六十六話
お昼は圭麻と食べるのをやめて、蓮にしようと決めた。別に圭麻でもいいのだが、また柚希に惚れているのではないかと疑われそうだ。並んで床に座り、お互いに一言も話さずに手だけ動かす。最近は嬉しそうな表情は見せてくれないのが残念で堪らなかったが、そっとしておかないと急に態度が変わるため、しつこくはしなかった。しかし途中で圭麻が現れた。
「本当、この空き教室大好きだよねえ」
「大好きってわけじゃないよ。誰もいない場所じゃないと、蓮くんと会話できないから」
「それほど蓮ってクラスメイトに嫌われてんの? まあ、いつも無表情だし友だちも作らないし、とっつきにくいからな」
じろりと蓮の冷たい目線が飛んできた。慌ててすずめは話題を変えた。
「圭麻くん、まだお弁当食べてないの? 早くしないと昼休み終わっちゃうよ」
「ずっとヒナコのこと探してたんだよ。よかった。見つけられて」
圭麻がそばに来て弁当の蓋を開けた。いつもバランスよく自分で作っていると改めて考え、尊敬の気持ちが溢れる。姪っ子の流那の世話だってしているし、常に感心している。
「よかったら、ヒナコおかず交換する? 好きなもの食べていいよ」
弁当箱を差し出され、はっと目が丸くなった。
「え? じゃあいただこうかな。えっと……」
選んでいると、蓮に手を握られた。そっと振り向くと、ぎろりと睨み付けていた。エロ男の弁当など口にするんじゃない。油断するなと何度も注意してるだろう。ツリ目の瞳がそう言っていた。
「ご、ごめん……。やっぱりやめておくよ。あたし、お腹いっぱいなの」
「ええ……。一つくらいなら食べられるだろ? どうしたんだよ。急に」
「いいの。また今度で。それに圭麻くんのお弁当なんだから、圭麻くんがおいしく食べて」
そっと圭麻が蓮に視線を移した。嫉妬しているように目が赤く燃えていた。
「……何だよ、その手。邪魔するなよ」
「邪魔? 俺がいつ邪魔したんだよ。邪魔しに来たのはお前の方だろ」
「うるさいな。俺のヒナコに触るなっ」
握っていた手を振り払い、さらに圭麻は嫉妬の炎を燃やした。ぎゅっと抱き締められて、すずめはだらだらと冷や汗が流れた。
「蓮くんも圭麻くんも落ち着いて。喧嘩なんてやめてよ」
慌てて止めたが、二人の耳には届かなかった。どうしようと不安になっていると、ガタっとドアが開いた。勢いよく顔を上げると柚希が立っていた。
「あ、すずめちゃん、学校に来れたんだ。高篠くんも。よかったね」
「う、うん。心配してくれてありがとう」
答えると、圭麻の腕の力が固くなり、蓮の手も強くなった。新たな敵がやって来て身構えている感じだ。すずめを取られたくないと無意識に反応したのかもしれない。完全に羽交い絞めにされ、すずめは指一本動かせなくなった。柚希はきょとんとして質問してきた。
「三人で何してるの?」
「いや、何もしてないよ。ただお弁当を……」
「柚希まで邪魔するのかよ」
すずめの言葉を遮って、圭麻が柚希にも嫉妬をぶつけた。
「邪魔って?」
「俺は、ヒナコに惚れてるんだよ。お前に奪われるなんて嫌だ」
「それはすでに知ってるよ。すずめちゃんと恋人同士になりたいんだろ?」
「なら、さっさとここから出て行ってくれ。ヒナコと二人きりにさせてくれよ」
圭麻の態度に、柚希は少し不快そうな顔をした。あまりにもわがままで自分勝手で、すずめもうんざりしてしまった。やがて頷くと、柚希は苦笑をしながら答えた。
「そうだよね。好きな女の子とは二人きりになりたいもんね」
「大体、柚希はファンクラブにちやほやされてるんだから、その子たちと仲良くすればいいだろ。違うクラスのヒナコにわざわざ会いに来る意味ないじゃないか」
ふっと柚希の笑みが消えた。じろりと圭麻を見つめて即答した。
「俺は、すずめちゃんに癒されるから会いに行ってるんだよ。クラスなんて関係ないだろう」
「柚希って、有名会社の一人息子なんだよな。そんな大金持ちのお坊ちゃんには悩みなんかないだろ。癒しなんて必要ない」
「ストレスとプレッシャーでパンパンだよ。いくらお金を持っていたって、あんな家族だったら不満しかない」
「家族? ふうん……。まあ、柚希がどういう暮らしをしてるのか知ったこっちゃないけど、とにかくヒナコは俺のものだから。横取りするなよ」
「いつお前のものだって決まったんだよ。勝手なこと言うな」
今度は蓮が話し始める。すたすたと柚希は近寄り、すずめの頭に触れた。独占欲の火花がバチバチとぶつかり合うのが、音になって感じる。三人のイケメンな王子に囲まれて嬉しいという気持ちはなく、争いが起きないかとびくびくしているだけだ。しばらくその状態だったが、昼休み終了のチャイムが鳴って我に返った。教室に戻り、張りつめていた息を吐いた。
「ね、ねえ……。蓮くん……」
そっと蓮に囁くと、目を向けてきた。
「何だよ」
「圭麻くんが声かけてきても、睨んだり怒鳴ったりするのやめてよ。ついに柚希くんまで入ってきちゃって……。あたし怖くて死んじゃいそうだったんだよ」
「まあ、俺もあいつが言い返してくるとは思ってなかったけどな。もし喧嘩になるのが嫌だったら、俺じゃなくてあいつに頼めよ」
「圭麻くんは聞く耳持たずなの。どれだけお願いしても、ああやってストレートな言葉ぶつけてくるんだもん。どうして仲良くしようと考えないんだろう? 本当は優しい性格なのに」
「とりあえず、喧嘩にならなければ大丈夫だろ。なってもクラスメイトにバレなきゃ」
「バレるよ。学校の中なんだから、絶対に見られるよ。圭麻くんや柚希くんまで乱暴者って呼ばれたら、あたし悲しいよ……」
けれど、すずめの思いは届かずに蓮は黙ってしまった。なぜわかってもらえないのだろう。馬鹿でアホな女の願いなど、どうだっていいと考えているのかもしれない。もっと仲良くしてほしいのに。
放課後になり帰り支度をしていると、圭麻が肩を叩いてきた。
「ヒナコ。喫茶店でお茶でも飲まない?」
「お茶? うん。いいよ」
しかし、すぐに背中から蓮に手を握られた。すぐに圭麻も気づき、繋がれた二人の手を振り払った。
「触るなって言っただろ。邪魔するな」
「邪魔なんかしてるつもりねえけど」
あわわわ……と冷や汗が流れる。どうしたらいいのかと戸惑っていると、遠くから柚希の声が飛んできた。
「すずめちゃん」
真っ直ぐ目の前に駆け寄り、にっこりと微笑んだ。
「じゃあ、一緒に宿題しようか」
「え? 宿題?」
「嫌だなあ。忘れちゃったの? 俺たち図書館で宿題しようって約束したじゃないか。遅くなるといけないから、早く行こうよ」
「ま、待って。柚希くん? や、約束って?」
意味が全くわかっていないまま、柚希に腕を掴まれて昇降口に歩いて行った。




