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五十八話

「しかし、あたしって本当にお母さんみたいなのか」

 天井を眺めながら呟く。蓮にも柚希にも圭麻にも、はっきりと言われた。女だから母性が宿っているのは当然だが、普通の男子には全く言われない。なぜイケメン王子にだけ言われるのか。そして、すずめが母親だといいなと話していた。

「……あれ?」

 ふと、ある事実に気づいた。三人の王子の共通点が明らかになった。彼らには、理想の母親がいない。蓮は虐待され傷ついてきたし、柚希は期待され過ぎてストレスとプレッシャーでいっぱい。圭麻は五歳の頃に亡くなっている。だから、すずめのそばにいるとまるでお母さんと一緒にいるように心が暖かくなるのかもしれない。顔が可愛いとか好みのタイプとかではなく、足りなくなった愛をすずめによって補充しようと体が自然に動いているのだ。できることなら、すずめも三人の母親になってあげたいが、それは絶対に不可能だ。しかしそばにいて仲良くすることはできる。

「よし。これから、もっとみんなに愛情届けてあげようっ」

 ぐっと拳を作り、さらに母親らしくなろうと決めた。

 翌日、学校に行くと、圭麻は完全に元に戻っていた。

「ヒナコっ。おっはようっ」

「お、おはよう」

 さっと横にいる蓮に視線を向けると、どうやら音楽を聴いているらしくこちらには気付いていなかった。息を吐くと、圭麻が耳元で囁いた。

「土曜日に流那が来るよ」

「流那って……」

「俺の姪っ子。よければヒナコも来たら?」

「行くっ。行きたいっ。何か持って行った方がいいよね? 好きなお菓子とか知ってる?」

「クッキーが好きだけど……。わざわざ持って来なくても」

「大丈夫だよ。家に買ったばっかりのクッキーがあったから、それ持っていくね」

「ありがとう。流那も喜ぶよ」

「それにしても、高校生で姪っ子がいるんだね。流那ちゃんっていくつ?」

「五歳。だから、小学生から叔父さんなんだよ、俺」

「すごいねえ。有那さんと九歳も離れてるっていうのも驚きだけど」

「じゃあ、土曜日。一人で家に来れる?」

「迷子になったら電話するよ」

「わかった。流那にもお姉さんが遊びにくるよって伝えておくね」

 胸が暖かくなり、どきどきした。やはり母性からか、幼い子と一緒にいるとキュンキュンする。

「おい、何、ニヤついてんだ」

 イヤホンを外した蓮がこちらを見つめていた。

「別に。蓮くんには関係ないよ」

「ふうん……。ならいいけど」

 即答し、視線を逸らした。 

 いつか、すずめが母親になるように、蓮も父親になるのか。柚希や圭麻だって父親になる。その時、どんな姿になっているだろう。愛する妻と我が子を護り立派な男性となるはずだが、実際はどういう未来が待っているのかは誰も知らない。

「ずっと、となりにはいられないんだよなあ……」

 そっと呟いた。こうしてそばにいられるのは後一年ちょっとだ。それからは、みんなバラバラに生きていく。それぞれの道を歩んでいく。決して同じ日々を過ごすことはできなくなる。寂しくなるが、これは仕方ない。また新しい他人と出会い、大人になっていくのだ。

「ヒナコ? 落ちこんでるの?」

 無意識に俯いていて、圭麻が聞いてきた。

「あ、いや……。高校卒業したら、あたしたちってバラバラだなあって考えて」

「そうだね。確かに寂しいよね」

「結婚でもしたら、二度と再会できないかもしれないなって思って」

 涙がこぼれた。すぐに泣いてしまい情けないが、圭麻はその涙を拭ってくれた。

「けど、会いたければいつだって会えるよ。声だって聞けるし」

 圭麻の母は病気で亡くなってしまい、声すら届かなくなった。彼の辛さに比べたら、ずっとすずめは気楽な方だが、やはり心の中はぽっかりと穴が空いていた。

 帰り道は、さらにすずめの気持ちを暗くさせた。蓮と並んで歩いていると、途中でぽろぽろと涙が流れた。

「どうしたんだよ? 急に」

「わかんない……」

「あいつに冷たいことされたのか?」

「圭麻くんに? ううん。何もされてないよ。ただ、とにかく泣きたいの」

 目をこすっていると、蓮が手を握り締めた。そしてブランコがある公園に連れていかれる。

「れ、蓮くん?」

「そんな顔で帰ったら、家族に心配させるだろ。落ち着くまで、ここにいろよ。俺も一緒にいてやるから」

 たまに現れる優しい態度だ。ブランコに乗ると、背中を押された。

「ひゃあああっ。やっぱり押すのっ?」

「お前の背中って押したくなるんだよ。押してくださいって書いてあるんだ」

「書いてないよっ。やめてっ」

 ブランコを止めると、すぐに蓮は頭を撫でた。

「どうして泣きたいのかは知らねえけど、落ち込んでも時間の無駄だぞ。せっかくなら笑って過ごせよ」

「また、あたしのこと馬鹿にしてるでしょ。単純な女だって」

「馬鹿にしてねえよ。男って、女を笑わせようと努力してるんだよ」

「え?」

「泣いてる奴より、笑ってる奴の方が気分いいしな。だから、お前はいっぱい笑っていっぱい幸せそうな顔してればいいんだよ」

「いっぱい笑って?」

 目が丸くなった。大きく頷き、蓮は続ける。

「どうすれば、にっこり笑ってくれるか常に考えてるんだよ。これは俺だけじゃないぞ」

 確かに柚希にクリスマスパーティーに誘われたり、今日だって圭麻に遊びに来ないかと話しかけられた。いつも気を遣って優しくされているのに、すずめはあまり笑っていない。

「……そっか。ただにっこりすればいいんだ」

「うるせえって嫌がられるくらい、大笑いしてろよ」

 男の子の気持ちを蓮に詳しく教えてもらったのは初めてかもしれない。先ほどの冷たい涙は、すでに消えていた。



 翌日から、明るい性格になるように意識した。声をかけられたりおしゃべりをしたり、何をする時も柔らかな表情を心がけた。すると柚希や圭麻もつられたように穏やかで暖かな笑みを向けてくれた。そしてこれは男子だけではなく女子にも効果があった。エミやクラスメイト、知世も同じ態度をとった。ただ一人、蓮だけは相変わらず無表情で、なかなか笑顔は見せてくれなかった。どうしたら蓮を思いっきり笑わせられるのだろう。まだ修行が足りない。


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