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一三四話

 ケーキの甘さもあるが、大好きな蓮が向かい合わせに座っているというのも相まって、体がアイスのようにとろけていくイメージがした。蓮は感動しながら食べるすずめを見つめていたが、ふと聞いてきた。

「そういや、飲み物がなかったな。冷たい紅茶でいいか?」

「何でもいいよ。水でもいい」

「水はちょっと合わないだろ。じゃあ紅茶淹れてくる」

 立ち上がりキッチンに向かった。その紅茶もすずめのために買っておいてくれたのかと淡い期待が浮かぶ。だが一分も経たずに、ゴンッと大きな音と食器が割れる音が耳に飛び込んできた。

「どうしたの?」

 大急ぎですずめもキッチンに入り、目の前の光景に愕然とした。操り人形の糸が切れたように蓮はうつ伏せに横たわり、紅茶を淹れようとしたグラスは粉々に砕け散っている。

「うわあああっ。蓮くんっ。大丈夫っ?」

 すぐに駆け寄り肩を掴んだ。蓮の顔は真っ白で全身が小刻みに震えていた。

「……最近、ほとんど寝てないんだ。飯も食ってねえし……。勉強で、そんな暇なくて……」

「寝てないしご飯食べてない? それじゃあ倒れちゃうよ。とりあえずベッドに行こう。ここはフローリングで固いから。起き上がれる?」

 背中に腕を回し、しっかりと支えた。さすがに蓮も苦しかったのか、素直に頷いて意地悪な態度はとらなかった。馴れ馴れしい、触るなと怒鳴る力がなかったのだろう。柔らかな布団をかけてあげると、蓮もほっと安心した表情に変わった。

「あたし、お粥作るよ。材料買ってくる」

「いい。余計なこと……」

「でも、お腹ペコペコなんでしょ? そんな蓮くん放っておけない。大丈夫。ちゃんとお粥作れるから」

 くるりと後ろを向き、蓮の答えを待たずに外に飛び出した。

 レシピは圭麻に教えられているので、いちいち調べなくても必要なものはわかっていた。味の良し悪しは考えずにとにかくたくさん作る方を優先した。全力疾走で家に帰ると、愛する蓮のために手をひたすら動かした。完成したお粥を持って蓮の元へ行き、スプーンで食べさせる。

「自分で食える」

「そんなに震えてたら無理でしょ。誰もいないんだから恥ずかしくもないし。ほら、早く食べて」

 仕方なく蓮は少しだけ口を開けた。始めはゆっくりと噛んでいたが途中から元気を取り戻し、二十分ほどで完食した。

「どう? お腹いっぱいになった?」

「すげえ量作ったんだな」

「そりゃあ、大好きな蓮くんのためだもん。これでしっかり睡眠とれば、もう倒れたりしないね」

 にっこりと微笑んで汚れた皿を洗おうと立ち上がったが、腕を掴まれてすずめもベッドに寝っ転がった。背中から抱きしめられ、心臓が激しく跳ね上がる。

「は、放してよ。あまりにも距離が近すぎるよ」

「お前も疲れてるだろ。せっかくだし休んでいけ」

「疲れてないよ。離れないと、緊張で死んじゃう……」

「嬉しいくせに。本当は泊っていきたいって考えてるんだろ。顔に書いてあるぞ」

「どこにも書いてないよ。そんなこと」

「俺には読めるんだよ。男ならみんな読める。真壁と天内が抱きしめたくなるのも、お前が誘ってくるからだ」

「誘ってるつもりないんだけど……。あたし……」

「まあ、お前は俺の部屋でエロ本探してるような奴だしな。あれはいつまで経っても消えない衝撃だった。あいつらの部屋にはエロ本置いてあったのか?」

「探してないよっ。大体、置いてあっても全然おかしくないし。やっぱり男の子だから、そういう本も欲しくなるんだな……で終わり。蓮くん、あたしがエロ本探してたってこと、柚希くんにも圭麻くんにも教えないでよっ」

 もしバレたら恥ずかしすぎる。嫌われたりはしないだろうが、どんなふうに受け止めたらいいかわからないだろう。ははは……と苦笑する柚希と圭麻の顔など見たくない。

「さあ。それは約束できねえな。もしかしたら、ぽろっと口から漏れるかもしれねえし。どうなるかな」

「ま、また意地悪……。蓮くんって、あたしを不安にさせるのが楽しくてやめられないんだね。酷すぎるよっ」

 むっと睨んだが、蓮は目を閉じて眠りについていた。

 一八五センチの身長。頼りがいのある肩。広い胸。長い脚。ほどよく筋肉が付いた肌。無駄なものが一切ない華奢な体。どこにも非の打ちどころがないボディーに興奮してしまう。ただこれは蓮だけではなく、柚希と圭麻にも共通している。そんなイケメン王子に告白されたり抱きしめられたりしているのだから、本当に夢ではないかと感じる時がある。こうして蓮と一緒に眠っているのも、もしかしたら夢かもしれない。

「は……放し……」

 よじりながら逃げようとするが、逆に力が強くなった。この力の強さも逞しくてかっこいいと改めてどきどきする。大好きで大好きでどうしたらいいのかわからない。蓮に身も心も捧げてしまえる。欲しいというならこの命だって……。いろいろと妄想していると、捕まえられていた腕が外れ解放された。蓮は大きなあくびをしながらゆっくりと起き上がった。

「ふあああっ。よく寝た……。こんなに熟睡したのは久しぶりだな。お前も眠れたのか?」

「あんな状態で眠れるわけないでしょ。ずっと石みたいに固まってたよ」

「ふうん。そうか。自分の部屋で寝た方が安心だしな。……ところで、まだお前ってあいつらの部屋に泊まったりしてるのか?」

「あいつらって、柚希くんと圭麻くん?」

「そうだよ。泊ってるなら絶対にやめろよ。いつの間にか妊娠してたら許さないからな」

 じろりと睨む蓮に、ふと疑問が生まれた。

「どうして許さないの? あたしが誰の子を産んだって、蓮くんには無関係じゃない」

「は? 無関係?」

「だってそうでしょ? 蓮くんは、あたしの恋人じゃないんだから。むしろ嫌いな人なんだから。あ、それとも高校生で出産は早すぎだって意味?」

 蓮は驚いた顔で口を開いていたが、さっと視線を逸らした。

「まあな。俺が怒るのはおかしいよな」

「でしょ? 関係のない蓮くんは怒らないでよー」

 すずめが柚希と圭麻どちらかの子供を身ごもったって、蓮には全く迷惑はかからない。なぜ許せないと話したのかは女なので理解できなかったが、蓮が無関係なのははっきりとわかっている。

「そろそろ帰るね。どれほど勉強で忙しくても、睡眠と食事はとらないとだめだよ。そうしないとまた倒れてそのまま死んじゃうかもしれないよ。休みも大切なんだから」

 少し偉そうな口調で言い、ドアを閉めた。



 蓮の言動は、その日のうちに柚希と圭麻に教えている。小さな公園で、まず柚希に電話をかけた。ケーキをごちそうしてもらったこと。倒れた蓮のこと。一緒に寝たこと。妊娠したら許さないと言われたこと。

「妊娠したら許さないって、どういう意味なんだろう? どうして怒るのかな?」

 聞くと、間を空けてから柚希は答えた。

「男は、一人で子孫を残せないよね? 女の子に産んでもらうしかない。高篠くんは、誰に産んでもらうんだろう?」

「まだ恋人は現れてないし、蓮くんもいらないって諦めてるからなあ……」

「本当にそうかな? 気づいてないだけで、もう出会ってるかもしれないよ?」

「蓮くんに質問してみないとわからないよ。質問しても簡単に自分の心の中見せたりしない性格で、知るのは難しいと思うけど。……いろいろ聞いてくれてどうもありがとう」

 そこで一旦切り、次は圭麻に電話をする。同じように伝えると圭麻も遠回しに返事をした。

「ヒナコが妊娠して、蓮はどう感じると思う?」

「どうって……。子供ができたのかってだけじゃないの?」

「実は悔しいって気持ちもどこかに隠れてるんじゃないか?」

「どうして悔しいの? あたしのこと嫌いなのに」

「でも、もし他の男と結ばれたら、二度とマンションに上がらせたりケーキごちそうしたりできないんだよ。ヒナコは幸せだけど蓮は独りぼっち。これまでそばにいてくれた子が突然奪われるなんて、俺だったら頭が狂いそう」

「大丈夫だよ。蓮くんは一人が好きだし、むしろそっちの方が楽だっていつも話してるんだ。心配しなくても」

「蓮だって、愛がほしいって心の底では願ってるよ。血も涙もない奴だって呼んでたけど、やっぱりあいつにも感情はあるんだ。よく考えてみて。大好きな蓮が、他の子と仲良くしてたら。結婚して二度と会えなくなったら。あれほど必死に告白したヒナコを無視して、たまたま出会った女の子と付き合ってたら。悔しくなるだろ?」

 圭麻の例えはとてもわかりやすかった。すずめもそんなふうに蓮を奪われたら、ショックで泣き暮らすだろう。地獄の底から這いあがれず、もう生きるのも嫌になるかもしれない。ただ、蓮はもともとすずめが好きではないし邪魔者扱いしているため、別に変わらないのではないか。

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