二十一話
あっという間に夏休みはやって来た。エミに誘われ、水着と浴衣を買いにデパートへ行く。
「高校生だから、大人っぽいのにしようかな。すずめはどうする?」
エミに声をかけられたのに、すずめは蓮の姿が忘れられずに落ち込んでいた。意地を張って一人でいようとする。せっかくの楽しい夏も、いつもと同じ日々の繰り返し。寂しくないのか。青春とは、もっと心が躍る時期ではないか。友人がいないから遊ぶ予定がないのかもしれないが、ずっと家にいるなんて空しすぎる。
「すずめ? 元気ないね」
聞かれたが、それでも俯いていた。
「すずめってばっ」
肩を揺すられ、ようやく我に返った。
「え?」
「え? じゃないよ。ぼんやりして……」
「あ……。よく眠れなかったの。ごめん」
「本当? 悩みでもあるんじゃ」
「そんなのないよ。今日は二人で、たくさん買い物しようねっ」
手を握り締めると、心配そうだったがエミも頷いた。
すずめの具合が悪いと考えたのか、エミは荷物を持ってくれたり電車でも優先的に座らせたり申し訳なくなるほどに気を遣っていた。水着と浴衣を購入し喫茶店でお茶を飲むと「帰ろっか」と言ってきた。
「えっ? もう?」
「すずめ、体調よくないみたいだし。疲れてるならしっかりと休んで、元気になってから出かけよう」
「でも、あたし別に」
「親友に遠慮なんかしちゃだめ。ね、とりあえず水着と浴衣はゲットしたんだし」
確かに、メインのものは手に入った。これ以上外にいても意味はなく、その日は帰ることに決めた。家に戻ると、知世に買ったものを見せた。
「すずめにしては大人っぽいねえ」
「もう高校生だしね。気持ち変えようってエミと決めて」
「エミちゃんはいいけど、すずめには合わないんじゃないの? 胸も小さいし、中学生の頃はスクール水着だったじゃない」
「う、うるさいなあ。胸が小さいのは遺伝だよ」
「あらま。ずいぶんと生意気な態度ね」
自分の体型が幼稚なのは、すずめの一番のコンプレックスだった。エミは胸が大きくグラマーで、どんな服も似合うのに、すずめは子供っぽくて恥ずかしくなる。成長すれば大人っぽくなると期待していたが、いつまで経っても変わらない。
「……浴衣は、買わなくてもよかったんじゃない?」
知世が浴衣に視線を移した。首を横に振って、すずめはドヤ顔をした。
「だめだめ。高校生になったんだから、中学生に着てた浴衣とはお別れだよ。エミが選んでくれたんだ」
薄いピンクに白と黄色の花柄。とても可愛らしい浴衣だ。逆にエミは水色の爽やかな浴衣にしていた。
「ところで、すずめは恋人は作らないの?」
突然聞かれて、どきりとした。すぐに柚希の姿が頭に浮かぶ。
「いや……。あたしモテないし……」
「お母さんだって全然モテなかったよ。けど、こうしてお父さんと結婚できたんだから。すずめも頑張って恋人探してみなさいよ」
熱がこもった声だった。蝶よ花よと育ててきた一人娘が、かっこいい男子と付き合ったら、とてつもなく幸せで喜びに満ち溢れるだろう。
「学校には、いい感じの男の子はいないの?」
ぐいぐいと身を乗り出してくる。エミには告白したが、知世には恥ずかしくて詳しく話せない。
「うーん。探せばいるかもしれないけど……」
「エミちゃんは? 恋人いないの?」
「エミは男の子に興味ないんだって。彼氏なんかいらないみたいで。けっこうサバサバした性格だし」
知世は少し考えていたが、結局それ以上は聞いてこなかった。
「もし好きな人ができたら、必ずお母さんに教えてね」
「もちろん。一番最初に伝えるよ」
「優しくて笑顔が素敵で、心が穏やかな男の子と出会えるといいね」
「あたしも、そんな人と仲良くなりたいな」
知世の背中を押し部屋から追い出すと、ふう……とため息を吐いた。
「……さすがに、お母さんには言えないよなあ……」
すでに優しくて笑顔が素敵で、心が穏やかな王子様に出会っていること。三年も前に恋に落ちたこと。もし話したら、知世は応援して初恋が実るように願ってくれる。どうすれば柚希が振り向いてくれるか。どうすれば柚希に近づけるか。あの手この手を使い努力するだろう。すずめだって憧れの柚希が彼氏になれば、毎日楽しくて幸せで、天に昇った想いになる。ライバルは増えるだろうが、柚希は浮気をする性格ではないし、すずめが傷つけられたりいじめられたら護ってくれるに違いない。もう一度ため息を吐いて、ベッドに寝っ転がった。
翌朝、エミから来週の日曜日に海に行こうと電話がかかってきた。用はないので困りはしなかったが、急だったため驚いた。
「いきなり決まったの。ごめんね」
「ううん。あたしは大丈夫だよ」
「じゃあ、あたしがすずめの家に迎えに行くから、二人で海に向かおう。みんなを待たせないように早めの電車で」
「そうだね。楽しみにしてるよ」
「前日に夜更かしなんてしちゃだめだよ」
「わかってるって。もう子供じゃないんだよ」
むっとして答えると、「じゃあね」と言ってエミは電話を切った。
台所にいた知世に伝える。知世はにっこりと笑って頷いた。
「いいねえ、若いのって。お母さんも、昔は海に遊びに行ったなあ」
「ふうん。友だちと?」
「そうだね。お父さんとは、海にデートには行かなかったな」
「どうして?」
「お父さんが、水着のお母さんを他の男に見せたくないって怒っちゃって。男の人って、独占欲が強いのかな? とにかく、俺の彼女をじろじろ見るなって騒いでね」
男子が独占欲が強いのは、すずめはほとんど聞いたことがなかった。女だから知らないのは当然だし、少し驚いた。
「そうなんだ。自分の彼女を見られるだけでもいらいらするんだね」
「うん。今はヘラヘラしてるけどね」
そういえば、父や母も高校生だった頃があったのだ。みんな必ず通る道なのだ。
「お母さんの初恋っていつ?」
口から言葉が漏れた。娘の質問に、知世は即答した。
「よく覚えてないけど。たぶん中学生の時かな?」
「えっ? 中学生?」
「あんまり目立たないけど、頼りがいがあって友だちも多くて優等生のクラスメイトがいたの。片想いで、結局告白する前に彼女ができちゃったんだけど。まあでも、その後にお父さんと出会ったから問題ないね」
「その子とは、どういう関係だった?」
「クラスメイトだから、話しかけられたら返事するってくらいかな。高校は違って卒業してからはどこで何してるのか知らないんだけど」
「……また会いたいなって思わない?」
「だけど、こんなおばちゃんになっちゃったからね。その人も老けてるだろうし。もういいのよ」
知世も中学生に初恋を経験していたとは衝撃だった。どきどきしながら質問を繰り返す。
「好きって言おうと考えなかったの?」
穏やかに微笑んで、知世は頷いた。
「そりゃあ、言えるものなら言いたかったよ。だけど勇気はないし、フラれたら会うのが辛いでしょ? 向こうだって話しかけづらいしね。彼女ができた時、なぜかほっとしたよ。告白しないでよかったって。後悔じゃなくて、清々しくなった」
自分の気持ちを相手にぶつけていい場合と悪い場合がある。でしゃばった真似をしてお互いに傷つくのなら、黙ったまま一人で空しい思いに浸ればいい。すずめは王子様の柚希に告白してはだめなのだと、遠回しに教えられたみたいだ。
「あたしは村人だもんね……」
独り言を漏らすと、知世は目を丸くした。
「村人?」
「ううん。何でもない……」
苦笑して答えると部屋に戻った。
「どうしてだろう……」
ベッドに寝っ転がり、クッションを抱き締めて呟いた。せっかくの夏休みなのに、やけに気分が沈んで明るくなれない。たぶん蓮の姿が頭に浮かんでいるからだろうが、ここまで落ち込むのは意外だった。寂しくないと本人は言っているし、わざわざ心配するのもおかしいが、どうしても蓮が忘れられない。
「蓮くんも……。来てたらいいな……」
そっと囁き、ぎゅっと目をつぶった。
日曜日。からっと晴れた青空を眺めていると、エミが家にやって来た。バッグを持って外に出ると、エミは嬉しそうに笑った。
「ちゃんと眠った?」
「もちろん。元気いっぱいだよ」
「よかった。今日は楽しもうね」
さっそく駅に向かって歩く。電車の中でエミがいろいろと教えてくれた。
「スイカ割りもするって。盛り上がるね」
「そっか。あたしは力が弱いから無理だけど」
「参加するのは男子だから大丈夫だよ」
男子という言葉に反応した。その中に蓮はいるのかと想像する。しかしエミに聞くことはできなかった。
「とにかく、遊びまくろうっ」
エミにウインクされ、すずめも大きく頷いた。




