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四十五話

「あと五分で新年だよっ」

 キッチンに向かって叫ぶと、蓮がこちらにやって来た。

「カウントダウンってこれか……」

「うん。アメリカにはカウントダウンってないの?」

「いや。俺は見たことねえからな。いつも気づくと新年になってたってだけ」

「もったいないなあ。蓮くんは、こう……。どきどきしたり、わくわくしたりするものはないの?」

「さあな。探せばどこかにはあるかもな」

「受け身じゃだめだよ。自分から近づいていくんだよ」

 そして腕を組み、うーん……と考える。

「やっぱり、男の子の気持ちはわからないなあ」

「当たり前だろ。女なんだから。俺も女の気持ちなんかわかんないぞ」

「人間なのは一緒なのに。不思議だよねえ」

「大体でいいんだよ。とりあえず、相手に嫌われそうなことだけはやめておけば。そうやって大体でうまく付き合って、恋人になったり結婚したりするんだろ」

 蓮の口から恋人という言葉が出てきたのが意外だった。じっと見つめると、蓮は聞いてきた。

「何だよ。おかしいか?」

「そうじゃなくて。蓮くんって恋人ほしくないんだよね? それなのに恋愛について、あたしよりずっとよく考えてるなあって」

 そっと視線を逸らす。なぜか固い口調で答えた。

「今はほしくないってだけだ。大人になって好きな女が現れたらほしくなるかもな」

「ふうん……。蓮くんって、どんな女の子が好きなの?」

「知らねえよ。まだ出会ってないんだから」

「そっか。あたしの予想では、美人でお姫様みたいな子だと思うよ。蓮くんが英語ペラペラだから、相手も外国人じゃないかな?」

「だから決まってねえって。お前は真壁か」

「うーん……。柚希くんが理想だけど、なかなか難しいよ。できれば優しくて穏やかでにこにこ笑う素敵な男の子が」

「おい。あと一分だぞ」

 はっとテレビに視線を移す。確かにカウントダウンの数字が表示されている。

「ひゃああ……。来るよっ。新しい年がっ」

「それくらいで盛り上がれるの、羨ましいな……」

「こら。蓮くんもカウントダウンするの。……あと十秒だよ。はいっ。さーん、にーい、いーちっ。わああっ。あけましておめでとうっ」

 両手を上げてバンザイをしたが、蓮は無表情で興味がなさそうだった。

「ちょっと。新年なのに、もっと嬉しそうな顔してよ」

「ただ時間が経っただけだろ。どこが嬉しいんだよ」

「お祝いなんだよ。時間が経っただけって言ってるの、蓮くんしかいないよ」

 むっとして言い返す。横を向いて面倒くさげに呟いた。

「しょうがねえな。あけましておめでとう。これでいいか」

「しょうがないなって……。蓮くんってひねくれ屋だよね。他人と同じことしたがらないの。もっと協調性を持ちなよ。これから社会に出たら困ると思うよ」

「お前だって、他人と同じことしてないだろ」

「へ? あたし?」

「クラスメイト全員が俺を怖がってんのに、お前だけは近づこうとして。クリスマスパーティーや大晦日も俺と過ごしてるし。憧れの真壁と仲良くするべきなのに」

「そりゃあ、柚希くんと仲良くなりたいよ。だけど、柚希くんは王子様だから簡単にはいかないの」

「厳格な女王まで現れたしな。もっと距離が遠くなったな」

「本当。柚希くんと話するな、だもん。たぶん柚希くんは返事してくれるだろうけど」

 ふう……と息を吐く。すると蓮はテレビを消してクラシック音楽をかけた。疲れているすずめを癒すためか。

「この曲……。素敵だね」

「俺も気に入ってる。ところで音楽プレーヤーは使ってるのか?」

「まだなの。CDを借りる暇がなくて」

「だったら俺のを貸してやるよ。好きなもの持っていけ」

 どきりとした。少しだけ蓮の優しさが伝わる。コンポの近くに行くと、たくさんのCDから三枚を選んだ。

「これ聴いてみたいな。いい?」

「どうぞ。返すのはいつでも構わないからな」

「ありがとう。蓮くんって、たまにいい人だよね」

「たまにって何だよ」

「えへへ。でも感謝はしてるよ」

 にっこりと笑うと、蓮も小さく笑った。

 気付くと0時を過ぎていたため眠ることにした。すずめはベッド蓮はソファーで寝ると、すでに決まっている。寝っ転がって、すずめは話した。

「このベッドってモフモフだよねえ。あたしのベッドって固いから、羨ましくなっちゃうよ」

 枕を頬ですりすりすると、蓮は頭を撫でた。

「いつかは買い替えるつもりだけどな」

「どうして? もったいないー」

「彼女ができたらな。お前が言ってたエッチをしやすいように、ダブルベッドにするんだよ」

 ぼぼぼっと全身が炎のように燃え上がる。

「も、もうエッチは忘れてよっ」

「忘れるわけねえだろ。じゃあ、しっかりと寝ろよ」

 答えると、蓮は部屋の電気を消した。

 真っ暗闇で、すずめは不思議な思いに気づいた。初めてというのもあるが、柚希の部屋より蓮の部屋の方が落ち着くのだ。いつもそばにいるからか、すずめは蓮を怖がったり疑ったりする心は完全になくなっていた。すっかり蓮に慣れ切って、誰よりも信頼している存在だ。とはいえ、蓮はすずめをどう感じているのか不明だし、いきなり態度を変えることもある。仲良しの友人になれるかといったら、それは無理だ。



 朝の光がカーテンから覗く。ゆっくりと起き上がり部屋から出ると、リビングに移動した。ソファーには熟睡している蓮が横たわっていた。ジャンバーを着て、音を立てないように静かに外に行く。近所のコンビニに向かうと、弁当を二つ買ってマンションに戻った。まだ時間が早いため客は少ないという予想が当たり、パジャマ姿でも変な風には見られなかった。帰ってくると、蓮はテレビをぼんやりと観ていた。

「お弁当買ってきたよ」

「家に帰ったと思った」

「帰らないよ。まだパジャマなのに」

 そっと蓮はこちらに視線を向けた。こんなに寝ぼけまなこなのは見たことがない。

「適当に買ったものだけど、とりあえず食べて。お腹空いてるでしょ」

 テーブルに置くと、そっと俯いて呟いた。

「新年早々、嫌な夢見た」

「嫌な夢? どんなの?」

「昔の出来事だ。お前に話してもわからないだろ」

「少しくらい、自分の過去について教えてくれたっていいじゃない」

「お前の母親は、子供想いで優しい性格なんだろ? なら通じない」

 さらに意味深になっていく。どきどきしながら聞いてみた。

「蓮くんのお母さんは、子供想いでもないし優しくもないの?」

 しかし蓮は黙ってしまった。弁当を開け、ゆっくりと食べ始める。すずめも同じように食べた。

 朝食が終わり、すずめは部屋でパジャマから服に着替えた。蓮はテレビを観続けている。「あけましておめでとう」の声が、リビングから聞こえてくる。荷物を持って彼の元に行くとテレビを消した。

「帰るのか?」

「うん。今年もよろしく」

 蓮からも「よろしく」という返事が飛んでこないか期待したが、それは叶わなかった。玄関までお見送りをしてもらった。

「気をつけて帰れよ。まあ、すぐ近くだけど」

「大丈夫だよ。子供じゃないんだし。そういえば、今年あたしたちって二年生になるね」

「二年生か。もっと勉強は難しくなるな。ちゃんとついてこいよ」

「平気だもん。蓮くんこそ、余裕って馬鹿にしてちゃだめだよ」

「わかってるって。じゃあな」

 頭を下げて、すずめは冷たい空気に包まれて歩いた。

「あ、すずめ。あけましておめでとう」

 家に帰ると、知世に声をかけられた。

「あけましておめでとう。今年もよろしくね」

 知世には、エミとカウントダウンをすると嘘をついた。同い年の男子など、絶対に反対されるに決まっている。

「おせち作ってあるよ。食べたら?」

「やったあっ。お母さんのおせち大好きっ」

 ぴょんぴょんと飛び跳ねて走って行った。テーブルのおせち料理に胸がときめく。

「おいしい。これだけで幸せになれるよ」

 感動しながら、ふと蓮の姿が蘇った。蓮の母は一体どういう性格なのだろう。子供に嫌がられるのだから、とても愛情深いとは予想できない。手作りの弁当を渡したら喜んでいたし、外科医の息子なのに怪我なんて自然に治ると考えていたし、かなり放っておかれたのかもしれない。子供ではなく自分を優先するというのは柚希の母も一緒だ。

「おせち、食べさせてあげたい……」

「え? 何?」

 独り言が知世に届いていたらしく、慌てて首を横に振った。

 部屋に戻ると、エミから電話がかかってきた。

「すずめ、あけましておめでとう。今年もよろしくね」

「こちらこそよろしく」

「で、日曜日に初詣行かない?」

「初詣? いいよ。行く行くっ」

「じゃあ、十一時に駅前で」

「OK。楽しみにしてるね」

 短く答えて電話を切った。女の子同士の会話は、迷いも不安もなく気楽にできる。なぜ男子だとうまくいかないのか。言葉だけではなく目つきや手の動きさえぎくりとする。特に蓮は柔らかく穏やかな態度をとらない、とっつきにくいタイプだ。

「……初詣、柚希くんに会えたらいいな……」

 ふっと微笑んで、カレンダーに「エミと初詣」と書き込んだ。


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