五十五話
意外と早く、圭麻の思いは明らかになった。翌日の昼休みに圭麻に呼ばれ、人気のない廊下の隅に行った。
「ヒナコ。この前……。男と一緒に歩いてたよね」
「え?」
「日曜日だよ。誰? あいつ」
「ああ。A組の真壁柚希くん。優しくて素敵で、女の子にモテモテなんだ」
「真壁柚希? ふうん……。仲いいの?」
「まあ、たまに出かけたりするって感じ。日曜日も柚希くんに誘われてね」
「もしかして、ヒナコ……。そいつのこと好きなの?」
どくんと心臓が跳ねた。好きなんだ、と口から漏れそうになり、ぎこちなく誤魔化す。
「かっこいいなあって思ってはいるけど、好きってわけじゃ」
「めちゃくちゃおしゃれして、俺がそばにいる時とは違う笑顔だったけど? デートしてる恋人同士みたいな」
緊張で視線を逸らした。返す言葉がなく俯くしかない。
「正直に話して。あいつが好きなの? 俺が告白しても彼女にならないのは、あいつに惚れてるから?」
ぐいぐいと身を乗り出してきて、ただ首を横に振るだけだ。
「好きだけど、それは友だちとして。惚れてるんじゃないよ……」
圭麻は鋭くすずめを睨んでいたが、やがて長くため息を吐いた。
「……ごめん。あまりにもヒナコが好きで、大好きすぎて、嫉妬しちゃった。何やってるんだろ。俺……」
「嫉妬?」
「俺が見てないところでヒナコが他の男と仲良くしてるなんて嫌だって、馬鹿みたいに妄想してイラついて、一番信じなきゃいけないヒナコを疑ってさ。本当、俺って情けなくてだめ人間だよな……」
蓮も柚希も圭麻も素晴らしい王子様なのに、自分を情けなくてだめ人間と決めつけていることが不思議だった。励ますために大声で叫んだ。
「情けなくないよ。圭麻くんは明るくてにこにこして地味なあたしを好きになってくれたんだもん。自信失くさないで」
「だけど、嫉妬深い男なんて彼氏にしたくないだろ? そのせいでヒナコも彼女になりたくないんだよな」
「違うよ。まだ高校生だから早すぎると思って……。恋人同士になるなら運命の人がいいでしょ?」
「運命の人?」
こくりと頷き、すずめも続けた。
「いつか現れるってあたしは願ってるの。現れないかもしれないけど。今、簡単に相手を選ぶのはよくないって考えてるの。圭麻くんだって、運命の人と恋に落ちたいでしょ?」
「運命の人か……。ヒナコってけっこうロマンチックだな」
柚希に言われなかったら、すずめも運命の人なんて言葉は浮かばなかった。真剣な眼差しのすずめの頭を撫でて、ようやく圭麻は微笑んだ。
「そうだね。俺も運命の人とお付き合いしたいな」
「たぶん、圭麻くんの運命の人はあたしじゃないと思う。大人になっていろんな人と関わっていくうちに、すっごく美人な女の子がやって来るはずだよ」
「俺はヒナコって決めてるんだけどな」
「この世の中には数え切れないほど女の子がいるよ。圭麻くんにぴったりの彼女が見つかるよ」
だが圭麻は首を横に振って信じようとしなかった。おまけに耳元で囁いた。
「今度、デートしようよ」
「デ、デート?」
「真壁柚希と歩くなら、俺とも歩いてほしい。それとも俺なんかと歩くの嫌かな?」
ふと、蓮と一日だけ恋人同士になった日が蘇った。あの時、彼氏の前で他の男の話をするなと蓮に叱られた。つまり、圭麻しか見えていない。圭麻しか頭の中にない状態になるのだ。
「……だめかな」
少し弱々しい声に、すずめは笑って答えた。
「ちょっとどきどきするけど、いいよ。いつにしようか?」
「ヒナコが決めて。休日ならいつでも暇だから」
「じゃあ、土曜日の十二時に。駅前で」
「わかった。ありがとう」
約束をした後、未だに電話番号交換していないのに気付いた。すぐにお互いの番号を教え、すずめは三人の王子と繋がった。最近は、ほとんどエミと連絡を取っていない。男心がわからないのだから同じ女のエミと過ごせばいいのに、なぜか男子と付き合おうとしている。
「デート、楽しみにしてるよ」
元の圭麻に戻り、すずめもほっとした。「あたしも」と頷き、うまく誤魔化せられた。
「どうしたんだ? あいつ。すっかり機嫌直ってるじゃねえか」
呆れたように蓮が聞いてきた。ははは……と苦笑して、すずめも答える。
「どうやら、あたしが柚希くんと歩いてたのを嫉妬したみたいで」
「歩いてた?」
「日曜日に二人でお出かけしたの。あたしがおしゃれして幸せそうにしてたのが気に障ったんだって」
「へえ……。で、自分は真壁が好きだって告白したのか」
「するわけないじゃん。好きだけど友だちとしてって伝えたのよ。そうしたら許してくれた……のかな? 急にデートしようって言われて。いいよって約束したら、元に戻ってくれた」
「ふうん……。お前って性格悪いな」
「え?」
驚いて目を丸くした。予想していない言葉だった。
「性格悪いの?」
「それって嘘ついたってことだろ。とりあえず面倒くさいから、適当に言い訳して逃げたって意味だろ。本当はデートだって行きたくないんじゃねえの。もしあいつが知ったらショック受けると俺は思うけどな」
「別に……。逃げるつもりで約束したんじゃ……」
「俺だったら、そんな女と仲良くしたくねえな。作り笑いして、胸の奥では他の男のこと考えてる奴なんて。仕方なくデートに付き合ってやるなんて最低としか呼べねえよ」
かなりきつい言葉を食らってしまった。確かに好きなのは柚希の方で、圭麻とは彼女にならないようにすり抜けている。もちろん圭麻は好きだしかっこいい王子様だと褒めているし、地味なすずめをここまで愛してもらって感謝で満ち溢れているし、嫌いではないのだが……。
「あ、あたしって、最低女なのかな……」
俯いて呟くと、腕を組んで蓮は即答した。
「少しは男の気持ちも考えろ。最低かどうかは自分でわかるだろ」
冷たい口調に、ぼろぼろと涙がこぼれた。圭麻に酷い態度をとってしまったと自己嫌悪に陥った。
「もし悪いと思うんだったら、デートものすごく楽しんで、満面の笑みを見せてやれ。あいつの彼女になってやるんだよ」
「圭麻くんの彼女に……」
ごしごしと目をこすった。泣いたってしょうがない。過去は戻らないのだから、これから圭麻の喜びそうなことをするだけだ。
「そ、そっか。蓮くん、いろいろと教えてくれてありがとう……」
そっと囁いたが、聞こえなかったのか蓮は歩いて行ってしまった。
女だから男の気持ちが理解できない。しかし、だんだんと男とは繊細で傷つきやすいのかもしれないとうっすらと見えてきた。実は女の方が強いとどこかで耳にしたが、間違いではないみたいだ。特に子供を産んだ女性はとてもしっかりして、ちょっとやそっとではびくともしないらしい。
「そうだよね。護るのは自分だけではないんだもん……」
独り言を漏らし、はあ、と息を吐いた。死ぬほどの痛みを乗り越えて、愛の結晶を命がけで護り抜く。いつか、すずめもそういう日が来るのかもしれない。
デートは柚希の時よりもおしゃれをして、完全に圭麻と恋人同士になろうと決めた。圭麻しか見えていない。圭麻しか頭の中にない。そして他の男の名前は一切口に出さない。お互いに暖かく、素晴らしい一日にするのだ。




