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十九話

 高篠は、きちんと学校に通うようになった。未だに悪口を叩く生徒もいるが、以前より怖がる人は減った。とは言っても教室で会話はできず空き教室で二人きりにならないと、すずめは彼に近寄ることはできなかった。笑顔も毎日見れるわけではなく、携帯を持って行っても結局使わない場合がほとんどだった。「笑ってほしい」と心の中で願っているが、高篠はすずめの期待に応えてくれない。

 いつも通り並んで弁当を食べていると、空き教室のドアが開いた。はっとそちらに目をやると、柚希が立っていた。にっこりと柔らかく微笑んでいる。

「二人とも、この教室が好きなの?」

「好きじゃなくて、教室だと周りに邪魔されるから」

「そっか。俺も一緒に食べちゃだめかな?」

「ど、どうぞ」

 頬が火照る。柚希のかっこよさで、手が震えてしまう。王子様とお弁当が食べられる日が来るなんて。すると逆に高篠は立ち上がった。

「あれ? 高篠くん。行っちゃうの? まだ半分しか食べてないよ」

「いい。腹減ってなかったし」

「えええー。そんなあ」

 すずめが寂しげに訴えても、高篠は空き教室から出て行ってしまった。

「どうしたんだろう?」

 きょとんとしながら柚希は首を傾げる。すずめも高篠の残した弁当を片しながら呟く。

「急に不機嫌になったのかな?」

「俺が来たせいかなあ?」

 申し訳なさそうに柚希は言い、慌てて返した。

「柚希くんは悪くないよ。ご飯がおいしくなかったのかも」

「おいしくなかった?」

「実は、あたしのお母さんが作ったお弁当なんだ。高篠くんって一人暮らししてるから、作ってくれる人がいないんだって。だから、あたしが用意するよって」

「ふうん。日菜咲さんって優しいね」

「作ってるのはお母さんだし、あたしは何もしてないよ」

 えへへ……と頭をかくと、ある出来事が蘇った。

「そういえば、高篠くんの下の名前って蓮なんだって」

「レン? 蓮くん?」

「本人は、女みたいだしかっこ悪いって気に入ってないみたいなんだけど。あたしは響きが綺麗で素敵な名前だと思うって言ったけどね。蓮なんてネーミングセンスめっちゃいいじゃない」

「俺も同じだよ。日菜咲さんに褒められて、高篠くん嬉しかっただろうなあ」

 目が丸くなった。なぜそう感じたのか。

「嬉しい? 全然、嬉しそうじゃなかったよ」

「高篠くんって、自分の感情は一切見せないって性格だからね。それでもきっと嬉しかったはずだよ」

 すずめは男の子の気持ちが理解できないため、柚希からの意見はとてもためになった。男の子の考え方がわからないなら、実際に男の子に相談すればいいのだ。

「これから、蓮くんって呼んであげたら?」

 どきりとした。いきなり馴れ馴れしくないか。

「えええ……。怒られないかなあ」

「もっと喜んでもらえるんじゃないかな? 本当は蓮って呼んでほしいのに、恥ずかしくて伝えられなかったり……。特に、女の子には話しにくいし」

「高篠くんが恥ずかしがる姿なんて、想像できないけどね。じゃあ後で試してみようかな」

「うん。頑張って。怒ったりしないよ」

 背中を押され、すずめも勇気が増してきた。しっかりと頷くと昼休み終了になった。

 教室に戻り高篠のとなりに座ると、耳元で囁いた。

「お弁当、おいしくなかったの?」

「違えよ」

「じゃあ何で」

「腹がいっぱいだったってだけだ」

「本当? 嘘ついたりしないでよ」

「こんなことで嘘なんかつくか」

 はあ、とため息をつく。やはり女のすずめには男の子の気持ちは全くわからない。まだ疑問はあったが諦めて、無理矢理自分を納得させた。

「今日から蓮くんって呼んでいい?」

 違う質問をぶつけた。勢いよく高篠はこちらを見た。

「下で?」

「だめかな。蓮くんの方がかっこいいし、素敵だし」

 たぶん断られると予想していた。友だちでもない奴から蓮なんて呼ばれたくない。お前と仲良くするつもりはない。だが、返ってきたのはあっさりとした言葉だった。

「好きにすれば?」

「えっ? 蓮くんって呼んでもいいの?」

「呼びたい名前で呼べばいい」

 柚希は喜ぶはずと話していたが、まるで感じられない。ただ、冷たい怒鳴り声ではなかったのは安心した。

「ありがとう。改めてよろしくね。蓮くん」

 蓮は視線を逸らして黙った。優しくないし笑顔もないが、すずめは満足していた。

「あれ?」

 家に帰り弁当箱を渡すと、中身を見た母が驚いていた。

「どうかしたの?」

「今日は半分以上も残してるよ」

「ああ。お腹空いてなかったんだって」

「そう。でも、から揚げは食べてあるね。この子は、から揚げが大好物なのかな」

 母の横に行くと、確かにから揚げはなくなっていた。そんなにおいしかったのか。

「……痩せてるから、から揚げ好きそうなイメージないけど」

「食べてくれて嬉しいよ。毎日入れてあげよう」

「そうだね。入れてあげて」

 蓮の姿が胸に浮かぶ。少しずつだが、彼の情報が解かれていくみたいで鼓動が速くなった。音楽が好き。から揚げが大好物。漢字が苦手。一人暮らし。まだまだ謎は多いが、柚希だって何一つわかっていない。

「……お母さんは、お父さんとどんな風に仲良くなっていったの?」

 ふいに口から漏れた。娘からの突然の質問に、母は即答した。

「お母さんが、お父さんの会社に勤めてね。恋人同士になるのも早くて、すぐに結婚したよ」

「子供産むのも?」

「子供は、結婚する前からお父さんの夢だったの。だから、すずめにも甘々でしょ」

「うん。ものすごく親バカだよね」

「おーい。誰が親バカだって?」

 テレビを観ていた達也がやって来た。「何でもないよー」とすずめが抱き付くと、父は頭を撫でてくれた。

「……明日はちゃんと食べてくれるかな……」

 ベッドに寝っ転がって想像する。蓮とも柚希ともお弁当を食べたい。空き教室で、三人で楽しく過ごせないものか。もうちょっと蓮が心を開いてくれたらいいのに。




 翌日、蓮はいつまで経っても教室に現れなかった。休みかと心配したが、二限目の途中で入ってきた。ちょうど数学の授業だった。

「ずいぶんと遅い登校だなあ。高篠」

 教師が嫌みったらしく声をかけるが、黙ったまま座っていた。すずめの額は冷や汗が滲んでいた。

「蓮くん、どうしたの?」

 囁いても答えない。窓の外を眺めて、視線も合わせようとしなかった。

 昼休みに弁当を渡すと、素直に受け取って蓮は食べ始めた。三分も経たずに完食してしまった。

「た、食べるの早すぎだよ」

「そうか? 別に早くたって」

「早食いって病気になっちゃうんだよ。まだ若いからって油断してちゃだめだよ」

 女だからか、健康に気になるのだ。いちいちうるせえなと睨まれると身構えたが、蓮は意外そうに言った。

「早食いで病気ねえ」

「食事はゆっくりよく噛んでが大事だよ。蓮くんは持病もなくて元気なのに、ちょっとしたことで体壊したら大変だよ」

「でも、腹減ってたんだよ」

 昨日は腹がいっぱいだったと聞いたが、今日は減っていたのか。ふと質問してみた。

「蓮くん、朝ご飯食べてきた?」

「そこらへんのコンビニで買ったやつ二つくらい、歩きながら食ってきたけど」

「だめだよ。そんなもの食べてたら栄養失調になっちゃうよ」

「でも、自分で家事する暇ねえし。仕方ないだろ」

「仕方なくても、病気になりたくなかったら自分で作る方がいいでしょ」

 昼の弁当は用意できるが、朝も夜もは無理だ。すずめにできることはないだろうか。

「アメリカにお母さんが住んでるんだよね? 日本に来てくれってお願いしたら?」

 蓮が反応し、ゆっくりと視線を向けてくる。

「母親を呼ぶ?」

「お母さんがいてくれれば、お弁当も作ってもらえるじゃない。一人暮らしっていろいろと大変だし、助けてもらいなよ」

「嫌だね。むしろあの女と一緒にいる方が病気になる」

「あの女?」

 母親をあの女呼ばわりする意味がわからなかった。蓮の母は一体どういう性格なのか。

「……蓮くんのお母さんって、どんな人?」

 質問すると、蓮は即答した。

「お前に話しても意味ないし、あの女のこと考えたくもねえし」

「お母さんをあの女なんて呼んじゃだめだよ。頑張って産んでくれた人を、そんな風に呼ぶなんて」

「うるせえな。俺の勝手だろ」

 ぶっきらぼうに蓮が答えると、昼休みは終了した。

 放課後までに、すずめなりにいい案を探してみたが、やはり母を連れてくるしか出てこなかった。帰り道、蓮と二人きりになると、すずめは正直に伝えた。

「アメリカのお母さんに頼みなよ。きちんとご飯作ってもらった方がいいよ。いつか栄養失調になって病院行きだよ」

「俺はそんなにヤワじゃねえから。こうやって昼飯食ってれば、朝と夜は適当なもんで平気だ」

「平気だと思ってたら、急に具合が悪くなったりするじゃない。あたし蓮くんが病人になったら嫌だよ」

 俯いて口を閉じた。これ以上蓮を一人にさせたくない。傷ついてる姿など絶対に見たくない。すると長い腕が伸びてきた。しつこくて頬をつねられると焦ったが、そうではなく頭に乗せた。もしかして、すずめの心配する思いが届いたのだろうか。

「れ、蓮くん……」

「人の心配するのもいいけど、自分の心配もした方がいいんじゃねえの」

「え? 自分の心配って」

「数学の授業で、テストがあるって言ってただろ。忘れてたのか」

 むくむくと記憶が蘇る。そういえば教師がそんな話をしたような……。蓮が学校に来なくて、ほとんど上の空だった。

「や……やばああああいっ」

 叫び、全身から冷や汗が噴き出した。くるりと振り向き、走って家に帰った。






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