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二十二話

 中学一年生の頃からずっと利用している海に着いた。すでに水着は着ていたので、Tシャツを脱ぐともう海に飛び込める。エミはレジャーシートを敷きながら、すずめに質問してきた。

「すずめ、飲みたいものない?」

「あっ、オレンジジュース」

「OK。オレンジジュースね。買って来るよ」

「待って。お金」

「飲み物くらい奢るよ。すずめはここにいて」

 そしてエミは走って海の家に行った。エミの水着姿を後ろから見つめながら、大人っぽく綺麗なエミが羨ましくなった。男に興味がないなんてもったいなさ過ぎる。スラっとしていて胸も大きくて、いつも憧れてしまう。もし、すずめもエミと同じような体型だったら少しは自信も持てたかもしれない。自分の子供っぽくセクシーとはまるで言えない体つきに、はあ……とため息を吐いた。

「エミみたいになりたい……」

 呟くと、遠くから男女数人が集まってこちらにやって来た。すぐにクラスメイトだとわかった。

「すずめちゃん、待った?」

「遅くなってごめんねえ」

「おう、日菜咲。先に来てたんだな」

「あれ? 相沢は?」

 にっこりと笑い、すずめも答える。

「エミは飲み物買いに行ってるの。みんなも何か飲んだら?」

「そうだね。あたしはかき氷だな」

「俺、コーラ」

「じゃあ、買いに行ってくるよ」

 いきなり賑やかになった。やはり友人は多ければ多いほど盛り上がる。やがてエミも戻ってきた。男子が、エミの水着姿に甘ったるい声を出した。

「相沢、マジでセクシー。水着めっちゃ似合ってんじゃん」

「なあ、俺と付き合わない?」

 にっとして、エミは言い返す。

「残念だけど、あたし彼氏いらないの。どんなに褒められても恋人にはならないよ」

「ええ? 俺じゃだめ?」

「俺は? 俺はどう?」

 男子の必死なアピールに、女子が軽く笑う。

「そんなエロい性格じゃ、エミちゃんの彼氏にはなれないよ」

「もっと男らしくならないとね」

 あはは、と明るいやりとりを聞きながら、すずめは素早く男子たちの間に蓮が混ざっていないか探した。しかし、どこにも蓮の姿はなかった。行かないと本人から確認したのだから始めから来るわけないとは、すずめにもわかった。それでも、もしかしたら気が変わって参加するかもしれないと淡い期待がどこかにあったのだ。

「……やっぱり……」

 項垂れると、となりにいたエミが覗き込んできた。

「すずめ? どうしたの? 元気ないね」

「え? う、ううん。あ、ほら。スイカ割りするみたいだよ」

 目隠しをしている男子を指差し、エミを心配させないように演技した。

 夕方まで海で過ごし、一人また一人とクラスメイトが消えていった。すずめとエミは最後まで残り、ゴミなどの始末をして電車に乗った。

「夏休みと言ったら海だよね。楽しかったねえ」

 すずめが話すと、エミは少し寂しげな表情をした。

「本当に楽しかった?」

「え?」

「だって、すずめ途中から俯いてばっかりだったでしょ。悩みでもあるの?」

「悩みなんてないってば。エミは楽しくなかった?」

「ううん。だけど、どうしたのかなって不安になっちゃった。誰か探してるみたいだったよね」

「ああ、柚希くん」

 すぐに口から言葉が漏れた。するとエミは目を丸くした。

「柚希?」

「偶然、柚希くんに会わないかなって……。柚希くんの水着姿、見たことないしさ。もしどこかにいたらいいなあって」

 蓮の名前はさすがに言えなかった。エミは「そういうことか」というように、しっかりと頷いた。

「そっか。柚希を探してたのね」

「結局会えなかったけどね」

 ははは、と苦笑すると、エミも答えた。

「まあ、柚希は違うクラスだし、海には大勢人がいるしね。来てたとしても会うのは無理かもね」

「うん。奇跡でも起きない限りは」

 何と言っても柚希は王子様なのだ。周りには、すずめよりずっと美人なお姫様がいる。村人のすずめにはとても手が届かない。見てももらえない。

 しばらくすると電車が止まり、すずめとエミは駅に降り立った。

「次は夏祭りでね」

「うん。いろいろとありがとう」

 感謝を告げると、手を振ってエミは歩いて行った。今日の出来事を思い出しながら、すずめも家に帰った。はしゃぎ過ぎたのか、居間に入るとソファーに倒れ込んだ。すぐに知世が駆け寄る。

「具合悪いの?」

「別に……。大丈夫」

「疲れてるなら、お風呂に入って夜ご飯食べて休みなさい」

「わかった。そうする」

 小さく頷いて、洗面所に向かった。暑いのでシャワーだけで済ませた。ダイニングテーブルには冷やし中華が置かれ、さっさと食べると部屋に行った。ベッドに横たわると、天井には蓮の姿が写っていた。

「……ずっと一人でいるの……?」

 本人には届かないのに言葉が漏れた。彼が今どこで何をしているのか、想像するだけで胸が狭くなる。空しく悲しい思い。みんなで大騒ぎして、ふざけあって、青春って素晴らしい。若いのって素敵だなと明るい日々を送れるのに、蓮はまるで時間が止まった世界で生きているみたいだ。嬉しさも楽しさも感じられない毎日だ。

「そんなの……。嫌だよ……」

 心躍る体験をしないせいで、あんなふうに冷たい態度しかとれないのだ。もっと蓮を外に連れ出し、他人と触れ合うチャンスを与えたかった。いつの間にか、すずめは目を閉じそのまま眠っていた。海で相当疲れたのだろう。夢も見ずに熟睡した。




 翌日はじわじわと暑かったため、出かけるのはやめた。早めに終わらせておこうと宿題にとりかかる。陽が陰ってきた五時に、コンビニにアイスを買いに行った。客は少なく、適当にアイスを選んでレジに向かう。帰り道を歩いていると、前から見慣れたシルエットが現れた。はっとして足を止めると、蓮も同じく立ち止まった。

「……どこに行くの?」

「どこだっていいだろ」

「喧嘩じゃないよね」

「喧嘩なんかするか。暑い日に体動かしたくないんでね」

 とりあえず安心はしたが、それで別れる気はなかった。拳を作り、じっと蓮を見つめる。

「海、来なかったね」

「行かないって言ったの忘れたのか」

「忘れてないよ。けど、もしかしたら気が変わって来るんじゃないかって、待ってたんだよ」

「気が変わる? 行かないって話したんだから、行くわけないだろ」

 ぶっきらぼうで抑揚のない口調。夏なのに、全身が冷たくなっていく。

「で、でも」

「じゃあ、俺はもう行く。暇じゃないんで」

 すぐ横を通り過ぎ、蓮は歩いて行った。すずめはその場に立ち尽くしたまま二十分ほど固まっていた。もっと伝えたかったことがあったんじゃないか。追いかけて、叫ぶことだってできたじゃないか。なぜできなかったのだろう。

「……あたしって、なんて弱虫なんだろう……」

 自己嫌悪に陥りながら、ゆっくりと家に帰った。ドライアイスを入れてもらったのに、買ったアイスは全て溶けていた。

 すずめは魔法使いでもないしヒーローでもないため、蓮を救えない。けれど少しでも蓮が居心地よく過ごせるようにしてあげたい。答えが不明な疑問は、日に日に重くなっていく。英語よりも数学よりも遥かに難しい問題だ。

 

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