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八十話

 泊まることはできなくても、遊んだり宿題はできる。柚希や圭麻に誘われ、すずめは残りの夏休みを満喫していた。もう一度プールに行って、流那と泳ぐこともできた。水着姿を圭麻に見られ恥ずかしかったが、「どこの誰よりも可愛い」と彼は嬉しそうに喜んでいた。

「胸、小さいでしょ……。牛乳飲んでも、全然大きくならなくって……」

「別に気にしなくたっていいじゃん。俺は、外見より内面で決めるタイプだよ。たぶん柚希もそうじゃないかな」

「うーん……。あたしが男の子だったら、可愛くて女の子らしい子と付き合いたいけどな」

 地味で子供っぽい自分が嫌で、つい口調が低くなってしまう。がっくりと項垂れると、流那が横から口を出してきた。

「流那も、ヒナちゃんはとっても可愛いって思ってるよ。圭ちゃんと同じ」

「え?」

「ね、圭ちゃん。ヒナちゃんってお姫さまだよね。流那もヒナちゃんみたいに可愛いお姫さまになりたいの」

「ほら。流那もこう言ってるんだし」

 ぽっと頬が赤くなった。流那からそんなイメージで見られていたとは。

「お……お姫さまなんて……。ただの村人なのに」

「ヒナコには、ヒナコの良さがあるんだよ。自信持たないとだめだよ」

 知世からも、すずめにはすずめの良さがある。良さがない人間などいないと聞かされた。だがそれは他人しか見られず、本人はどうしても気付けない。

「……ネガティブにならないようにはするよ」

 とりあえず呟くと、流那も圭麻もしっかりと頷いた。




 夏休みの宿題が全て終わり、柚希と喫茶店でお茶を飲んだ。

「何とか無事に終わってよかったね」

「柚希くんが手伝ってくれたおかげだよ。一人だったら無理だったよ。本当にありがとう」

「こちらこそ付き合ってくれて嬉しかったよ。後は、ずっと遊んでいられるね」

「そういえば、お母さんと桃花ちゃんはまだ帰ってこないの?」

「まだ帰ってきてないよ。……帰ってこないでほしいよ」

 柚希の笑顔が消え、口調が尖った。そう考えるのは当然だと、すずめにも伝わった。

「そうだね。二度と会いたくないよね」

「代わりに、すずめちゃんが来れば幸せなのにな……。でも泊まるのは禁止なんだよね?」

「いつか、また泊まってもいいって言ってくれるよ。例えば、あたしが大学生になって一人暮らしを始めたりしたら」

「すずめちゃん、一人暮らししたいの?」

 遮って柚希が聞いてきた。うん、と頷き即答した。

「そりゃあ、大人になりたいもん。一人でも生活できるように家事を教わって、立派に仕事して、そして素敵な男性と結婚して子供を産みたいよ。せっかく女に生まれたんだから、お母さんになりたい」

「そうなんだ。お母さんになったすずめちゃん、俺も見てみたいな」

「まだ時間はかかるけどね。柚希くんは、お父さんの仕事を継ぐんでしょ? 有名会社の社長に」

「まあ、継げるものなら継ぎたいけど英語がだめだし、とにかく母さんと桃花と離れたくてね。家を飛び出して、のんびり安いアパートで生活するっていう夢も浮かんでて。小さい頃からストレスとプレッシャーの中にいたから、もうあの世界から逃げ出したい。お金なんかいらないから、普通の人間として生きていきたいんだ」

 真っ直ぐな柚希の言葉は、すずめの心に強く響いた。金なんかどうだっていい。ただ自由になりたい。今までなぜ柚希が偉ぶったり気取ったりしなかったのかがわかった。彼には金などくだらない存在で、そんなものよりも心や愛が大事だと思っていたのだ。実際に、お金持ちの息子なのに酷い目に遭ってきたし、誰よりも人間にとって必要なのは何かを知っていた。

「……その夢、叶うといいね。もし一人で暮らせるようになったら、絶対に会いに行くよ」

「ありがとう。できるなら、すずめちゃんと二人が望ましいけど……。俺のわがままで迷惑かけるわけにはいかないからね」

 ふっと寂しげに微笑み、また「あたしの家に来て」と口から漏れそうになった。だが、きっと話しても断られるだろうし、蓮からも出しゃばった行動はするなと注意されている。ぐいっとテーブルの上のアイスラテを飲み、もやもやした気持ちを潤した。

 喫茶店から出てもまだ外は明るかったため、ぶらぶらと当てもなく散歩をすることにした。柚希に「ゲーセンに行こうよ」と言われ、並んで歩く。UFOキャッチャーの前で、柚希が質問をした。

「すずめちゃん。欲しいぬいぐるみある?」

「じゃあ、あそこのウサギ」

 お願いすると、一瞬にしてゲットしてしまった。

「すごーい。百発百中だね」

「コツを掴めば簡単だよ。何度もやってると、だんだんわかってくるんだ」

「あたし、手先不器用だから無理だろうな。そのせいでネクタイも結べないし」

「ネクタイ?」

 柚希の目が丸くなった。そういえば、圭麻のネクタイゲームを柚希は知らない。実はこんな出来事があったと話すと、柔らかな笑顔に変わった。

「そっか。やっぱり高篠くんは、すずめちゃんを嫌ってはいないね」

「え?」

「嫌いな人にネクタイ結びの練習を付き合ったり学校にお泊りするなんて、高篠くんは絶対にしないだろうから。天内くんは相変わらず、すずめちゃんラブラブだし」

「うーん。どうなんだろう? いろいろと心配はしてくれてるみたいだけど」

「不安にならなくても大丈夫だよ。帰り道に待ち伏せしてるのが、そもそも……」

「待ち伏せって?」

 今度はすずめが目を丸くした。全く予想していなかった。

「ほら。一年生の時。すずめちゃん、家が同じ方向だから、帰り道に高篠くんとばったり会っちゃうんだって話してたじゃないか。でも、同じ方向でも毎日必ず会うっていうのはおかしくない? 高篠くんは、きっとすずめちゃんが一人になるまでどこかで待ってて、二人きりでおしゃべりしたかったんじゃないの? 学校では二人になれないし、ずっと待ち伏せしてたんだよ。だから俺はロマンチックだなって考えたんだ。誰もいない場所でこっそり二人きりなんて……。素敵だろう?」

 記憶が鮮明に蘇ってくる。いつもエミと別れた後、蓮が現れ声をかけてきた。あの頃は、家が近所だから会うのは当然だと思い込んでいたが、必ず会えるわけではない。どちらかが時間を合わせないとすれ違ってしまう。友人がいないし独りが好きな蓮が待ち伏せをしていたなんて。

「そ、そうなのかな? 待ち伏せしてたのかな? 柚希くんがロマンチックって話したのは、そういう意味があったからなんだね」

「うん。女の子だから男子の気持ちが理解できないのは仕方ないけど、いつかすずめちゃんに聞いてほしかったんだ。ようやく教えられてよかった」

「だけど、いつも蓮くんは嫌がらせみたいなことしてきたよ? わざわざ待ち伏せしてまであたしに嫌がらせするって、とてもロマンチックとは言えないよ?」

「男って、意外にも弱いんだ。好きな女の子に告白できなくて逆にちょっかいしたりするのも、そのせいだよ。余計嫌われそうなのに、自信がないからついやっちゃうんだよ。愛してるって伝えたらかっこいいのに、もしフラれたらどうしようって不安が生まれるんだ。みんながみんなそうとは限らないけど、俺はこう考えてるよ」

 あんなにプライドが高くて偉そうなのに自信がないなど想像できないが、柚希がそう言うのなら間違えてはいないかもしれない。これは本人に質問しないとわからないが、きっと蓮は素直に答えないだろう。

「……それに高篠くんは、すずめちゃんを傷つけようとは思ってないんじゃない? 普通におしゃべりしてるつもりなんだよ。ただ、すずめちゃんには嫌味に聞こえるってだけで」

 いつだったか、蓮に態度を変えられると戸惑ってしまうと話したことがあった。しかし向こうはいつもと同じで何も変えていないと答えていた。やはり男と女の考え方や感じ方は違うのだと改めて知った。

「まあ、全部俺の妄想でしかないけどね」

「妄想でも、柚希くんの言葉はタメになるよ。……そっか。蓮くんに悪気はないんだ……」

 これまでにされたことが頭に浮かんだ。やはりどれも嫌がらせとしか呼べない行為だが、彼にとっては普通なのか。苦笑する柚希を見つめながら、胸の中はもやもやしていた。


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