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一四四話

 翌日は、自分の部屋で引きこもることに決めた。ぼんやりマンガを読んでいると携帯が鳴った。珍しく蓮からだった。

「これから俺のマンションに来てくれないか?」

「え? 何で?」

「いや。言いたいことがあるんだよ。電話じゃなくて、直接会って言いたいんだ」

「もしかして、昨日のこと?」

「そうだ。とにかく早く来てくれよ」

 すずめの返事も聞かず、一方的に切られた。完全にすずめは暇人だと思われているのがわかる。のんびりと私服に着替え、ゆっくりとマンションに向かった。インターフォンを押すと、すぐにドアが開いた。

「おう。待ってたぞ」

「言いたいことって? ここで聞くよ」

「せっかくだから中に入れよ。すぐに終わる話じゃないんだ」

 なぜか暗い表情に、どきりと冷や汗が流れた。一体どんな内容なのかと緊張の糸が絡みつく。ソファーではなく椅子に向かい合わせに座り、視線を逸らした状態で質問された。

「俺って彼氏失格なのか? すずも、そう思ってるのか?」

 やはりショックを受けていたみたいだ。ぶんぶんと首を横に振り、にっこりと笑った。

「そんなことないよ。もうちょっと優しくしてって時はあるけど、嫌いになったりしないもん」

「そうか……。まさかデートしたかったとは気づかなかった。あの後、マンションに天内が来て、夜遅くまで説教されたよ。真壁まで呼んできてさ。次泣かせたら俺がもらうからなんてふざけたこと話すから、誰にもやらねえよって怒鳴ったけど。どっちも、すずが大好きで堪らないみたいだな」

「二人に説教かあ。大変だったね。柚希くんも圭麻くんも優しくて素晴らしい王子様だね。でも、あたしは蓮しか愛せないの。告白されても断るつもり」

「本当か? ずっと俺のそばにいてくれるのか?」

「もちろん。やっと願いが叶ったんだよ? 蓮と離れ離れになるなんて絶対にないよ」

 どことなく焦っていた蓮の顔が、一気に明るくなった。ふう、とため息を吐き、しっかりと頷く。

「よかった。すずに嫌われたんじゃないかって眠れなかったんだよ。勉強疲れで八つ当たりしてごめんな」

「あたしも、はっきりとデートって伝えなきゃいけなかったよね。散歩じゃなくて。こちらこそごめんね」

 仲直りし、また愛し愛される関係に戻った。

「天内が言ってた女心って、どうやって勉強すればいいんだろうな」

 はっと目が丸くなった。それは実際に体験しない限り知ることはできない。すずめも男心がわかっていないし、蓮と付き合いながら慣れていくしか方法はないのだ。

「二人で頑張って勉強しよう。女の子は、こんなふうに感じるんだよってあたしが教えてあげる。代わりに蓮は、男の子はこんなふうに感じるって教えて。そうすれば、いつかお互いの心の中が全部見えるくらいに成長するよ」

「確かにそうかもしれないな。わかった。なるべく気持ちを伝えるようにする」

 小さく微笑む蓮に、すずめもほっと安心した。距離が縮んだと嬉しくなる。

「そういや、足は?」

「ああ。氷で冷やして、ほとんど痛みは消えたよ。あたしはブーツだめみたい。かっこいいけど履くのはやめる」

「すぐ転ぶドジだしな。それに、すずはブーツなんて似合わねえよ。普通のスニーカーで充分可愛いぞ」

「可愛い? あたし、可愛いの?」

 驚いた。蓮の口から可愛いという言葉が出てくるのは初めてだ。

「まあ、クラスメイトの中では上の方だよな。……新しい学校の女子はネガティブな奴ばっかり。すずは元気で明るくていいな」

「それって、退学しなければよかったって意味? あたし、蓮が退学したって聞いて悲しくて仕方なかったよ」

「二度と来るなって怒鳴ったのは、どこの誰だったか覚えてるか?」

「覚えてるけど……。むううっ。馬鹿にしないでよーっ」

 悔しくて叫ぶと、嬉しそうに蓮は笑った。

「ねえ、医者になるための本、見せて」

 お願いすると、蓮は即答した。

「だけど読めないだろ」

「読めないけど、どれくらい難しいのか何となくわかるじゃない」

 もう一度言うと、一番近くに置いてあった本を渡された。ページをめくり、文章の多さに驚いた。

「こんなにびっしり書かれてるの? これ全部覚えないといけないの?」

「そうだよ。一冊じゃなくて、何十冊もあるんだぞ」

「無理に決まってるでしょ。人間の脳はパソコンとは違うんだから」

「俺も、やりすぎかなとは思ってる。ここまで本集める必要はなかったんじゃないかって。だけど独学だし、大学に合格するためには馬鹿みたいに読みまくらないとって焦りが出てくる。もちろん、すんなり受かるわけないけどな」

「……落ちるって?」

「そうだ。独学で一発で合格する奴なんか一握りだろ。ところで、すずは志望校ちゃんと決めてるのか?」

「一応はね。でも落ちたら次の受験はしないよ」

「受験しないのか? 大学に通わなかったら就活するんだぞ」

「いいよ。それでも。仕事しながら、蓮と二人暮らしして料理作ったり掃除したり洗濯したり……。だめかなあ?」

「俺は別に構わないけど、後悔しないか? やっぱり大学行っておけばよかったって嘆いても、過去には戻れないぞ」

「後悔なんかしないよ。蓮がそばにいるなら幸せだもん」

 戸惑っていたが、すずめが本気だと伝わったのか黙った。



「さて、次のデートはいつにするんだ?」

 質問され、はっとした。デートなんか面倒だと嫌がっていると思っていた。

「気を遣わなくてもいいよ。時間の無駄遣いなら、わざわざ無理して行かなくても」

「俺もデートしたいんだよ。勉強ばっかりしてるとイライラするしな。たまには体動かして、ストレス発散しねえと」

「そっか。じゃあ今度の土曜日にでも」

「よし。ブーツ履いてくるなよ」

「わかってる。二度とブーツは履かない」

 もう失敗して泣きたくない。ロマンチックな雰囲気にしたいので、余計なものは身に着けない。

「そういえば、蓮って地味な服しか持ってなかったよね。せっかくだからかっこいい服買おうよ」

 いつも黒や灰のシャツと紺色のGパンばかりだ。もっと大人っぽく男らしい格好をしてほしい。デートなら、なおさらおしゃれに着飾ってもらいたい。

「悪いけど、俺はかっこいい服なんかわからねえよ。普段通りで」

「あたしがコーディネートしてあげる。大丈夫」

「コーディネートって。お前、男の服に詳しくないだろ」

「もちろん詳しくないけど圭麻くんの私服を覚えてるから、それを参考にする。えっと、まずは……ひざの部分が見えるデニムから」

 勢いよく外に出た。蓮は乗り気ではない顔つきで、後ろからついてきた。デパートであれこれと探し、やっと上下を揃えると、すっかり空は夕方になっていた。

「デートの日は、この格好で来てね。あたしはミニスカート穿いてくる」

「ミニスカート?」

「うん。ちょっとエッチな姿しちゃおうかなって」

 すると軽く頭を叩かれた。じろりと睨まれる。

「そんな服着てきたら怒るぞ。ミニスカートなんか絶対に禁止だ」

「え? どうして?」

「それって、周りにいる男にもエロい姿見せるって意味だろ。俺の部屋にいる時はいいけど、外に出る時は穿くんじゃない。水着だってだめだからな」

 確かに蓮の言うとおりだ。彼女の足を見られたら不快になるのは当然だ。愛されているのがわかり胸が熱くなる。

「わかった。ミニスカートじゃなくてロングスカート穿いてくるね」

 ぎゅっと抱きつくと、蓮も抱き返してくれた。


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