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三十五話

 翌日もデパートへ向かった。一人では選べないため、知世を連れて行った。人生経験豊富な人に相談するのが一番だ。

「クリスマスパーティー? なら、白がいいよねえ」

「お母さんも? あたしも白が可愛いなって思ってたよ」

「雪ってイメージだもんね。頑張ってドレス探そう」

 パーティーに誘ってきたのが誰なのかは教えなかった。絶対に柚希について質問してくるだろうし、ぼろが出て片想いしているとバレてしまうかもしれない。

「ドレスだけじゃなくて、バッグやブーツも買ったら?」

「本当? いいの? お母さん、だーい好きっ」

 抱き付くと、視界にカップルが映った。すずめよりは年上の、お似合いのカップルだ。

「ねえ、今度のクリスマスパーティー、楽しみね」

 彼女が言う。すぐに彼氏も答える。

「最高のクリスマスパーティーにしような」

「うん。頑張っておしゃれするね」

 彼氏は、たくさんの紙袋を持っていた。中身は彼女のドレスや靴などだろう。羨ましくて二人を見つめていると、知世は励ます口調で囁いた。

「……いつか、すずめにも素敵な男の子が現れるはずだよ。大丈夫だよ」

「……いつか……」

 そっと呟く。まだ十六歳だし、もしかしたらと願ってはいるが、美人には生まれ変われない。ずっと村人のままだ。

 そういえば、昨日は蓮の彼女になった。たった一日だけだが、確かに恋人同士だった。単に他の女につきまとわれたくないという理由であっても嬉しかった。ずっと手を繋いでいたし、昼食は奢ってもらったし、俺のことだけ考えろと怒られて……。

「うわわわわ……」

 やはり初めてなので、どきどきしてしまう。ぼっと頬が赤くなった。すずめがチューリップを塗っていたことも、キスをした蓮しか気づかなかった。忘れようと考えても、なかなか難しい。

 ところで、蓮は本当に彼女を作らないつもりなのか。美しい姿を持っているのだから、その容姿を使っていろいろな女の子と付き合えばいいのに。蓮に告白されて断る女子はいない。柚希とは違うタイプだが、蓮も王子様だからだ。男に興味がないエミでさえも褒めていたし、あの性格さえ治せば理想の彼氏となる。

「もったいないなあ……」

 独り言を漏らすと、知世は目を丸くした。

「もったいない?」

「ううん。何でもない」

 頭をかいて、苦笑をした。

 衣装が揃い、家に帰った。メイクは知世がしてくれるらしい。

「待ち遠しいね。クリスマスパーティー」

「そうだね。早くイブにならないかな」

 微笑んだが、マナーの勉強はどうしようと焦りはあった。柚希がフォローするとはいえ、恥をかきたくはない。馬鹿な真似をしないよう、常に気を引き締めるしか方法はなかった。




 次の日に学校に行くと、すでに蓮が椅子に座っていた。ごくりと唾を飲み込んですずめも座る。音楽を聴いているらしく、蓮は黙ったままだ。すずめが机に教科書をしまっていると話しかけてきた。

「ドレス買えたのか」

 意外な質問に驚いた。すずめも頷いて答える。

「買えたよ。お母さんに選んでもらった。白くてフリルがたくさんついた、妖精みたいなドレス」

「へえ。でも着る人間が汚れてたら、いくらドレスが綺麗でも台無しになるぞ」

「汚れてるって……。すごく失礼だね……」

 むっとしたが、あの公園での出来事が蘇って頬が火照った。別に愛情なんてないのに。ただの誕生日プレゼントなのに。忘れてしまえと自分に言い聞かせても、鼓動はどんどん加速していく。

「変な奴だな。また風邪ひいてるのかよ」

 すずめが死にそうなくらい動揺しているのに、蓮は涼しい顔をしている。

「ひいてないよ。あたしの思いなんか、全然……蓮くんには伝わらないんだね」

 ふん、と横を向いて、深呼吸を繰り返した。

 女だから、男の気持ちが理解できない。だから不安になったり落ち込んだりするのだ。柚希はこれをロマンチックと呼んでいた。わからなければわからないほど素晴らしいと。しかし、すずめは違った。むしろ心の中が見透かせる機械がほしかった。今、蓮はどんな気持ちなのか。柚希はどんな気持ちなのか。一喜一憂なんて嫌だ。

 昼休みに、勇気を振り絞って蓮に聞いてみた。

「蓮くんって、本当に彼女作らないの?」

 緊張で体が震える。固い口調で蓮は即答した。

「いらないって言っただろ」

「めちゃくちゃ可愛くて、絶世の美女でも? 告白されても?」

 重ねて聞くと、蓮は面倒くさそうに呟いた。

「くだらねえな。実際にいるなら考えるけど、妄想で悩むなんて」

「あたしは、蓮くんの恋愛について心配してるの。一人ぼっちでいてほしくないの。ずっと一人って寂しいし空しいよ。昨日、デパートでカップルを見たんだ。すごく幸せそうで、羨ましかった。あんな思いを蓮くんにも味わってもらいたいよ」

「俺は一人でいるのが気楽で好きなんだよ。相手のために努力するとか死んでも嫌だね」

 冷たい槍が胸に突き刺さる。目を閉じ、ため息を吐いた。

「まあ、あたしが蓮くんの人生を命令する権利はないしね。でも、あたしは蓮くんに幸せな人生を送ってもらいたい。こうしてお弁当を渡してるのだって怪我の手当てをしたのだって、全部そういう願いがあるからだし」

 蓮がこちらに視線を向けてきた。きっと不機嫌なはずだと俯いていると、穏やかな声が飛んできた。

「俺はいいから、自分のことだけ心配してろよ。マナーの勉強は終わったのか」

「い、いや。そんなの教えてくれる教室も本もないし、仕方ないからそのまま行くよ」

「ずいぶんと適当だな。失敗すんなよ」

「わかってる。頑張るよ……」

 答えながら弁当の蓋を閉じた。まだ残っていたが、食欲がほとんどなくなっていた。

 放課後、昇降口で柚希に呼び止められた。こっちに来て、と人気のない場所に移動し、柚希は話し始めた。

「パーティーの日時、決まったよ。二十四日の六時半に、俺の家の前で」

「待って。あたし、柚希くんのお家知らないよ」

 慌てて遮ると、柚希はにっこりと笑った。

「じゃあ、駅前で待っててくれる? 迎えに行くから」

「迎え? いいの?」

 ぱっと心が明るくなった。まるでシンデレラになったようだ。うっとりし、頬が火照る。

「わかった。めちゃくちゃおしゃれして待ってる」

 ぴょんぴょんと跳ねると、柚希も満足そうだった。

 その時、どこからか鋭い視線が向けられているのに気が付いた。柚希も不思議そうな表情をしている。見回すと、遠くに蓮が立っていた。しかし俯いていて、すぐに歩いて行ってしまった。

「……蓮くん?」

「ものすごく睨んでたね」

「睨んでた?」

「すずめちゃんじゃなくて、俺の方に」

「何で? 柚希くんに恨みでもあるの?」

「俺にもわからないけど」

 そこで柚希は口を閉じた。すずめもかける言葉がなく、黙ったまま立ち尽くした。

 


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