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三十三話

 心が晴れやかになったせいか、翌日廊下で柚希に会っても逃げなかった。むしろ、すずめの方から駆け寄った。

「柚希くん、あの……。ご、ごめんね」

 いきなり謝られて、柚希は目を丸くした。

「ごめんって?」

「昨日……。逃げちゃったでしょ? 気分悪かったよね?」

 すると柚希はすずめの手を掴み、人気のない場所まで移動した。よくわからなかったが、すぐに教えてくれた。

「同じクラスの子が、俺たちのこと見てたから」

「そ、そっか。柚希くん人気者だもんね」

 王子様の悩みだろう。ちやほやされるのは嬉しいけれど、代わりにどこにいてもみんなから注目を浴びるため、とても不自由な生活を送っている。

「大変だね。いつもこうなの?」

「まあね。いい加減やめてもらいたいよ」

 苦笑する柚希が可哀想になった。ストレスとプレッシャーで爆発しそうなのに、にこにこ笑わないといけないなんて。

「すずめちゃんは、本当に優しくてお母さんみたいだね」

「あたし? や、優しいかなあ?」

「うん。俺の周りには女の子がたくさん来るんだけど、すずめちゃんは違うよ。癒されるんだ。ほっとするんだよ。思いやりがあって暖かくて……」

 褒められて、アイスのようにとろけそうになった。ふわふわと宙を飛んでいるイメージだ。改めて柚希が好きになった。彼しか視界に映らない。ずっとずっと憧れの王子。

「ゆ……柚希くんにそんなこと言ってもらえるなんて感動だよ。泣いちゃうよー」

 ぴょんぴょんと飛び跳ねると、柚希も穏やかに微笑んだ。

「そういえば、すずめちゃんってクリスマスイブ、予定ある?」

「え? クリスマスイブ?」

 突然の質問に驚いた。柚希は頷いてから続ける。

「毎年、うちではクリスマスパーティーを開いてるんだ。もしよければ、すずめちゃんも来ない?」

 どくんどくんと鼓動が速くなっていく。まさか柚希に誘われるなんて、奇跡でも起きない限りありえない。

「行きたいっ。行ってみたいよっ」

「俺も、すずめちゃんとパーティー楽しみたいな。まだ詳しくは決まってないから、これからいろいろと教えるね」

「ありがとう……」

 ぺこりと頭を下げると、柚希は柔らかく撫でてくれた。 




 さっそく昼休みに蓮に伝えた。弁当を食べながら聞いてくる。

「へえ……。クリスマスパーティーねえ」

「最高だよっ。幸せでいっぱいっ。めちゃくちゃおしゃれして行こうっ」

「でも、あいつって有名会社の一人息子だよな。マナー厳しそうだな」

「マ、マナー?」

「食事の仕方やしゃべり方とか難しいんじゃねえの? お前ってそういうのわかってんのか?」

 ぎくりとして全身が震えた。掠れた声で呟く。

「どうしよう……。あたし、マナーなんか一つも知らないよ……」

「ふうん。まあ、せいぜい恥かかないように大人しくしてるんだな」

「やめてよ。恥なんかかきたくないよ……」

「なら、パーティーまでに勉強していけ。間に合うかどうかは、お前の努力次第だ」

「不安を煽るような話しないでよう……。蓮くんの意地悪」

「俺は、ありのままを言っただけだ」

 つんと答える蓮を見て、がっくりと項垂れた。いつもいつもこうしてすずめをいじめて、余計な心配をかけさせて、優しさも思いやりもない。しかもこの態度は、すずめにしかとらない。もし他の女の子だったら……と想像してしまう。非の打ちどころがない整った顔に、華奢でスラリとした体型。素晴らしいイケメンなのに性格は俺様で、中身が全くできていない。柚希の爪の垢を煎じて飲ませてやりたい。

「ううう……。大丈夫かなあ? 行きたいって言っちゃったし、今さら断ったらだめだし……。怖いよ……」

「まずいことになったら、あいつがフォローするだろ。まだあと一カ月は先だから、心配しないではしゃいでろよ」

 励ましているのか単に小馬鹿にしているのか理解できなかった。やはり男の子の気持ちはわからない。蓮も柚希も同じだ。英語や数学のテストより難しい。

「だよね。柚希くんも、あたしがしょんぼりしてたらいい気分しないもんね。そっか。蓮くんの言う通りだ」

 呟き、ぐっと体に力を込めた。勢いよく立ち上がり、両手を上げて叫んだ。

「あたしの特技はポジティブで元気なところなんだからっ。よーし! 明日から可愛いドレス探しに行くぞっ」

 その姿に、蓮も小さく笑った。

「お前は、悩みがないのが悩みみたいな性格だしな。誘われてよかったな」

 やけに優しい口調に、どきどきした。たまに見せる蓮の笑顔は、砂漠で水が現れたような喜びと達成感が味わえる。一体どうすれば、蓮の心の扉が開くのか。謎が解けていくのか。仲良しの友人にはなれそうにない。会話だって常に空き教室に二人きりの時だけだ。すぐに怒るし不機嫌になるし、そもそも蓮はすずめを弁当だけくれる人間としか思っていないはずだ。しかし、それでも彼を一人にはできない。放っておいたら、きっと空しい人生を歩んでしまう。自分が酷い目に遭うより、蓮が酷い目に遭う方が辛い。

「……あたし、ちょっと心が軽くなったよ。蓮くんって、不安にさせたり安心させたり、不思議な人だよね」

 にっこりと笑うと、蓮も頷いた。

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