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四十四話

 遅れるとまずいので、四時に家を出た。蓮の姿はなくブランコに座って空を眺めていた。しばらくして蓮は現れた。

「もう来てたのか」

「遅かったら怒るでしょ」

「まあ、怒るけど」

 ふう……と息を吐いて、すずめはクリスマスパーティーの出来事を全て打ち明けた。腕を組みながら蓮は聞き、そっと呟いた。

「ちゃんと病院に行っておけよ」

「え? でも痛みはもうないよ」

「そうじゃなくて、妊娠してないか検査するんだよ。二人で寝たんだろ」

 ぼっと頬が赤くなった。慌てて叫ぶ。

「寝たって、そういう意味じゃないよっ。妊娠なんかしてないよっ」

「どうかな。寝てる間にいろいろされたんじゃねえの?」

「されてないよっ。蓮くんのエッチ!」

「というか、お前が危機感なさ過ぎなんだよ。同い年の男の部屋で無防備に寝るなんて、普通はしないぞ。俺が言うのも変だけど、男はみんな狼だって考えろよ。そのせいでキスまでされてるじゃねえか」

 図星だったため、がっくりと項垂れた。

「狼か……。まあ、あたしも油断しまくりだったよ」

 しゅんとして、ぽろりと涙が零れた。蓮はツリ目の瞳を大きくした。

「別に泣かなくたって」

「最近、あたしおかしいの。悲しくもないのに泣いたりして。ずっとずっと大好きだった柚希くんにキスされても、全然嬉しくなくて……。むしろ空しさでいっぱいなの」

 ごしごしと手で涙を拭うと、蓮は即答した。

「そりゃあ、好きでされたんじゃないからだろ」

「え? 好き?」

「好かれてキスされたら嬉しいだろ。けど、ただ寝ぼけてキスしたってだけなら、ちっとも感動なんかしねえよ」

 なぜか蓮がキスについて語っているのが不思議だった。しかし全く持ってその通りだった。

「キスって、愛し合ってる人とするものだもんね。あれはキスじゃないんだ。唇が触れ合ったってだけだね」

 もっと胸の中が暗くなりぼろぼろと涙が溢れてくる。怪我はするし悪口は言われるし、とんでもないクリスマスパーティーとなってしまった。柚希に誘われても、もう二度とパーティーに行かないと決めた。すると、ドンッと背中を押された。

「ひゃあああっ。危ないでしょっ。ブランコ乗ってる時にいきなり押すのやめてよっ」

 足で止めると、蓮がぎろりと睨み付けてきた。

「そうやってくよくよすんなよ。お前は馬鹿みたいに明るく笑ってればいいんだよ。泣いたり悩んだりするのはお前らしくねえよ。それに鳥って三歩歩くとすぐに忘れるって言うだろ。お前もそれくらい単純になれ」

「鳥女だから?」

「よく覚えてんな。まあ、俺も害虫男って怒鳴られたの、昨日のように覚えてるけど」

 お互いに第一印象は最悪だった。いつからこうして話し合う関係になったのか。もちろん友人ではないし、友人になれると考えていない。

「真壁に頭叩かれたのだって、せっかく誘ってやったのに楽しそうな顔一つも見せなかったからだろ。喜んでくれるって思ってたのに帰りたいだの別れようだの言い出すしさ。誰だって怒りたくなる」

「だけど、お母さんに帰れって命令されたら従わなきゃいけないでしょ。女王様なんだよ。村人は反論できない」

「村人?」

「……いや、こっちの話」

「とにかく、くよくよすんな。暗くなってもしょうがないし。時間の無駄遣いだろ」

「無駄遣いか……」

 呟くと、また背中を押された。うわあああっと大声を出す。

「今度は何? やめてよっ。怖いよっ」

「やめてほしかったら笑えよ。嘘でもいいから」

「わ、笑うから、もうやめてっ」

 叫ぶと、蓮は頭を撫でた。

「よし。今すぐ嫌なことは忘れろ。もし思い出したら、俺に愚痴ってストレス解消しろよ」

「蓮くんに? できないよ。気分悪くなるでしょ」

「ずいぶんと素直だな。いつからそんな奴に変わったんだ?」

「蓮くんも、いつからそんな性格になったの?」

「そんな性格って?」

「だって、冷たくて意地悪でとっつきにくかったのに、急に優しい態度とるようになったじゃない。けっこういいところもあるんだね」

「……何か、すごくけなされてるけど、まあいいや。俺もお前に会ってから、作り笑いじゃなくて普通に笑えるようになってびっくりしてる。日本に来て正解だったな。アメリカにいたら、ずっと同じ毎日の繰り返しだった」

「今まで蓮くんは、作り笑いしかできなかったの?」

 すると蓮は目を丸くし、頷いて固い口調で答えた。

「そうだな。お前みたいに面白い奴もいなかったし。みんな何か不満や文句を持ってて、こんなに気持ちよくなるほど素直で正直なのは、お前以外にはいねえよ」

「また馬鹿にしてー」

「嘘ついたり他人を疑ったりしなくて性格がいいって意味だ。馬鹿にしてねえよ」

 蓮がすずめの髪に触れる。どきどきしながら上目遣いで聞いてみた。

「ねえ、蓮くんって、大晦日にどこかに行く?」

「大晦日? いや、予定はねえけど」

「じゃあ、二人でカウントダウンしない? 嫌ならいいけど」

 すると蓮は間をおいてから答えた。

「カウントダウンってどういう意味か知らないけど、お前が好きなようにしろよ」

「よし、決まり。あたし大晦日に蓮くんのお家に行くね。楽しみにしてるよ」

 ようやく笑顔が戻ってきた。蓮に励まされるとは思っていなかった。ブランコから降りてぴょんぴょんと跳ねると、蓮も大きく頷いた。


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