはなかった。

「ヒナコ、予定がなければ今日、うちに来ない?」

「え?」

「渡したいものがあってさ。無理なら断っても」

「渡したいものって?」

「とにかくヒナコをびっくりさせたいんだ。今は秘密だよ」

「そうなの? じゃ、じゃあ、圭麻くんのお家に行くよ」

 渡したいものが何なのか期待して、どきどきと興奮した。大急ぎで着替えバッグを手にし、真っ直ぐ走って行く。しかし、途中で問題が起きた。蓮にばったりと会ったのだ。完全に浮かれているすずめに、少し疑問が生まれたらしい。

「どこに行くんだ?」

「どこだっていいでしょ。蓮くんには関係ない」

「まさか、天内と二人きりになるつもりじゃないだろうな」

「圭麻くんはエロ男じゃないもん。どうして信じられないのよ」

「騙されてるぞ。素直で純粋なのも大事だけど、後悔して泣く羽目になったらどうするんだ」

「平気だよ。それに、今日は渡したいものがあるってだけで行くんだよ。お泊まりじゃない」

「渡したいもの? 余計怪しいじゃねえか。俺もついて行く」

 むっとして、すずめも言い返した。

「圭麻くんは、あたしと二人になりたいんだよ。蓮くんがいたら不機嫌になるよ」

 だが、すでに蓮の心は決まったようで、すずめの腕を掴んで歩き始めた。

 予想通り、ドアを開けた圭麻の顔は歪んだ。せっかくすずめと楽しく過ごせるとうきうきしていたのに、といった感じだ。

「蓮、何しに来たんだよ。帰ってくれよ」

「こいつにおかしな態度とるんじゃないかっていう見張りだ」

「もしかしてエッチなこと? 二度とエッチはしないって約束しただろ」

「渡したいものっていうのも怪しすぎる。最初に俺に見せてくれよ」

「別に、ハワイのお土産だよ。ほら」

 テーブルの上に置いてあった箱を差し出してきた。そういえば有那は友人の結婚式に招待され、流那の面倒を圭麻に頼んでいた。すずめが受け取ると、簡単に説明してくれた。

「お菓子の詰め合わせ。悩んだけど、やっぱり女の子は甘いものって考えたみたいだよ」

「わあ……。でも、あたしがもらっちゃっていいの?」

「もちろん。ヒナコのために、わざわざ選んだんだから」

「嬉しいなあ。お父さんとお母さんには内緒で、全部一人で食べちゃおうっと」

 えへへ、と笑うと、すぐ横に立っていた蓮が消えていた。ただの土産かと安心したのかもしれない。圭麻も目を丸くし、驚いた表情をしている。

「しかし、蓮って本当にヒナコが大事なんだなー」

 圭麻の呟きが耳に飛び込む。どくんどくんと鼓動が速くなった。

「ええ? だ、大事……かな……?」

「そりゃあ大事だよ。今日だって見張りについてきたし、常に頭の中に浮かんでるんだろうね」

「そうかなあ? あたしは、特に大事にされてるって気は……」

「ヒナコは女だからわからないのかもしれないね。だけど、蓮はヒナコをお気に入りの子だと思ってるね。これは間違いないよ」

 柚希にも同じような話を聞かされた。蓮に冷たい悪口を浴びせられ深く落ち込んでいた時に、すずめちゃんは嫌われてないと断言した。嫌いなら口も聞かないし目も合わせない。だが、きちんと返事をし、たまに笑顔も見せたりする。優しいのか優しくないのか決められない。すずめをどういうふうに考えているのか。やはり男子は理解不能だ。

「でも、圭麻くんも知ってるでしょ? 馬鹿で魅力の欠片もないって。……あれは?」

「あの言葉は、俺も意味わからない。たまたま口からぽろりっていうのもあるし、本気で呆れてるのもある。蓮に直接質問しないと答えは出てこないね」

 がっくりと項垂れた。一番明らかにしたい事実が曖昧なのだ。すずめも「そうだよね……」と小さく囁き、その日はお土産だけもらって家に帰った。



 ベッドに横になり、ぎゅっと目をつぶった。先ほどの圭麻の声と柚希の声が、ぐるぐると頭の中に回っている。すずめが妊娠するのを酷く嫌がり、圭麻にいやらしいことをされないように注意している。また、すずめと必ず話ができるように待ち伏せしたり、突然泊まらせたり、ネクタイの練習にも付き合ってくれる。仲良くなりたいという行為だ。しかし、すずめがそばに寄ろうとすると急に態度を変え、怒鳴ったり睨んだり一人にしてくれと逃げようとする。まさに二重人格だ。不思議な性格すぎて、同じ男子の柚希と圭麻すら全く心が読めない。異性のすずめなんか想像もできないのは当然だ。


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