三十八話
放課後、緊張でがんじがらめになりながら二人でマンションへ行った。インターフォンを押すと、また二十分ほど経ってドアが開いた。すずめだけでなく柚希までいて、ツリ目の瞳が大きくなる。
「は? 何でお前まで」
驚く蓮に、柚希は軽く睨みながら言い切った。
「高篠くん。もしいらいらするなら、すずめちゃんじゃなくて俺に八つ当たりしてくれないかな」
「……八つ当たり?」
「こんなに思いやりがあって心優しい子を痛めつけるなんて最低だよ。これまで、すずめちゃんにしてもらったこと覚えてる? 怪我をしたら手当てをして、高篠くんが学校に通えるように努力して、むしろ感謝するべきだよ。風邪だって、可哀想になるくらい泣いて心配してるんだ。治らなかったらクリスマスパーティーにも行かないって決めてるんだぞ。そんな子に怒鳴り散らすなんてあまりにも酷すぎるじゃないか」
ぽろりと涙の雫が落ちた。すずめを護ろうとする、柚希の暖かい思いが伝わった。蓮は視線を逸らしていたが、ぼそっと呟いた。
「……本当は、そんな気さらさらないって知ってるんだよ。女はみんな嘘つきだって、真壁も気づけよ」
「すずめちゃんは嘘なんてついてないよ。どうして妄想するんだ? 高篠くん、頭がおかしいのか?」
「味方を増やせば入れてくれるって考えもバレバレなんだよ。早く帰ってくれ。辛いんだから」
ドアを閉めようとしたが、柚希が素早く靴を間に挟み、閉じられなかった。
「いい加減にしろよ。立ってるのもやっとなんだぞ」
「なら、すずめちゃんに看病してもらいなよ」
じっと柚希は真剣な眼差しを向ける。舌打ちをし、蓮は柚希の胸をどついて無理矢理ドアを閉めた。
「……ね。やっぱり嫌われてるんだよ」
涙を流し俯くと、柚希は肩を掴んできた。
「いや、嫌ってはいないよ」
「何で? あんな態度とられてるのに、嫌われてないなんて変だよ」
少し強い口調で答えると、柚希は首を横に振った。
「さっき、すずめちゃんに看病してもらいなよって言った時、明らかに高篠くんの目が泳いでたよ。看病してほしいって伝えたい。けどお願いできないって意味だね」
「泳いでた? あたし、そんな風には見えなかったけど」
というか、蓮の表情が怖くて柚希ばかり見ていた。傷つきたくないため、自分を護っていたのだ。
「とりあえず、今日は帰るしかないね。また明日、一緒に行こう」
小さく頷いたが、これ以上ここに来るのはやめたかった。しつこくし過ぎてアメリカに帰ると怒鳴られたら最悪だ。それだけは避けたいのだ。
翌日も放課後に二人でマンションに向かった。だがドアは閉まったままで、蓮は現れなかった。
「……出てくれないね」
「仕方ないよ。風邪で起きられないのかも。具合がよくなるまで待ってようよ」
「だけど、風邪が治らなかったらクリスマスパーティーには行かないんだろう?」
はっとして目が丸くなった。蓮にそう言ってしまったし、すずめがクリスマスパーティーに行ったら裏切ってしまう。
「俺は、すずめちゃんがパーティーに参加しないのは嫌なんだ。高篠くんの体調も心配だしね」
もう一度インターフォンを押す。十分、二十分、三十分と待っていても、ドアは開かない。はあ、とため息を吐き、どちらからともなく後ろを振り向いた。
翌日も、さらに翌日も、同じことをしたが、蓮は完全に無視だった。付き合わせている柚希にも申し訳なくなり、ついに決意した。
「やめよう。放っておこう」
「やめる? 苦しんでる高篠くんが可哀想じゃないか」
「でも開けてくれないなら意味ないよ。嫌われてるんだから……」
「じゃあ、俺も今日で諦める。会ってくれなかったら、風邪が治るのを待つよ」
「う、うん。そうして」
小さく頷き、ほっとした。
マンションに行き、震えながらインターフォンを押した。十分、二十分、三十分。やはりドアは閉まっている。
「ほらね。最初から、放っておけばよかったんだよ」
固い口調で呟き、柚希も項垂れた。
「しょうがないね。こればっかりは」
「蓮くん、あたしのこと嫌いなんだもん。ずっと前からわかってるし、ショックも受けないよ」
くるりと振り返ると、ガチャリとドアが動く音がした。ゲホゲホと咳き込む声が聞こえる。
「れ……蓮くん……」
「本当、何なんだよ。毎日毎日。こっちは酷い熱で起きるのも辛いのに」
ぎろりと睨み付けられ、すずめは逃げようとした。しかし柚希に手を掴まれ、その場に立ち尽くした。
「酷い熱だって心配してるから、毎日来てたんだよ。すずめちゃんが看病してくれるよ」
「いらねえよ。馬鹿でアホな女に看病なんか無理だろ」
「高篠くんは、すずめちゃんをどう思ってるんだ? すずめちゃんは馬鹿でもアホでもない、普通の子だよ。とにかく看病してもらった方がいいよ。誰かがそばにいると安心するだろ」
「どうせ迷惑かけられるだけだ。真壁は知らないかもしれないけど、こいつ」
「ああそう。なら一人で意地張って、いつ治るかわからないまま寝ていればいいよ」
突然の柚希の冷たい態度に衝撃を受けた。にっこりと笑いながら、柚希は続ける。
「すずめちゃん。二人でクリスマスパーティー、楽しもうね」
「ゆ、柚希くん?」
「高篠くんなんか忘れて、素晴らしい一日にしよう。ひねくれ屋な奴なんか気にしないで」
「ま、待って。柚希くん、どうしたの? さっきまでは」
「高篠くんと関わってもろくなことないし。さっさと帰って、パーティーのおしゃべりしよう」
肩に腕を回し、ぐいっと抱き締められる。その状態のまま歩き出した。
「お、おい」
慌てて蓮が呼び止めた。ふん、と柚希は生意気そうに笑った。
「ん? なあに?」
荒い息を抑え、蓮は視線を逸らす。トドメを刺すように柚希が言い切った。
「馬鹿でアホなすずめちゃんなんかいらないんだろ? 俺はすずめちゃんが大事だし、一緒にいたいんだ。いつも高篠くんがそばにいるから、ちょうどいいや。これを機に、すずめちゃんと仲良くなっちゃおう。ね、すずめちゃん。高篠くんなんかどうでもいいよね」
戸惑ってすずめは冷や汗が噴き出した。なぜ柚希の態度が変わったのか理解できず、うまく答えられなかった。
「……わかったよっ」
イラついた声が聞こえ、足が止まった。
「えっ?」
「ただし、風邪がうつっても知らねえからな」
そして奥に進んで行く。慌てて柚希に目を向けると、背中を押された。
「よかったね。入れてくれるみたいだ」
「柚希くんも」
「俺はここまで。後はすずめちゃんが頑張るんだよ」
「ええ……?」
一気に不安でいっぱいになる。柚希は手を振って歩いて行ってしまった。




