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二十九話

 昼休みが終わり、午後の授業が始まる。しかし全く教師の声など耳に入らない。右から左へと通り抜けていくようだった。もちろん理由は蓮と間接キスしたからで、さらにお仕置きという言葉にどきどきする。おまけに、すぐとなりに蓮が座っているのも緊張だった。太い綱にがんじがらめにされているみたいで、全身が固まっている。気になって彼の方に視線だけ向けてみた。きっとまた外を眺めているのだろう。しかし蓮もすずめの方に視線を向けており、お互いに至近距離で見つめ合う状態になった。慌てて黒板に集中する。九月で残暑はあるものの、教室にはクーラーがかかっている。しかし、すずめと蓮だけはバケツの水を被ったかのようにだらだらと汗をかいていた。学校生活が終わっても帰り道が一緒なため、嫌でもそばにいることになる。二人とも言葉は交わさず、とにかく足だけ動かした。曲がり角で、すずめと蓮は別れる。どきどきしながらも、すずめは蓮の背中に声をかけた。

「蓮くん。バイバイ。明日も学校においでよ」

 一瞬、足を止めたが、蓮は振り返らずに歩いて行った。

 家に帰り、自分の部屋に入るとベッドに寝っ転がった。柚希が取ってくれた猫のぬいぐるみを抱き締め、独り言を漏らす。

「何で蓮くんなのよ……」

 本当は、ファーストキスは柚希に奪われたかった。間接キスの相手も、柚希がよかった。それなのに、なぜ全て蓮になってしまったのか。といっても、どちらも事故であり、本人がやりたいと思ってしたのではないのだから、これはキスとは呼ばないかもしれない。キスとは、愛している人とするのだ。すずめが愛しているのは柚希だ。つまり、まだファーストキスは奪われていないはずだ。きっとそうだ。そうだと決めつけないと、蓮とこの先どうやって付き合っていけばいいかわからない。

「大丈夫。明日は普通に蓮くんとおしゃべりできる。キスじゃないから、焦る必要ないもん。お弁当も食べてくれるはず……」

 自分に言い聞かせると、長くため息を吐いた。

 翌日、登校していると、前に蓮の姿があった。足が止まり、蓮が消えるまで立ち尽くしていた。

「キスじゃない。キスなんかじゃないっ」

 パンパンと頬を叩き、また歩き始めた。教室に入ると、蓮が椅子に座っている。ゆっくりとすずめもとなりに着席した。ばくんばくんと心臓がおかしいほど跳ねる。しかし次第に慣れていけば正常に戻る。

「ん? あれ?」

 教科書などを机にしまっていると、あるものが見つからなかった。筆箱だった。どうやら家に忘れてしまったらしい。ガーンとタライが落ちてきた。筆箱がなかったらノートに文字が書けないし、テストの時も困ってしまう。取りに戻ることはできないし、がっくりと項垂れていると耳元で蓮の囁きが聞こえた。

「どうしたんだ」

 嘘をついても仕方ないので、素直に答えた。

「筆箱、忘れちゃって……」

 しゅんと俯いていると、すぐに蓮が自分のシャーペンを机に置いた。ぱっと明るくなり、小声で聞く。

「いいの?」

「貸してほしいなら、さっさと話せよ」

「うわあ……。ありがとう。助かるよー」

 にっこりと笑ったが、蓮はこちらを見なかった。

 蓮のおかげで授業は受けられ、やがて昼休みになった。空き教室で二人きりになる。はい、と渡すと今日は弁当を食べてくれた。

「おいしかった? お腹いっぱい?」

「お前って料理しないのか?」

 突然、質問されてきょとんとしたが、こくりと頷いた。

「お母さんがやってくれるからね。いつかは一人で作れるようにしなくちゃ」

「作ったら誰かに食わせんのか? 真壁か?」

「柚希くんは、上手くなってから食べさせたいなあ」

「ふうん……。じゃあ、俺が最初に食ってやろうか?」

「蓮くんが? そうしてくれるとありがたいけど。蓮くんって、ずばっと話すし。まずかったらまずいって」

「俺は嘘つきじゃないからな。傷つくこともばんばんぶつけてやるぞ」

「なら、余計上手くならないと。おいしいご飯が作れる女の子に努力しなきゃ」

「お前、手先不器用そうだから、一〇〇年経っても無理なんじゃねえの?」

「一〇〇年って……。失礼だねえ。あたしだって頑張れば料理くらいできるよ」

 むっとして睨むと、蓮は小さく笑った。

「冗談だよ。できる限りやってみろよ。全部食ってやるから」

 どきどきと頬が赤くなった。たまに現れる笑顔の蓮に、ときめいてしまう。いつもの大胆不敵で偉そうな態度が、ちょっと穏やかに変わる。たぶん、蓮が笑っている姿は、すずめしか知らないのでは……。ぼんやりとしていると、昼休み終了のチャイムが鳴った。弁当を半分以上残し、二人で空き教室を後にした。昨日はぶっきらぼうで冷たかったのに、なぜ今日は優しい態度なのか。男というか、蓮の気持ちが理解できない。

 学校生活が終わると、借りていたシャープペンを返した。

「助かったよー。蓮くんがいなかったら、授業受けられなかったよ」

「お前には、いろいろと世話になってるからな。シャーペンくらい、どうってことねえし」

「世話? そんなにしてるかな?」

「弁当も食わせてもらってるだろ。お前のおかげで、腹いっぱいになれるんだぞ」

「そうなの? よかったあ。嬉しいよ」

「次は、お前が作った弁当、食ってみてえな」

 どきりとした。ぜひとも蓮のために作ってあげたいが、すずめはこれまでに料理をした経験がない。

「もうちょっと待っててね。いつか食べさせるよ」

 苦笑して答えると、蓮も大きく頷いた。




 だんだんと蓮との間接キスが、脳から消えていった。動揺することもなくなり、普通に会話ができている。ずっとこうしていれば、問題は起きない。だがある日の昼休みに、蓮が呟いた。

「そういや、俺、来週の火曜日、誕生日だ」

「え? 誕生日?」

 来週の火曜日は十月十五日である。すずめは四月十五日。ちょうど半年違う。

「へえ。まだ蓮くんって十六歳じゃなかったの?」

「そうだけど。悪いか」

「悪くないよ。ふうん……。すっごく大人っぽいねえ」

 もう大学生と言っても不思議ではないほど、肝が据わっている。雄々しく、さらにこの美貌。とても十五歳とは考えられない。

「なら、あたしプレゼントするよ。欲しいものとかない?」

 微笑んで聞くと、蓮は珍しい生き物を見る目つきで答えた。

「プレゼント? 俺に?」

「うん。さすがに高いプレゼントはできないけど」

「……特に欲しいもんはねえなあ。とりあえず、飯食って寝てりゃ満足だし」

「一つくらいはあるでしょ? 教えてよー」

「しょうがないだろ? ねえんだから。別にプレゼントされても嬉しくないし。いらないもん渡されても困るだけだ」

 女の子からもらったプレゼントを捨てていた男だ。すずめが誕生日プレゼントをあげても同じように捨てられるかもしれない。だとしてもお祝いはしてあげたい。

「とにかく何かプレゼントするから。楽しみに待っててよ」

 蓮の返事を待たず、すずめは先に空き教室から出た。

 プレゼントすると決めたものの、彼氏いない歴十六年のすずめにとって、男子への贈り物探しはとてつもなく困難だった。女子なら、例えば髪飾りやアクセサリー以前から欲しがっていたもの、あるいはケーキバイキングやお茶に誘うなど、いくらか選択肢はあるが、男子はどういうことに興味があるか知らない。しかも相手は蓮だ。まだ柚希なら簡単そうだが……。

「あ、そうだ」

 携帯を手にし、電話番号一覧を表示する。夏休みに柚希と電話番号交換したのが蘇った。初めての経験なので情けなく手が震えたが、柚希の柔らかな声が飛んできた。

「すずめちゃん? どうしたの?」

「いきなりごめんね。今週の土曜日、予定とかある?」

「土曜日? 特にないよ」

「ちょっと付き合ってくれない? 来週の火曜日、蓮くんお誕生日なの」

「十五日? そうなんだ。お祝いしてあげないとね」

「あたし、プレゼントしようって思って。蓮くんって欲しいものがないらしいんだ。そこで、プレゼント選び、柚希くんに手伝ってほしいの」

「もちろんいいよ。待ち合わせ場所は? 時間はどうしようか?」

「十一時に、図書館の前で……。どうかな?」

「わかった。遅れないようにするね」

 柚希の暖かな言葉に、頬が火照る。なんて素晴らしい王子様なのだろう。

「どうもありがとう……」

 感謝を告げて電話を切ると、よっしゃ! とガッツポーズをした。






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