五十話
さらに事件が起きたのは、それから二週間経ってからだった。すでにすずめも蓮も圭麻を記憶から消して、普通の学校生活を送っていた。しかしある朝、転入生が来ると担任から伝えられた。
「天内くん、入って」
呼ばれて現れた圭麻は、陽ノ岡の制服を着ていた。夜ツ木から変えたということか。すずめは心臓が止まりそうなほど驚き、蓮に視線を移動させた。蓮もかなり衝撃を受け、そっと囁いた。
「知らないフリしろよ」
「フリって……。向こうは覚えてるんだから、どうしようも……」
「えっと、天内くんの席は」
担任が教室を見渡すと、にっこりと笑って圭麻は話した。
「先生、俺、日菜咲さんのとなりがいいです」
クラスメイトが全員、すずめと蓮に注目した。なぜすでに名前を知っているんだ、と表情でわかった。
「あ、あのね。日菜咲さんのとなりは高篠くんって決まってるの。だから」
「どうしてですか。いつそんな決まりができたんですか」
むっとして圭麻が言い返すと、焦りながら担任は答えた。
「日菜咲さんの後ろは空いてるけど。それでもいい?」
「ふうん……。まあ、後ろでもいいか」
ぶつぶつと呟いていたが、圭麻は小さく頷いた。
椅子に座ると、さっそくすずめにちょっかいを出してきた。
「ヒナコ。今日から俺も陽ノ岡の生徒だよ。学校の案内とか校則とか、いろいろと教えてね」
「ヒナコ?」
くるりと振り向くと、圭麻は優しく微笑んだ。
「可愛いニックネーム考えてみたんだ。どう? 気に入ってくれた?」
「うるせえな。ちょっと黙れよ」
蓮の冷たいセリフが飛んできた。ふん、と圭麻は生意気そうに即答する。
「お前に話しかけてるんじゃないよ。ヒナコに話しかけてるんだ」
「耳障りだって言ってるんだ。大体、何のために学校に来たんだ」
「そりゃあ、もちろんヒナコと仲良くするためだよ。他校じゃなきゃ電話番号交換していいんだろ?」
そういうことか、とようやく意味がわかった。すずめと距離を縮めたいのもあるが、別れた元カノの顔を見たくないのもあるかもしれない。蓮にとっては邪魔で仕方のない存在だが、学校の中は人が多すぎる。喧嘩をしたくても我慢するしかない。いつ爆発するかと、すずめも冷や冷やだ。昼休みも圭麻はついてきた。
「へえ……。こんな空き教室でお弁当食べてるの?」
「うん。ここでしか二人きりになれないから」
「もしかして、みんな蓮のこと怖がってるとか?」
「は?」
勢いよく蓮は立ち上がり、圭麻を睨みつけた。
「馴れ馴れしく下の名前で呼ぶなよ」
「もっと仲良くしようよー、高篠蓮くん。俺も圭麻って呼んでいいんだよ?」
「呼ぶか。俺は女好きとは死んでも関わりたくねえよ」
「蓮くんも圭麻くんも落ち着いてっ。早くお弁当食べないと昼休み終わっちゃうよっ」
すずめが間に入ると、ふう……と息を吐いて、二人は視線を逸らした。とはいえ、目が合っていなくても火花は飛んでいる。すずめは完全に板挟みで、ほとんど弁当の味はしなかった。
帰り道は、蓮がずっと文句を吐いていた。
「何しにきたんだよ。あのにやけた面、これから毎日見なきゃなんねえのか」
「いらいらしないで。愚痴っても意味ないよ」
「お前も、嫌なら嫌だって言えよ。まだ会って数回なのに、べたべた触られて気持ち悪くないのかよ」
「あたしはそんな風に考えてないよ。にこにこしてて、優しい人だなって」
「油断してたら酷い目に遭うぞ。あいつに襲われて妊娠したらどうするんだ」
「妊娠はしないよ。あたしだって襲われそうになったらガードするし、馬鹿じゃないんだから」
「次、話しかけてきたら、ぶん殴ってやるっ」
「やめてっ。喧嘩だけはしないでっ」
ぎゅっと背中から抱きしめると、蓮も長いため息を吐いた。
「……わかってるよ。喧嘩はしねえよ。ただ俺はお前が傷つくのが嫌なんだよ」
「え? あたし?」
「どう考えても騙される性格だろ。何かが起きてからじゃ遅いんだぞ」
頭を撫でられ、ぽっと頬が火照る。そのすずめを見て、蓮が笑う。
「まあ、その素直で他人を疑わないっていうところは、お前の長所だけどな」
「そ、そう? 嬉しいなあ」
「自分だって、たくさん触ってるじゃないか」
遠くから圭麻の声が飛んできた。大股で歩み寄ってくる。
「蓮の方こそ、ヒナコのこと狙ってるんじゃないの? 彼氏でもないのに、ずっとそばにいてさ。こっそりいやらしいこと考えてるんじゃないのか?」
「こいつには世話になってるんだよ。いつも助けてもらってるんだ」
「へえ……。だから自分もヒナコを助けてあげたいって? 素晴らしい関係じゃないか」
褒めているのかけなしているのかよくわからず、すずめは戸惑った。圭麻は腕を伸ばし、すずめの手を握り締めた。
「俺、ヒナコに惚れてるんだよ。彼女にしたいって思ってる」
いきなりの告白に、すずめも蓮も固まった。圭麻は言うことがストレートで冷や冷やさせる。
「ねえ。ヒナコは俺のこと好き? 嫌い? どっち?」
突然質問されても答えられない。
「い、いや……。そんなこと……」
「俺と付き合ってくれない? だめかな?」
「ま、まだ会って数回だから、もうちょっと経ってからじゃないと」
「もしかして、他に好きな男がいるって意味?」
柚希の姿が頭に浮かぶ。蓮が横から余計な話をしないかびくびくしながら首を横に振った。
「別に、そんなわけじゃ」
「まあ、好きな男がいてもいなくても、俺たちは恋人同士になれるよね」
ふふん、と偉そうな口調で圭麻は蓮に話した。
「というわけで、ヒナコに馴れ馴れしく触らないでもらえる? 俺の女だから。蓮は無関係なんで」
驚いていたが、蓮は舌打ちをして走って行ってしまった。蓮くん、と呼ぼうとしたが、圭麻に口を覆われた。蓮の姿が完全に消えると手が放れた。
「圭麻くん。今のは蓮くんが可哀想だよ。まだあたしたち恋人同士じゃないのに。せっかく蓮くんと仲良くなりかけてたのに、これじゃふりだしに戻っちゃうよ」
「ヒナコは、蓮と仲良くなりたいの?」
冷たい圭麻の声にぎくりとした。
「え?」
「あんな奴どうだっていいじゃん。目つきも口も悪いし、頭に来たらすぐ手が出て、とっつきにくいったらないだろ。あんな奴と仲良くしたいって思う人なんかいないよ? それなのに、どうして付き合おうとするんだよ」
確かによくよく考えたら圭麻の言う通りだが、なぜかいつも蓮を追いかけてばかりいる。そばにいたいと願っている。
「一人にさせたくないの。寂しいんじゃないかって……」
「寂しい? ちっとも寂しくないよ。一人でいる方が気楽って感じじゃないか」
「そ……うかもしれないけど、でも……」
「とにかくヒナコ。蓮に近づくのはやめるんだよ。あいつと関わってもろくな目に遭わないよ。可哀想なんて同情しても時間の無駄だよ」
ぐいっと腕を掴まれた。返す言葉はなく、仕方なく頷くことしかできなかった。




