一四六話
残された時間を大切に過ごし、すずめは志望校を受験した。心配でほとんど眠れなかったが、奇跡的に掲示板には自分の番号が書かれていた。蓮のマンションに走っていくと「俺も受かった」と言われた。
「やったあっ。どっちも志望校合格したんだねっ」
「独学で、まさか受かるなんてな」
「あれだけ勉強してたんだもん。神様は努力してる人を見捨てないよ」
「そうか。……次は結婚の挨拶だな」
はっと体が固まった。二人には、まだするべきことがある。
「これから……あたしの家に行く?」
聞くと蓮は大きく頷いた。私服を着ていたが、素早く学校の制服に着替えた。
並んで道を進む。緊張しているのか、蓮はずっと口を閉じまっすぐ前だけ見ていた。勢いよくドアを開けて「ただいま」と叫ぶ。すぐに知世がやってきた。
「おかえり……って。あれ? どなた?」
予想通り、知世は目を丸くした。
「高篠蓮くん。あたしの彼氏」
「彼氏? いたの?」
「うん。実は……」
照れながら答えると、蓮は深く頭を下げた。知世は驚愕の表情で、急いで奥にいる父を呼びに行った。一分も経たずに父も慌てた様子でやってきた。
「すずめっ。彼氏がいたのかっ」
「ごめんね。なかなか言い出せなくて」
そして父は蓮の方に視線を移動した。
「……君の名前は?」
「高篠蓮です。あの、少しお話したいんですが。聞いてもらえますか」
「話? ……わかった。あがりなさい」
やけに声が低く、すずめは冷や汗が止まらなかった。和室に行き、向かい合わせに座る。
「で、高篠蓮くん。話っていうのは?」
聞かれ、蓮は「結婚を前提に付き合っていること」「自分が就職し、金が貯まってから子供を作ること」「絶対にすずめを幸せにし、何があっても護り抜くこと」「決して泣かせたり傷つけたりしないこと」を、すらすらと話した。そのあまりにも男らしく立派でどんなものも恐れない態度に、改めて愛しているとうっとりした。両親は圧倒され返す言葉を失い、最後に「娘をよろしくお願いします」と答え頭を下げた。
「卒業したら二人暮らし始めるよ。いいよね」
すずめも横から付け足すと、こくりと頷いた。
用が済んだのでマンションに戻ることにした。外に出ようとすると、両親は蓮に伝えた。
「高篠蓮くん、どうもありがとう。すずめを愛してくれて。ドジでおっちょこちょいな子だけど、幸せにしてあげてくれ」
「大切な一人娘なんです。よろしくお願いしますね」
「もちろんです。絶対に幸せにします。こちらこそよろしくお願いします」
もう一度頭を下げて、ドアを閉めた。
歩きながら、ぎゅっと腕を抱きしめた。
「蓮って本当にかっこいいね。普通は、彼女の両親に挨拶するの怖がったりするのに。全然平気なんだもん」
「めちゃくちゃ焦ってたぞ。はあ、やっと終わった……」
「あれで焦ってたの? そう思わなかったけど。すごいね。こんなにすごい人と結婚できるなんて」
嬉しくて飛び込むようにキスをした。しかし誰かに見られていると感じた。唇を外し横を向くと、知世と仲のいい近所のおばさんが立っていた。
「あら……。すずめちゃんったら。素敵な彼氏ねえ。そっか。もう十八歳なんだもんね。ついこの前小学生だったのに。青春っていいわねえ。あたしもあの頃に戻りたいわあ」
全身が炎のように燃え上がる。だが蓮は眉一つ動かさず、さらに力を込めて抱きしめた。
「お幸せにね。今夜はお赤飯炊こうかな」
うきうきしながら、おばさんは歩いて行った。
「……誰だ?」
「近所に住んでるおばさん。お母さんと仲良しなの。ああ……。キスしてるところ見られちゃった。恥ずかしい……」
「恥ずかしい? どうして恥ずかしがるんだよ。もう俺たちは結婚するって決まってるんだぞ。堂々としてればいいんだよ」
「堂々と……できないんだよ」
「全く。でも、その恥ずかしがり屋な性格も好きなんだけどな」
ぽっと頬が火照った。それが可愛かったのか、蓮も柔らかく微笑んだ。
突然、携帯が鳴った。「はい」と出ると、圭麻の明るい声が飛び込んだ。
「有那の子供が産まれたよっ。名前は一麻。めちゃくちゃ可愛いよっ」
「え? ほ、本当? おめでとうっ」
「今度、遊びにおいでよ。蓮も一緒に。流那も喜ぶし」
「ありがとう。有那さんに、お疲れさまって伝えてね」
そこで一旦切り、蓮にも教えた。面倒くさがったり嫌がったりせずに、「わかった」と答えてくれた。
たくさん泣いたり傷ついたおかげで、すずめは本当の愛を掴みとれた。そして次は、何にも変えられない宝物を探す旅に出かける。きっと楽な道のりではないけれど迷うことはない。蓮がそばにいればどんな壁も乗り越えられるし、傷ついたらその分幸せになれるのだともうはっきりとわかったからだ。まだもう少し高校生でいられる。最後の最後まで後悔しないように、また明日から素晴らしい時間を過ごしていくのだ。
読了、ありがとうございます。
平凡な女の子が、かっこいい男の子に囲まれているところを書きたくて何となく始めましたが、こんなに長くなるとは思いませんでした。
また、最近はコロナウイルスで他人と距離を置いて過ごさなくてはいけないので、触れ合ったり抱きしめるシーンを多く入れました。
いろいろと曖昧な部分はありますが、とりあえず物語はこれで終わりです。
すずめたちが、このあと幸せな人生を歩んでいけるといいなと願っております。
では、ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。