一四三話
初デートは、すずめから誘った。緊張しながら蓮に電話をかける。
「どうした?」
「今度の土曜日、あいてる?」
「土曜日? 学校は休みだけど」
「じゃあ二人で出かけようよ。毎日、勉強で疲れてるでしょ? ちょっとした散歩」
デートとは言わなかった。もしデートだと知ったら嫌がられそうだと予想したからだ。恋人同士になりたてだし、まだデートをするのは早いと断られたら悲しい。
「散歩か。ずっと部屋に引きこもってるのもよくないよな」
「たまには外でストレス発散しないとね。えーっと……。待ち合わせ場所は」
「そんなものいらないだろ。ただの散歩なんだし」
抑揚のない声で遮られ、そのまま一方的に電話を切られてしまった。
「まあ……。仕方ないか。二人で歩けるってだけで満足だ」
ぱんぱんっと頬を叩き、残念な思いを振り払った。
柚希や圭麻の時と同じく、着ていく服は女の子らしいワンピースにした。香水も用意し、アクセサリーとバッグも選ぶ。靴はブーツで、化粧はナチュラルメイクだ。
「えへへ……。可愛いって褒めてもらえるかな……」
淡い期待で頬が火照る。きっと蓮もおしゃれでかっこいい服を着てくるはずだ。早く土曜日になってほしいと、どきどきした。
そしてデート当日になった。朝から準備で大変だったが、何とか着替えて外に飛び出した。待ち合わせ場所を決めていないので、蓮のマンションに行った。インターフォンを押すと、かなり間が空いてドアが開いた。
「あれ? もう来たのか」
「早すぎちゃった?」
「いや、別にいいけど」
ついさっきまで寝ていたらしく、ぼんやりとした顔つきだ。まだ眠っていたかったのにという不満が伝わってきた。
「ところで、このワンピースどう?」
試しに聞いてみたが、蓮は素っ気ない返事をした。
「どうって? 特に何もないぞ」
「可愛いとか似合ってるねとか……感じないの?」
「は? いつもと同じじゃねえか。大体、どうして俺がそんなこと言わなきゃいけないんだよ」
褒めてもらえるという期待が一瞬で消えた。嘘でもいいから可愛いと言ってほしかった。しかし蓮は柚希や圭麻とは違い甘くて優しい性格ではないとわかっている。諦めて話題を変えた。
「行きたいところはある? どこにでもついていくよ」
「ない。というか、すずが行きたいって電話したんだろ」
「それはそうだけど。とりあえず歩こうか」
にっこりと笑い手を差し伸べる。けれど蓮は無視をして前へ進んでしまう。
「れ、蓮っ。手を繋ごうよ」
「手を繋ぐ? 幼稚園児じゃないんだぞ。周りから馬鹿にされるだろ」
「馬鹿にされないよ。むしろ仲良しのカップルって……」
「ほら、さっさと歩く。どこにでもついていくって話したんだから、ちゃんと来いよ」
「は、速いよっ。もっとゆっくり」
その時、足をくじいてしまった。慣れないブーツを履いたせいだ。全身に痛みが走り、その場にしゃがむ。
「おい。何してるんだよ」
固い声が聞こえた。掠れた口調で呟く。
「足……くじいちゃって……」
「くじいた? 呆れるほどのドジだな。そんな靴履いてくるのがいけないんだよ」
「ご……ごめん。少し休みたい……」
「どこにも椅子なんかねえよ。全く、自分のことなんだから注意しろよ」
イライラしている様子だ。すずめも項垂れ、痛みに耐えながら歩き始めた。怪我をしているすずめの思いも考えず、またどんどん前に進んでいく。大丈夫かと心配もしてくれない。
しばらくして、ようやくベンチが見つかった。腰かけてブーツを脱ぐと、くじいた部分が赤く腫れていた。
「かなり痛いよ。もう歩けない」
「は? 歩けない? 俺に家まで負ぶってってくれって言ってんのか?」
「そういうわけじゃないよ」
「こんなのどうってことない痛みだろ」
話しながら蓮は立ち上がって歩いていく。慌てて呼び止めた。
「どこに行くの?」
「帰るんだよ。俺は、お前みたいな暇人じゃないからな。もっと勉強しないといけないんだ。あーあ。お前と散歩に行くなんて言わなきゃよかった。余計なことされて時間の無駄遣い。次は誘われても断るからな」
ぼろぼろと涙が溢れる。耐えられずに、うわあああっと号泣した。すぐに周りにいる人々に注目される。驚いて、蓮はすずめの肩を揺すった。
「おい。泣くなよ。泣いたら恥ずかしいだろ。泣き止めって」
だが勢いは激しくなっていく。こそこそと小声でしゃべっている人も増えた。
「このっ……」
叩こうとしたのか手を上げたが、振り下ろされなかった。誰かが止めたからだ。さらに軽蔑した言葉が聞こえてきた。
「彼女に冷たい態度とるなんて最低だな。お前にヒナコは渡せない」
顔を上げると、圭麻が鋭く睨んで立っていた。
「どうして天内が……」
「ヒナコが可愛い格好してるから、どこに行くのか尾行してたんだよ。そうしたら彼氏失格の言動。泣けば暴力振るう。ヒナコは蓮とデートしたかったんだよ。二人で楽しく手を繋いでおしゃべりしたかったんだよ」
「は? デート? そんなの聞いてないぞ。散歩だって」
「こんなに可愛い服着てるんだから、デートだって気づくだろ。もっと女心の勉強しろ。それまでヒナコは渡さない」
そして圭麻はすずめを抱きしめた。蓮は衝撃の表情で黙っていたが、すぐに走り去った。
「大丈夫? 足見せて」
圭麻に言われブーツを脱いだ。優しくさすりながら囁く。
「ああ。かなり腫れてるね。俺の家で冷やそう。歩ける?」
「無理だよ。立つのも辛い」
「なら、おんぶだね。はい。乗って」
だが申し訳なくて首を横に振った。
「このまま座って、痛みがなくなるのを待ってる。圭麻くんも帰っていいよ」
「冷やさなかったら、ずっと痛いよ。自然に消えることなんかないよ。ヒナコは全然重くないし、恥ずかしがらなくても」
腕を引っ張られ、すずめは圭麻の背中に倒れた。その状態で、走って家に向かう。ドアを開け、リビングのソファーに寝かせられた。圭麻はタオルで包んだドライアイスを持ってきて、赤くなった部分に当てた。
「気持ちいい?」
「うん。どうもありがとう……」
「それにしても、蓮って酷い奴だよな。足くじいたって言ってるのに、どうってことないだろなんて。自分がくじいたことないからわかんないんだろうな」
「あたしがブーツ履いたせいだよ。そういえば柚希くんの前でも足くじいたよ。あの時もブーツだった。あたしはブーツ履いちゃだめなのかもしれないね」
涙を拭って少し微笑むと、圭麻も柔らかな笑顔に変わった。
「そうだね。どんな格好でもヒナコは可愛いよ。怪我しないように、もうブーツは履かないで」
「わかった。ありがとう」
ドライアイスが温くなり、新しいドライアイスに交換してくれた。
他の男子の部屋にあがってしまったが、これはイチャイチャするつもりではないため蓮も許してくれるはずだ。それに何より、彼氏失格と呼ばれてショックを受けているに違いない。女心を勉強し理解するまで、すずめと仲良くできないのだから。
「ヒナコ。今日は俺の部屋に泊まっていって」
暖かな言葉に頷きかけたが、首を横に振った。
「ちゃんと自分の家に帰るよ。ごめんね」
「そっか。残念だけどしょうがないね。ヒナコが愛してるのは蓮なんだもんな」
寂しげで、また泣くのではないかと不安だったが、どうやら平気そうなので息を吐いた。足の痛みも和らぎ、深く頭を下げて外に出た。




