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五十四話

 日曜日。十一時に図書館の前で待っていると、柚希が笑顔で駆け寄ってきた。制服より私服の方が新鮮でさらにかっこよく映る。すずめもそれなりにおしゃれをしてきたが、残念ながら地味でぱっとしないため魅力は生まれなかった。行く当てはなく並んで歩いて、たまに店を覗いてみるというだけだ。途中で喫茶店でお茶をした。紅茶に砂糖を混ぜている柚希に、そっと聞いた。

「本当、柚希くんって甘いもの好きなんだね」

「うん。男なのに変だよね」

「変ではないけど、あんまり体にはよくないよね」

 上から目線で言ってしまい口を閉じたが、柚希は軽く受け取ってくれた。

「やっぱり、すずめちゃんもそう思う? 母さんからもやめろって怒られるんだ。そろそろ自分に厳しくしないとだめかな?」

「ちょっとずつ気を付けていけばいいんじゃない? あたしも太っちゃうから甘いものたくさん食べちゃいけないんだよなあ……」

「そう? すずめちゃん痩せてるから食べても平気だよ。ダイエットしなきゃって悩んでるの?」

「女だからおしゃれしたくて。ケーキ三個バカ食いしたりするんだ」

「それはびっくり。俺と一緒に糖分減らしていこう」

 柔らかく穏やかな柚希に胸が高鳴った。村人の自分が、なぜ王子様とお茶を飲んでいるのだろう。この笑顔を独り占めできているのだろう。クラスも違うし以前は眺めることしかできなかったのに、ここまで距離が縮んだのはどうしてなのか。柚希だけじゃない。蓮と圭麻だってそうだ。誰かに紹介されたわけでもなく街中で偶然出会ったのに、今じゃエミよりもそばにいる。圭麻には告白までされている。

「……柚希くんって、好きな女の子はいないの?」

 ふと疑問が生まれた。驚いた表情をしてから首を横に振った。

「まだいないよ。もしいたとしても、フラれるんじゃないかなって怖いし」

「柚希くんがフラれるなんて、間違ってもないよっ」

 慌てて答えると、柚希はきょとんとして聞き返した。

「そうかな? 俺って情けないよ。高篠くんみたいに喧嘩強くないし、天内くんみたいに女の子慣れしてないし。かっこいいって褒められるけど、実は全然できそこないだよ」

「そんなこと言わないで。柚希くんには、優しさとか思いやりとか素晴らしい良さがあるのに」

 中学一年生の夏祭り、柚希に一目惚れした時が蘇った。あのときめきはいつまでも忘れられない。喧嘩が弱くても女の子に慣れていなくても、柚希には数え切れない長所があるのだ。

「すずめちゃんに言われると照れちゃうなあ……。どうもありがとう」

「柚希くん、自分を馬鹿にするなってあたしに話したよね? じゃあ柚希くんも自分をできそこないって悪く考えちゃだめ。もっと自信もって、きらきら輝いてる柚希くんが見たいよ」

「そっか。落ち込んでちゃいけないね。よし、これからは男らしく生きていくよ」

「頑張って。あたし、応援してるよ」

 にっこりと笑うと、柚希も質問してきた。

「すずめちゃんは、天内くんとお付き合いしてるんだよね?」

「え?」

「あれ? クラスメイトが、そう噂してたけど……」

「恋人同士じゃないよ。圭麻くんが、勝手にそう決めてるだけ」

「じゃあ天内くんの片想いってこと?」

「う、うん。別に圭麻くんが嫌いで彼女になりたくないって意味じゃないの。ただ高校二年生では早すぎるから」

 まさか柚希が好きだからとは告白できず、動揺を隠しながら誤魔化した。柚希も大きく頷いて納得したらしい。

「もしかしたら、これから好きな人が現れるかもしれないしね。運命の人に」

「運命の人かあ……。どこにいるんだろう? いつか出会えるのかな?」

「さあ……。俺には想像できないけど。前向きに待ってよう」

 柚希は男子なのにロマンチックで、それもまたキュンキュンした。絶対に蓮だったら、そんな奴いるわけないだろと馬鹿にされるはずだ。圭麻は逆に、俺が運命の人だよと答えるに違いない。

 喫茶店を後にし、しばらく歩いていると突然彼に手を繋がれた。はっと視線を向けると、耳元で囁かれた。

「このまま、すずめちゃんを家に連れて帰りたいよ」

「え……? でも、お母さんにバレたら」

「何されるかわからないよね。だから連れていけない。……ストレスとプレッシャーで爆発しそうだよ……」

 ふと柚希の瞳が潤んでいるのに気付いた。母親に傷つけられ辛く悲しい思いで胸がはち切れそうなのだ。蓮とほぼ同じ。こちらは言葉の虐待だ。

「あたしも、できるなら柚希くんのそばにいたい。それで心が軽くなるんだったら……。だけど村人だから、女王様の命令には従わなきゃ」

「村人って?」

「ううん。何でもない」

 首を横に振ると、柚希に抱き締められた。どきどきと鼓動が速くなっていく。ずっとこうしていられたらいいのに。誰にも邪魔されず、大好きで憧れの王子様と触れ合っていたい……。しかし五時の鐘が鳴り、はっと体が離れた。

「……そろそろ帰ろうか。近くまで送っていくよ」

「ううん。大丈夫だから。誘ってくれてどうもありがとう。楽しかったよ」

 感謝を告げると、柚希は寂しげに微笑んだ。

 家に帰ってからも、胸の高鳴りは治まらなかった。愛しの王子様に抱き締められ、ときめきが溢れていく。彼女というわけではないが、特別扱いされていると優越感に浸る。柚希はこれまで女子とキスをしたりハグをしたり手を繋いだ経験もなかった。しかし現在はすずめと体験している。

「ふわあ……。柚希くん。かっこよすぎ……」

 ベッドに寝っ転がると、そのまま眠りについた。



 翌日は、朝から圭麻の機嫌が悪かった。おはようも言わないし、蓮と同じくにこりともしない。ぎくりとして、そっと聞いてみた。

「圭麻くん? どうしたの?」

「別に。どうもしてないよ」

「だけど、すごくイライラしてるって顔だよ? お、怒ってるの?」

「怒ってないよ。いつも通りだよ」

 口調は固くぶっきらぼうで、さらに冷や汗が流れていく。やはり男の気持ちが理解できない。急に笑ったり急に怒ったり、女のすずめには予想できない。

「ね、ねえ。蓮くん」

 となりにいる蓮に質問してみた。

「今日の圭麻くん、おかしくない? 一体どうしたんだろ? 嫌なことでもあったのかな?」

 圭麻の方に視線を移してから、蓮は答えた。

「知らねえよ。俺じゃなくて本人に」

「聞いたよ。怒ってるの? って。だけど圭麻くんは怒ってないしいつも通りって話してて……」

「じゃあ不安にならなくてもいいじゃねえか。怒ってもないしいつも通りなら」

「でも、あんなに黙ってる圭麻くんは見たことないよ。絶対イライラしてるんだよ」

 すずめが焦って言うと、蓮は手をひらひらさせて答えた。

「悪いけど俺に相談しないでくれ。あいつの機嫌が直るまでそっとしておけばいいんじゃねえの」

 何とも素っ気ない言葉で、がっくりと項垂れた。確かに圭麻が教えてくれるまでは、しつこくしない方がいい。余計な行動はしないと決めた。




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