一三五話
男は一人で子孫を残せない。そのため愛する女性に産んでもらう。それはすずめにもよくわかるのだが、恋人ではない蓮が口を出すのはおかしい。以前から蓮は柚希や圭麻と妊娠しないように注意していたが、その意味も未だに謎のままだ。たぶん高校生で子を産み育てるのは若すぎると心配して言ったのだろうが、蓮にとってすずめは邪魔で迷惑な存在。嫌いな人をわざわざ気にかけたりは普通はしない。柚希と圭麻は、蓮の行動の理由がわかったのか。やけに遠回しな答えをしてきたが、もしわかったのなら素直に伝えてほしかった。それとも、すずめに教えたらまずいことがあるから言えなかったのか。勉強していても頭の中が疑問でいっぱいで、なかなか集中できない。特に苦手な英語のテストは、驚きの〇点をとってしまった。
「うわあ……。ヒナコ、〇点って。さすがに酷いなあ……」
となりに座っている圭麻にバレてしまい、顔が赤くなった。
「さ、最近よく眠れなくって……」
「眠れないの? 枕が合ってないんじゃない?」
「枕のせいではないよ。やっぱり、受験が怖いっていうのもあってね」
「そっか。俺も受験は怖いな。高校より大学の方が難しそうだし」
「あたしも同じ。あと、大学生になったら一人暮らしもしたいなって思ってて、その緊張もあるの」
「へえ……。一人暮らし始めるんだ。引っ越す場所は、もう決まってるのかな?」
「ううん。まだ全然。お父さんとお母さんにも話してもいないし。自分の中で、何となくやってみたいって妄想してるだけ」
「けっこう一人暮らしってしんどかったりするよ。どんなに疲れてても、自分で作らないとご飯は食べられないし。掃除も洗濯も買い物も、自分でやらなきゃいけない。誰かとおしゃべりしたくてもできない。ヒナコ、耐えられそう?」
「料理も掃除も洗濯も買い物も……。できるかな……」
「慣れちゃえば、どうってことないかもしれないけど。すぐに助けてもらえるように、引っ越すアパートやマンションは、実家に近いところを選んだら?」
すでに経験している圭麻のアドバイスは、とてつもなく参考になった。すずめはあまり一人暮らしに向いていない性格みたいだ。家事も学校生活も両立させるのは無理だ。
「……ねえ。蓮くんは、一人暮らしをする時、どう思ったのかな。家事も勉強も自分でやらなきゃいけないって知って、不安になったりしなかったのかな? おまけに初めての日本だよ」
ふと聞いてみると、圭麻は即答した。
「蓮なら、たぶん迷ったりはしないんじゃないか? めちゃくちゃ自信ありそうだし。俺には何でもできるってね」
「俺には何でもできるか……。確かに頭いいし、いつも冷静だし、喧嘩も強いし。家事はちょっと苦手みたいだけどね」
しかし、覚えてしまえばプロのような味の料理を作れるだろう。蓮が失敗したり負けたりすることはほとんどない。
「悔しいから黙ってたんだけど、実は俺、蓮に憧れてるんだ」
はっと目が丸くなった。こんな言葉が圭麻の口から出てくるとは思っていなかった。
「憧れてるの?」
「うん。だから、情けない自分が嫌になってイライラするんだよ。ヒナコと別れた時も、彼女取られたって、ずっと悔し涙が止まらなかった。同じ高校生なのに、蓮って大人だよな」
「ああ……。十歳くらい年上に見えるよ」
また、圭麻は弟という立場で生きていたため、甘えん坊で子供っぽい。すずめに褒められて照れている姿は完全に少年の顔できゅんきゅんする。
「意外と、蓮くんも圭麻くんに憧れてるかもしれないよ?」
「え?」
「家事が得意で、小さい子の面倒も見れるでしょ? そういう男の子ってあんまりいないし、とっても素敵だもん」
「そ、そうかな? ヒナコのおかげで、ちょっとだけ自信がついたよ。どうもありがとう」
にっこりと微笑みながら、圭麻は頭を撫でてくれた。
そういえば、これまでに蓮が弱気になったり怖がったりしたところを一度も見ていない。未来に何が起きるかわかっているみたいだ。蓮が決めた道に進めば行き止まりにはならず、蓮の命令に従えば全てうまくいく。もちろんそんなわけないが、まるで神様のようなイメージがあった。また、異性だけではなく同性にも尊敬されるのは、本当に魅力に溢れているという意味だ。
「やっぱりかっこいいなあ……。また好きになっちゃう」
どきどきと鼓動が速くなる。愛しすぎてめまいを起こしてしまいそうだ。すずめの視線に映るのは蓮のみ。柚希と圭麻は仲良しの友人という関係で、恋に落ちることは絶対にありえない。
〇点を取ってしまったため、その日から放課後に図書館に通うことに決めた。柚希に家庭教師になってほしかったが、わがままは言ってはいけないと我慢し一人で勉強をした。誰かがそばにいた方が捗るが、みんなも受験で忙しいだろうと諦めた。
「とにかく、次のテストでは〇点取らないように頑張ろう……」
自分に言い聞かせて、教科書とにらめっこをする。けれど、やはり苦手なので必ずペンが止まってしまう。一度壁にぶつかると、そこから進まなくなり、閉館の時間になっても答えは出てこない。仕方なく家で続きをしようと考えても、テレビを観たり他のことを始めて結局サボるの繰り返しだ。
「やる気が失せるんだよね……」
呟き、はっとある出来事が蘇った。難しい勉強を優先してしまい、部屋の片づけや掃除ができずにゴミ屋敷になっていた蓮のマンション。あの時、蓮も同じことを言っていた。しかし、すずめが手伝ったら部屋はきちんと整理整頓できた。つまり、すずめのテスト勉強も誰かが手伝ってくれれば、もしかしたら集中できるのかもしれない。
「……蓮くんが……いてくれたら……」
英語ペラペラで教えるのも得意。現在のすずめにとって、最も必要な存在だ。さらに他人に邪魔されず、大好きな蓮と二人きりになれる。
ぶんぶんと首を横に振った。そうやってすぐに頼って甘えてはいけない。来年は大学生になるのだから、自分のことは自分でできなくてはならない。
意味はないとわかっていたが、また教科書を開いて続きをした。やはり答えは見つからず、三分も経たずに諦めた。ベッドに寝っ転がりマンガを読んで、そのまま目を閉じていつの間にか眠っていた。




