四十六話
初詣当日になった。駅前で待っていると、エミが駆け寄ってきた。
「ごめん。遅れちゃって」
「いいよ。それよりさっさと行こう」
「時間がもったいないもんね」
そして電車に乗り込んだ。初詣をしに行くのは、三駅離れた寺だった。毎年そこで初詣をしている。人気なため朝早くに向かってもごった返しており、着物では歩けない。今年も大勢の人で混んでいた。
「うわあ……。歩けないよー」
「頑張るんだよ。ほら、すずめ。手握って」
ぎゅっとエミの手を掴み、もみくちゃにされながら前に進む。ようやく寺が見えてきて、ほっと息を吐いた。賽銭箱に小銭を投げ入れお祈りをし、おみくじを引きに行った。そしてその長蛇の列に驚いた。
「ええ? おみくじでこんなに並んでるの?」
「うーん。今年は諦めようか」
エミに言われ、すずめは首を横に振った。
「けど、せっかく初詣に来たのに。あたし、おみくじ大好きなんだよー」
「そうだけど……。あたしは悪いけどやめる」
もともとエミは、占いやおまじないなどを信じないタイプだ。すずめは逆に信じる方なので、おみくじも必ず引くようにしている。
「じゃあ、エミは待ってて。あたし一人で並んでくる」
伝えると、いきなり背中から強く押された。もろに当たったすずめは、前のめりに倒れた。
「いたた……」
立ち上がると、視線の先にはカップルが立っておしゃべりしている。
「何あれ? 絶対わざとぶつかってきたんだよっ」
怒るエミの腕を掴み、苦笑して答えた。
「いや、たくさん人がいるんだから。仕方ないよ」
「どうだろうね。あたしは、どう考えてもわざとぶつかってきたとしか思えなかったけどね」
じっとカップルを睨めつけ、エミはいらいらしていた。
さらにカップルは、おみくじの列にも割り込みしてきた。さすがに、すずめも頭に来たが、彼女が「邪魔なんだよ」という目線で見つめてきたため、俯いて文句は言わなかった。ようやく自分の番になり、どきどきしながら引くと小吉だった。これだけ並んで小吉とは残念でならない。気分がよくなく、おみくじを結んでなかったことにした。しかし結ぶ場所も込み合っていた。すずめは背が低いのもあって、またもみくちゃにされた。
「ああもう……。前に行けないよー」
項垂れると、素早く手からおみくじが奪われた。はっと目を丸くすると、先ほどのカップルの彼氏が、おみくじを結んでいた。
「え? あ、あの」
にっこりと笑い、彼氏は申し訳なさそうに謝った。
「ごめんね。俺の彼女が体当たりして……。怪我しなかった?」
「怪我なんて……。大丈夫です。それより結んでもらっちゃって……」
「これくらい、どうってことないよ。怪我してないならよかった。じゃあ俺は行くね」
柔らかく微笑み、彼氏は手を振りながら歩いて行った。
「な……何……あの人。……かっこいい……」
鼓動が速くなっている。この胸の暖かさは、柚希を初めて見た衝撃と同じだった。あんなに素敵な人と会話できたなんて……。
「柚希にそっくりの王子様がいた?」
電車の中で、エミに詳しく教えた。
「背の高さも同じくらい。髪は染めてるのかこげ茶で、くせっ毛だったな。しゃべり方や笑い方も似てて……。さっき、あたしにぶつかってきた子の彼氏だよ」
「あたしは女の方しか気にしてなかったから。へえ……。あの女、性格悪そうなのに彼氏はちゃんとしてるんだ」
「いつも、ああやって謝ってるのかな? だとしたら可哀想だよね」
「付き合うって決めたのは自分だし仕方ないよ。しかし、こんなに近くに王子様がもう一人いるとはねえ。第二の王子の登場か」
その時、蓮の姿が浮かんだ。完全にエミは蓮を忘れているが、すずめにとっては三人目の王子様だった。性格を抜きにすれば、蓮も充分王子様と呼べるのだ。名前を付けるとすれば、柚希は穏やか王子、蓮は冷ややか王子といったイメージだ。
「陽ノ岡で見かけないとすれば、他校の生徒かもしれないね」
「そっか。また会いたいな」
エミは首を横に振って即答した。
「会ってもしょうがないでしょ。すでに恋人がいるんだもの。仲良くなるのは無理だよ」
「もちろん、仲良くなりたいとは思ってないよ。ただ、エミにもどういう男の子か知らせたくて。百聞は一見にしかずっていうじゃない」
「別に、あたしは男に興味ないし、どうでもいいよ」
エミが苦笑すると、電車が止まった。
「おみくじはいまいちだったけど、かっこいい王子様と出会えて嬉しかったなー」
今年も楽しくなりそうだと、期待で胸がいっぱいだった。
男に男を褒めても意味はないのに、家に帰ると蓮に電話をかけた。しばらく待って、眠そうな声が耳に入る。
「何だよ」
「もしかして寝てた?」
「寝たらいけないのかよ」
ああ言えばこう言う……。だが、これはすでに慣れっこだ。
「さっき初詣に行ってね。めっちゃ素敵な王子様に会ったんだ。柚希くんの双子みたいな」
「……へえ……。よかったじゃねえか」
「それだけ? どういう顔で、どんな姿だったかとか知りたくないの?」
むっとして言い返すと、蓮は抑揚のない口調で呟いた。
「……あのな。俺は男なんだぞ。俺が、そいつがどういう顔でどんな姿だったか聞くわけないだろ」
「え? あ……。そ、そうか……。これって女の子同士でする話だね」
「じゃあもう切るぞ。俺は眠いんだ」
そしてすずめの返事を待たずに、一方的に電話が切れた。ふう……と息を吐いて、ベッドに寝っ転がる。
「やっぱり男の子の気持ちってわからないや」
普段、女の子としているおしゃべりは男子には興味がないことだし、柚希なら付き合ってくれるかもしれないが蓮は逆に不機嫌になる恐れだってある。男女共通で盛り上がれる話題など、どこかに落っこちてはいないか。
それにしても、あの彼女はどうやって王子様と恋人同士になれたのか。ぶりっ子を使い、彼の心を射止めたに違いない。すずめにも、その力を伝授してもらいたいものだ。
冬休みが終わり、学校が始まった。相変わらず柚希はモテモテで、すずめは蓮と二人きりで過ごしている。問題もなく、ゆっくりと時間が経っていく。一つ変わったのは、蓮が眠くてしょうがないと常に欠伸ばかりしていることだ。原因は不明だが病気ではなさそうなので、気が済むまで寝たらいいとアドバイスをしておいた。授業中でもぼんやりしているし、たまにすずめに寄りかかってきたりする。蓮の方が重いため疲れるが、無理矢理起こそうとはせずに黙って寄り添ってあげている。本人にはバラせないが、この寝顔が子供っぽくて可愛らしい。高校生だし、すずめにも母性が宿り始めているのか、胸がキュンキュンする。頼られていると嬉しいし、距離が縮んでいくと安心する。
「……蓮くんのお母さんって、どういう人なんだろう?」
こっそりと独り言を漏らす。あまり子供想いではなさそうだと想像しているが、一度だけでも会ってみたかった。




